Pure evil







「おぉ……ケイト…………メリー…………!」

夜に濡れる開ききった大地。
満天の星空に抱かれ、自然の営みをその身を感じながら心からの癒しを受ける。
そんな、自然と人々の心の交流を目的としたキャンプ場であるのだが。
今この場に癒しや活気などは存在せず、ただ聞こえるのはすすり泣く声ばかり。
その中心にあるのは涙でぬれる顔面を両手で覆い、全身を小さく丸めるように蹲る影。
泣き声の合間に漏れ聞こえる名前は家族の名だろうか。
それは悲痛なまでの望郷の念と、深い絶望のこもった声であった。
だが、それもしかたあるまい。
むしろ殺し合いの舞台などに放り込まれた人間としては正常な反応と言えるだろう。
突然愛するものと引き離され、あまつさえ自らの命が脅かされているのだ。
涙の一つや二つ流れて然るべきものである。
そう、これはごく自然な光景だ。
泣きわめいているのが2メートルを超す大男であるという点に目をつぶればの話だが。

「何ということだ、なぜ私がこんなことに巻き込まれなければならないのだ……。
 帰りたい…………愛しい妻と娘の下に帰りたい」

そう言ってまた顔を伏せ白人の大男はオイオイと泣き始める。
まさしく恥も外聞もないといった態度で、全身を震わせながら悲しみを表現していた。

「わかった。わかったってば、もう。
 元気出しなさいよ、まったく」

それを、呆れながらも慰めるように横にいたポニーテールの少女がそう言った。

まるで巨大な子供をあやしているようだなと少女、時村葵はそう思った。

これまで平和な日常を過ごしていた彼女が突然このような殺し合いなどという異常事態に放り出され混乱しなかったはずもない。
日々部活で行われている互いを高め合うための競争ではなく、お互いの生死をかけた生存競争。
そして、始めて眼の前で見る人の死というもの。
首のない胴体。
首だけの頭。
断面から噴き出す鮮やかなまでの赤い飛沫。
脳裏に焼きつく赤、赤、赤。
老衰や病死、事故死などとは違う、悪意による殺害。
彼女の過ごす日常とは余りにもかけ離れた光景に全身から湧き上がる恐怖を覚え、この場に着いてからは逃げるようにさまよっていた。
そして、行く当てもなくたどりついたキャンプ場の中心に、一人で泣き喚く男を見つけた。
混乱も恐怖もなくなった訳じゃない。
だが、みっともないまでに泣きわめくつ編み髭のオッサンを見れば幾分かは冷静にもなるというもの。
知らない誰かと接触するのは怖かったし、何より目の前にいるのは熊のような大男だったため気も引けたが。
余りにも無防備な姿を晒す男に対して警戒心が緩んだのか、泣きわめく男をそのまま放っておくのも後味が悪いと考え、結局声をかけたのだった。
いや、目の前の男を元気づけることを考えていれば、余計なことを考えずに済む、そう考えたのかもしれない。
何かしていないと、思考が悪い方へ沈んでいきそうだった。

「私は何も悪いことなどしていないというのに、何故こんなことに……。
 あぁ……ケイト…………メリー…………!」

そうして、今巨大な赤子のお守をする羽目になっているわけだが。
いい年して取り乱す男はいつも冷静沈着な彼女の兄は大違いである。
彼女の兄は静寂を好み知識を愛する、聡明な男である。
あの兄のことだ、この場においても冷静沈着に対処しているに違いない。
ブラコン気味であるのは自覚しているが、そういう贔屓目を抜きに見ても兄は聡明であると思う。
そう言えば、自分のクラスメートであり、兄の友達でもあるあの男はどうしているだろうか。

――――思い返すのはあの体育祭のこと。
陸上部のエースとしてインターハイ出場経験もある私は当然のようにクラスの期待を一身に背負い、大取りを飾るリレー競走へとエントリーしていた。
当然のように私自身にもその期待に応えられる自信があった。
インターハイで全国の強豪と渡り合う私が体育祭なんかで負けるはずがない、そう思っていた。
そして体育祭当日、優勝争いは白熱し最終種目であるリレー競走はクラス優勝をかけた大一番となった。
だけど、出番の直前、私はつまらないことで足首を捻り怪我をしてしまった。
幸い怪我の程度はたしいたことはなく、2、3日安静にしていれば治る程度のものだった。
だけど、直後に控えたリレーへの参加は絶望的だった。
自分のミスで招いた失態をクラスのみんなに言い出せないまま刻一刻とリレーの開始時間は近づいていった。
そんな泣きだしそうな気持で一人立ちすくむ私にあいつは気づいてくれた。
怪我に気づき棄権しろというあいつに対して、みんなに対する責任感と走ることに対してのプライドもあったのだろう私は変な意地を張ってそのまま。
私が譲らないと気付いたあいつは、仕方ないと呆れたように呟いたあと、俺に任せろの一言。
そしてあの男は自分が代わりに走ると言い出したのだ。
クラスのみんなには事情を話さず無茶苦茶な理由をつけて、自らの我がままという形で無理を押し通しアンカーの座を奪い取ったのだ。
そして、あいつの頑張りもあってリレー競走に勝利、我がクラスは優勝を成し遂げたのだった。
いつも女の子に囲まれヘラヘラしているだけのナンパな男だと思っていたけれどその認識を少しだけ改めた出来事だった。
だからと言って別に特別あいつが気になるわけじゃない。
あいつもこの場にいるようだから、ただ知り合いの義理として心配してあげているだけなんだからね!

「こんなのすぐに警察とか自衛隊が助けに来てくれるって。
 だから泣いてないで元気出しなさいよね、おじさん」

泣きやまぬ男に葵は励ましの言葉をかける。
それは同時に自分に対して言い聞かせるようでもあった。
常識的に考えてこんな殺し合いなんていう滅茶苦茶な事件を警察が放置しておくはずがない。
時期に助けが来るに決まってるのだから、助けが来るまで避難していればいいだけの話だ。

「…………ああ、ありがとうお嬢さん。ひとしきり泣いたらすっきりしたよ。
 そうだね、これからは私も愛する家族の元に戻るため最大限の努力をするよ」

励ましのかいあってか、涙を止めた男の口から初めて前向きともいえる言葉が出てきた。

「うん。その意気、その意気。
 よし、とりあえずこんなところじゃ誰に見つかるかも分んないし、身を隠せるところに移動しましょ」

そう言って葵は荷物を背負った。
障害物の少ないキャンプ場は人目に付きすぎる。
この場には、何のためらいもなく人を殺した黒髪の男がいる。
それだけじゃなく、それを見て恐怖に駆られて殺し合いを初めてしまう人もいるかもしれない。
なんにせよ人目につく場所からは早急に離れた方がいいだろう。
少し遅れて身を伏せていた男が、ぬぅと身を起こした。
立ち上がった姿をみて、改めてその体躯の大きさに圧倒される。
踏み出した大男の体が月明かりを覆い隠し、その影が葵の小さな体と重なった、

そして、パン。という空気のはじけるような小さな音が鳴り響いた。

「…………ぇ?」

呆気にとられたような間の抜けた声が漏れた。
腹部に燃え滾るような灼熱を感じる。
思わず両腕で熱源に触れると、指の隙間からボタボタと赤く熱い液体が零れ落ちていった。
口の中に鉄の味が広がる。
ふっと両足から力が抜け、自らが生み出した水たまりに膝をつく。
ばちゃ、という水音と共にスカートが赤黒く染まっていった。

「な………ん、で…………?」

喉元からせり上がる血液を吐き出しながら、掠れる喉でそう問いかける。
その問いを受けた男は、あどけない子供のような表情で当たり前のことを告げる声で言う。

「なぜ? いっただろう。愛する家族の元に戻るため最大限の努力をしようと」

これがその努力だというのか。
跪くような体勢で葵は男を見上げる。
そうして、葵は初めてその男の顔を真正面から見据えた。
男が顔を伏せ泣いていたから気付けなかった。
こちらを見つめるその瞳は、腐った泥沼の底のような異様な色をしていた。

「ありがとう。そしてさようならお嬢さん」

銃声が鳴り響く。
可憐な乙女の額に小さな穴が穿たれ、真っ赤な花が地面に咲いた。
ビクンと少女の肢体が痙攣するように揺れ動いた。
それを大した興味もない目で見送りながら大男、ハイマン・セリア・キューブリックは悪びれるでもなく少女の残した荷物を回収した。

別にハイマンは少女をだまし討ちをしようとしたわけじゃない。
たまたま、妻と子と引き離された現状を嘆いて泣いていたら。
たまたま、そこに少女が現れ、これを慰め。
たまたま、少女が手ごろな位置にいたから撃ち殺した。
それだけのことだ。

全てに嘘はない。
もし間違いがあるとしたならば、それはハイマン・セリア・キューブリックという人間そのものなのだろう。
悪意なく、ただ純粋なまでにあるがまま振る舞うことが悪意である、吐き気を催すような邪悪。
それがこの男ハイマン・セリア・キューブリックである。

ハイマンにとって重要なのは、これで最低限6時間の延命は約束されたということだ。
葵のいう警察や軍隊などの治安部隊は彼の世界ではとうの昔に機能していない。
その助けを待つなどという選択肢はハイマンの中にはあり得ない。
彼のいた世界にもハイマン自身が保有する私兵がいるが、どちらにせよ望みは薄いだろう。
治安部隊や私兵ていどでどうこうなる相手だとも思えない。
となるとやはり一番手っとり早いのは、この場にいる人間を皆殺しにして最後の一人となることだろうか。

ハイマン・セリア・キューブリックは、とある軍事企業の最高経営責任者である。
人を人とも思わぬ人体実験の数々、戦争をより無惨により凄惨にするための兵器開発を次々と行い。
死と地獄を商売とするその企業はついには裏の世界を牛耳るほどの力を持つ大企業へと成長した。
その技術の粋ともいえる薬物投与や身体機能の機械化などの人体改造を、彼は自らにも施している。
その能力はもはや人の域を遥かに凌駕している。
獣よりも早く駆け抜け、岩をも砕き、鉄板をも貫く。
その能力をもってすれば、この場にいる全員の抹殺ができないとも思わないし負けるとも思わない。
だが、40人も虱潰しに探していくのは少々手間である。

「できれば私の与り知らぬところで、勝手に潰し合ってくれるとうれしいのだがね」

自慢の顎鬚をさすりながら、ハイマン・セリア・キューブリックはその場を後にした。

【時村葵@日常+ 死亡】
【残り44人】


【一日目・深夜/7-B キャンプ場】
【ハイマン・セリア・キューブリック@近未来の荒廃世界】
【状態】健康
【装備】レディ・スミス改
【道具】支給品一式×2、不明支給品1〜5
【思考】
1:妻と娘のところへ帰る



【名前】時村葵(ときむら あおい)
【性別】女
【年齢】16
【職業】高校生
【身体的特徴】平均以上のルックス 年齢のわりに胸が大きい ポニーテール
【性格】考えるより先に体が動く
【趣味】ジョギング、筋トレ
【特技】運動全般 特に陸上(短距離)
【経歴】蒼の妹
【好きなもの・こと】運動、料理 得意科目:家庭科・保健体育
【苦手なもの・こと】勉強、インドア系の趣味 苦手科目:英語・数学・化学
【特殊能力】同年代の一般人よりは強い
【出身世界】日常+
【備考】
蒼の、色々と正反対の妹。
陸上部に所属し、インターハイでもいい成績を残し、大学もスポーツ推薦で入るつもり
将来的にはオリンピックも目指せる逸材と言われているが、体育会系全般に興味がない兄には
「ふ〜ん」で済まされてしまい、忸怩たる思いを抱えている。
自他共に認めるブラコン。
淳については「ナンパな男」としてやや嫌っている。

【名前】ハイマン・セリア・キューブリック
【性別】男
【年齢】46
【職業】大企業の社長
【身体的特徴】白人。2m近い巨漢、髪はボサボサ、顎髭で三つ編みを形成している、瞳の色が異様
【性格】一言で言えば悪趣味な性格。だが、一人娘と妻にだけは優しい(逆に言えば、それ以外の人間はいくらでも躊躇なく人体実験の被験体にできるほどえげつない性格)
【趣味】人体実験
【特技】戦場闊歩
【経歴】戦後急成長した軍事企業のCEO
【好きなもの・こと】妻、娘、全ての人間(被験体として)
【苦手なもの・こと】なし
【特殊能力】自分の肉体自体もかなり弄くっているため、かなりのパワーを有する
【出身世界】近未来の荒廃世界
【備考】
軍事企業を立ち上げる以前は、裏世界の元締めだった。
第三次世界大戦を勃発させた張本人だが、その罪は全て軍になすりつけ、のうのうと生きている。

【支給品名】レディ・スミス改
【出身世界】仮想SF+ロボット世界
【外見】小型のリボルバー
【効力】携帯性に優れる女性向けの拳銃。
【備考】
駆け出しの賞金稼ぎラクリンの銃。
ケイスケに憧れ銃を持ったのだが、彼女の戦闘スタイルは格闘がメインであるため、あまり使用されない。



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