Collateral Damage






「うぅ……どうしよう…………」

一人の少女。東奈々は、自分の身の心配よりも、まず“お兄ちゃん”の身を案じていた。
いや、身と言うよりも、“お兄ちゃん”が悪い女に引っ掛からないかどうかを心配している。
名簿には自分以外に“お兄ちゃん”に付き纏う女狐共が一通り掲載されていたから、用心に越したことは無い。
いや、これはある意味僥倖と取るべきだろうか?
合法的に女狐狩りができるんじゃないか?

奈々は、無邪気な悪意を心に浮かべ、意気揚々と支給されたデイパックを、再び開け放ち、中を探る。
だが、中にはさっき見た通りの中身しか広がっていなかった。
食料、懐中電灯、地図、方位磁石などの基本支給品と、まるで使い方が分からないルービックキューブみたいな物。
かと言って、これで遊ぼうと思えば、このキューブは全く回転しようとしない。いくら力を込めて捻じってもだ。

「何……なんですかこれはー!」

思わず叫び、キューブを地面に叩きつけた。
中身を取り出したデイパックのジッパーを全開にし、ジッパーを下向きにして持ち上げ、何かが落ちてこないかと、しばらくデイパックを上下に激しく揺すっていた。

すると、何か光る物が落ちてきた。月明かりの仄かな光で艶やかな桜色の光を反射させる、miniSDカード大の大きさのチップだ。

「――何かしらこれ」

一瞬拾うのを躊躇ったが、奈々は地面に落ちているそれに、右手を伸ばそうとした。

「そこのキミ…」

後ろから声がした、三白眼の、酷く痩せこけた男。月明かりが彼の不気味とも形容できる容姿に、拍車を掛けている。
一瞬彼の容姿に驚いて、奈々は体勢を元に戻し、後に3歩だけ退る。

「安心してくれ。私は敵ではない」

「いえ、それは分かっています。でもちょっと顔が恐かったもので」
奈々は、疑うことを知らない。

「これは手厳しいな…」

今現れたばかりの、一見して不審者にしか見えないこの男の「敵ではない」と言う言葉を、簡単に信じたのだ。

だが、男の方も奈々の歯に衣着せぬ言葉に、苦笑を浮かべる。

「私は東奈々って言います。あなたのお名前は?」
「私はロムルス・アイネアイスだ。しがない一商人さ……」

「カッコ付けてるつもりですか?」
「……やはり手厳しいな…」
ロムルスは、再び静かに苦笑を浮かべた。

「ところで――」

何気ない会話・そして何気ない動作だった。
奈々は、先ほどロムルスが現れる前、その時から拾おうとしていた小さなチップ。
その動作は、ロムルスも一部だけ見ていたから、別に止めようともしなかった。

奈々は、チップを拾う動作を続けながら、発言の続けようとする。


「ひっ!!?」

東奈々は、突然右手薬指に鋭い痛みを覚えた。
右手を見ると、先ほどのチップが、蟲のように蠢きながら、爪と肉の間を掘り進み、中に入り込んで来ていた。

「あぁっぁぁぁあああああああああああああああ」

年端も行かない少女の、凄まじい叫びが、辺り一面に木霊した。
奈々はすぐに意識を失い、倒れた。倒れた後も全身が脈打つように痙攣し続ける。
まるで悪魔が取り憑いたかのようだ。

「どうしたんだ! 奈々!」

右手に異常があると言うことを、ロムルスは即座に判断した。
すぐにチップの侵食が進む薬指を根元から掴み、チップがこれ以上入り込まぬように締め付けるが、チップは全く速度を落とすことなく奈々の指に入り込んでくる。
近くで聞いているだけで、痛々しい叫びを、見るのがロムルスにとっても苦痛でしかなかった。

「心配するな奈々。必ず助ける」

とは言ったものの、方法が分からない。
この声も、奈々には聞こえていないだろう。
自分は無力だ……この少女を救うことは自分にはできないのか…………

「その餓鬼は救わん方がいいぞ」

奈々のものとは明らかに違う、冷静な声が後ろから聞こえた。

そこには赤衣の白髪男がまるで傍観者のように突っ立っていた。

「何を見ている――――一人の少女が死に掛けてるんだぞ!?」
「そのまま殺しゃあいいだろ……その餓鬼は危険だ」

「五月蠅い! いいから手を貸せ――」

先ほどまで薄ら笑みを浮かべていた男は、一瞬にしてロムルスの懐に忍び込み、刀身が針のような形状をした短刀を首筋に突き立てていた。

「できれば殺しはしたくはねえ……だが一つ言っておく…」

「その餓鬼は危……」
その男、クラウン・ハイドは、ロムルスの行動が理解できなかった。

自分がこの少女の危険性を説こうとしているのに、ロムルスはそれに耳を傾けようとはしない。

「話を聞け……命にかかわるぞ」

「御託を並べる奴のことは信用せん主義でな」
ロムルスは、奈々の荷物をまとめ、二人分のデイパックを肩に掛ける。
時を同じくし、励ましの言葉が届いたのか、先ほどまで白目をむき痙攣していた奈々も、漸く治まったようだ。

ハイドは、この事態に失笑するしかなかった。

「――甘過ぎるぞお前」
「確かに合理的ではないだろう」

ロムルスは、気絶している奈々を背負い、そのままハイドに背を向けて去って行った。

結局彼は、ハイドの警告を全く聞かなかったのだ。

去り行くロムルスを見て、ハイドはただ「後悔するぞ。絶対に」とだけ呟いて、彼らとは別の方向に脚を進め始めた。



「……」

少し歩いたところで、奈々は目を覚ます。
自分はどうやら気絶してしまったらしい。今自分は地に脚を着いていない……
“お兄ちゃん”の背中に――

「って…違うみたいですね」
「――目が覚めたか? 奈々」

「あのすいません。下ろしてくれますか?」
「歩けるか?」

奈々は確信した。この人は悪い人ではないと。
悪い人なら絶対に自分を置いて――

ふと、我に返り、右手薬指を見てみる。
鈍痛はまだ残っているが、チップの姿は見る影もなくなっていた。奈々はほっと胸を撫で下ろした。

「よかった――あれはもうどっかへ行ったんですね…」
「嗚呼。よく分からんがそのようだ……ところで―」

「キミはさっき、うわ言のように“お兄ちゃん”と言い続けていたが…」

ロムルスの言葉に、思わず奈々は赤面した。

「き…聞いてたんですか!?」
「聞きたくなくても聞こえるんだから仕方がなかろう。だが――」

「それほどキミにとっては大切な人なんだろうな」

「…………協力してくれますか? “お兄ちゃん”捜し」

「嗚呼。勿論だとも」
ロムルスは笑顔で返した。この笑みは、先のような苦笑ではない。
彼らは、その後再び歩み始める。
そんな彼らが、後ろから着いてくる“浮遊する物体”には気付くことはない。


【一日目・深夜/3-B 平地】
【クラウン・ハイド@近未来の荒廃世界】
【状態】健康
【装備】スティレット
【道具】支給品一式
【思考】
1:とりあえず知り合いと合流したい


【一日目・深夜/3-B 湖畔】
【ロムルス・アイネアイス@近世西洋風世界】
【状態】健康、奈々を背負っている
【装備】なし
【道具】支給品一式×2、不明支給品
【思考】
1:奈々を安全な場所に運ぶ
2:アーニャと合流したい(決して心配してるわけじゃあry))
3:“お兄ちゃん”捜しに協力する
※チップは消え去ったと思っています

【東奈々@日常+】
【状態】右手薬指に鈍痛
【装備】SCDC MR-005(浮遊し、ゆっくりとついて来ている)
【道具】なし
【思考】
1:同じ世界出身の女共は絶対に殺す
2:でも人を殺すのって……どんな気分なんだろう…
3:ロムルスを信用
4:お兄ちゃんに会ったら自分が護ってあげる
※現時点でMR-005がロムルスを攻撃することはありません



【名前】クラウン・ハイド
【性別】男
【年齢】19歳
【職業】スラムの王
【身体的特徴】白髪、赤目、浅黒い肌、赤いジャケット
【性格】独善的だが義は通す、任侠ヤクザみたいな男である
【趣味】ゴミ漁り
【特技】ならず者の取り扱い
【経歴】ヴィオラが住んでいる地域を含んだ一帯のならず者を取り仕切っている
【好きなもの・こと】仲間
【苦手なもの・こと】裏切り、金持ち
【特殊能力】ナイフの扱いに長けている
【出身世界】近未来の荒廃世界
【備考】
辺り一帯のスラムを取り仕切るスラムの王。
もともと貧しい生まれだったらしく、環境の適応力は高い。
生きるためならばあらゆる犯罪行為をいとわないが、貧しい場所からは奪わないという信条をもち義賊めいたところがある。

【名前】ロムルス・アイネアイス
【性別】男
【年齢】26
【職業】商人
【身体的特徴】冷酷そうな瞳をした痩せぎすの男
【性格】基本的に冷酷で守銭奴。だが、困っている人を見ると放っておけない。
【趣味】音楽
【特技】笛
【経歴】代々続く商家の跡取りで、彼の代で莫大な財産を築いた
【好きなもの・こと】金儲け
【苦手なもの・こと】高い税を取る教会
【特殊能力】それなりに頭が回る 自分が扱う商品については知識も豊富
【出身世界】近世西洋風異世界
【備考】
アーニャと取引している商人。
町でも名を知られた成り上がり者で、商売のためなら手段を選ばない。
そのため町の人間には嫌われている。
しかし一方で、口と態度は悪いながらも面倒見のいいところもあり、アーニャら知り合いが窮地に陥ったときには
損得を考えずに手を差し伸べている。
早い話が、典型的な男ツンデレ。
神についてはいてもいなくてもいいと思っているが、アーニャと同じく教会とは対立している。

【名前】東 奈々
【性別】女
【年齢】14歳
【職業】中学生
【身体的特徴】小柄で年齢以上に幼い外見。いわゆるロリ要員である
【性格】無邪気で素直、疑うことをしらない
【趣味】日記をつけること
【特技】数学
【経歴】天才中学生、すでに一流大学に入れるほどの学力を持っている
【好きなもの・こと】淳、甘いもの
【苦手なもの・こと】虫、体育
【特殊能力】身体能力は並み以下
【出身世界】日常+
【備考】
淳の近所に住む中学生。淳をお兄ちゃんと慕っている。
神童と呼ばれるほど頭がいいが、素直すぎる性格故が騙されやすい。



【支給品名】SCDC MR-005
【出身世界】近未来の荒廃世界
【外見】何の変哲もないルービックキューブに類似した形状の四角形
【効力】付属のマイクロチップを利き手薬指の爪と肉の間に埋め込む(近づけるだけで自動的に実行される)ことで、
合計54個の小型四角形に分裂、浮遊、待機し、使用者の情報と思考をマイクロチップに供えられた人工知能が読み取り、銃弾と同じ速度で対象を攻撃する“銃も火薬もいらない銃弾”
【備考】セブンスキューブが戦時中に開発させた試作型兵器デスキューブ(DC)シリーズの最新バージョン。通称『フレンチ・コネクション』
使用前に行う神経接続の想像を絶する激痛から、屈強な軍人たちからも敬遠されがち
一見して無敵臭い武器に見えなくもないが、後方への対応が困難なことと、使用者の思考が荒んだ状態だと、敵味方の判別が不可能となり、無差別攻撃を行うという弱点も持っている。
また、どちらかと言うと屈強な肉体を持つ者よりも頭脳明晰な者の方がこの武器に向いているらしい。
以上は旧式にも搭載されている基本性能。
最新型のため、何か特殊な機能が搭載されているかもしれないし、されていないかもしれない。

【支給品名】スティレット
【出身世界】中世系
【外見】十字架のような形状の、先の尖った細い短刀
【効力】鎖帷子や鎧の隙間を狙い、突き刺すことができる。
【備考】鎧などの対策の為に作られた短刀だが、実際には使用される頻度は低かったらしい。
主にとどめに使われることが多かったが、達人は鎧ごと貫くことができたらしいとも



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