獣人と獣
月明かりが照らす夜の中、山脈をゆく大男が一人。
朧気に浮かび上がるその男の体躯は天を突くように高く。
身に纏う袴は、かつて白であったといわれても誰も信じぬ程の薄汚れていた。
外に見える肌から見えるのは毛深い体毛。
ざっくりと伸びた髪も相まって、その気配は獲物をとらえたら決して放さぬ獰猛な獣を思わせる。
見れば男の猛禽類の様な鋭い眼光が輝くのは右目のみであり、その左目には眼帯が巻かれていた。
男が進む山道は起伏も激しく、便りは月が照らす薄明かりのみ。
常人はおろか、隻眼の男が一人歩くには聊か厳しい道のりである。
だが道を行く男の足取りは確かなものであり、そこからは男が旅慣れた者であるということが伺えた。
この男、名を笠置獣兵衛という。
将軍家兵法指南役という武家の名家に生まれながら、その性格ゆえに勘当を言い渡された男である。
それ以降は名を変え、当てもなく諸国を渡り歩くで瘋癲浪人である。
獣兵衛は無精髭の生えた顎を擦りながら、くつくつと喉を鳴らして笑っていた。
獣兵衛が思い返すのは先ほどの一幕。
暗闇にて男の首が落ちる事の顛末である。
主君に暴言を吐かれた家臣が相手を無礼討ちにすることなどさほど珍しいことでもない。
いささか過敏ではあるが、それを非難するつもりは毛頭ない。
重要なのはそれを成し遂げた男の力量である。
暗がりとはいえ、この獣兵衛の目をもってしても追い切れぬ程の太刀筋。
果たして直接対峙すればどうなるものか。
「いや、拙者もまだまだ」
世界は広し。
あれ程の腕前をもった武士など、柳生門下はおろか江戸広しと云えど見たことがない。
死合の予感にぶるりと身を震わせる。
己が生涯をかけ磨きし剣の腕は果たして彼奴めにどこまで通用するのか。
胸が高鳴り心が躍る。
獣兵衛の胸に到来するのは久しく感じていなかった挑戦者の心持である。
無闇な殺生は望むところではないが、あのような者に対して己が武芸を試してみたいという気持ちもまた一入
機会があるならばぜひ手合わせ願いたい。
酒や女子も良いが、やはり己が生きるは剣の道。
地獄より湧き出し畜生どもを切り捨てる修羅の道であるということを再認させられる。
如何にこの気質が原因で勘当を申し渡されようともこれは変わるものではない。
度し難い己が性分に苦笑を洩らす獣兵衛の隻眼に、ふと見目麗しい女子の姿が映った。
するとどうしたことか、自然と獣兵衛の足はそちらの方へと向かって行くではないか。
やはり女も捨てきれぬかと。
度し難い己の性分を獣兵衛は豪快に笑い飛ばした。
■
月明かりの下、反乱軍のリーダーであるラウニー・ブランズウィックは名簿に目を落としながら、その小さな身を震わせていた。
彼女が繰り返し凝視している名は三つ。
09.エスティ・アイン・グラスデン。
23.テイル・D・ブラドー。
41.レクス・ツヴァイ・グラスデン。
帝国の第一皇子に第一皇女、そして帝国軍の総指揮官。
常ならば近づくことすら困難な帝国の要人がこの場にいるというのだ。
この3人を討てば強固な帝国の牙城に一石を投じることができるというもの。
そうなれば残った者が意思を次ぎ、打倒帝国を成し遂げ世界に平穏をもたらしてくれるはずだ。
なれば、この機を逃す手はない、例えこの身が朽ち果てようともそれを果たすまでだ。
だが、どうする。
興奮した頭を冷やし、冷静な指揮官としての頭でラウニーは思考する。
レクスとエスティならば自分でも十分に討つことは可能だろう。
だが、問題は帝国将軍テイル・D・ブラドーだ。
反乱軍の指揮官として最前線で闘ってきた自分だからこそわかる。
やつは掛け値なしに正真正銘の化け物だ。
真正面から対峙したとして、勝つというイメージすら湧いてこない。
この場にいるらしき弟や妹たちと合流したとしてもそれは同じことだろう。
思案するラウニーだったが、そこでふと木々の先から何者かの気配を感じ視線を上げる。
「なんと。これは珍しい獣付きの類であったか」
木々の影から現れたのは隻眼の大男だった。
ラウニーと同じく獣人というわけではないのだろうが、どこか獣じみた印象を与える男だ。
「某は笠置獣兵衛と申す浪人にござる。
ふむ、よく見れば先の騒ぎに見た娘と同種のようだが。
主はあの娘の縁者か何かにござるか?」
「…………そうだが」
獣兵衛と名乗る男の問いに、曖昧ながらもラウニーは肯定を返す。
あの娘とは先ほど無茶をした末妹のことだろう。
わざわざ関係性を明かす道理もないのだが、同じ猫族である以上知らぬ存ぜぬという誤魔化しもきくまい。
「ほぅ。ならば一つ問いたいのだが。
主はあの娘の前に立ちふさがった、大剣を持った武人についても知っておるのか?」
「知っているといえば知っているが……聞いてどうする?」
「無論。立ち合う。
なれど彼奴めの人となりを知っておいても損はあるまい」
「バカな。あれに勝てると思っているのか?」
何の策もなく自らあれに挑むなど、正気の沙汰ではない。
あの場で見せたあの動き一つでも奴の実力は十分に感じ取れただろうに。
いや、その実、あんなものは実力のほんの片鱗にすぎないというのに。
「無謀は承知。なに強者とあらば挑まずにはおられぬのは度し難い武芸者の性よ」
「下らん。命を粗末にするような性など捨ててしまえ」
「ふむ。これは手厳しい」
獣兵衛の言葉をラウニーはにべもなく切り捨てる。
ラウニーの叱咤など気にした風でもなく獣兵衛はボリボリと頭をかいた。
大義のため命を懸ける解放軍の同士たちに比べなんと軽い命だろう。
呆れを通り越して怒りすら湧いてくるほどだ。
「用件はそれだけか?
なら、私はもう行くぞ」
不愉快さを隠そうともせず、ラウニーは荷を背負うとその場を後にしようと動き始めた。
だが、行く手を遮るように壁のような巨体が立ちふさがる。
「なんだ?」
「時に、御仁も相応の武人と、お見受けするが?」
素直に通す気はないのか。
厭らしい笑みを張り付けながら放たれたその言葉は明らかな挑発だった。
「…………よかろう。
あの皇帝の思惑に乗ってつまらん殺し合いなどを行うつもりはないが、向かってくるというのなら容赦はせんぞ」
そう言って、支給された蜘蛛斬りという銘の刀を抜く。
いい加減男の軽薄な態度にイライラも限界だ。
命を奪うつもりはないが少し灸を据えてやる必要があるようだ。
ラウニーが構えたのを確認し、満足げに笑みを零しながら獣兵衛が木杖を正眼に構えた。
「生憎と荷の中に長物はこれくらいしかなかったゆえ。不作法お許しあれ」
その杖はなかなか丈夫な造りにも見えるが、真剣と切り合うには聊か心許無かろう。
とはいえ、ラウニーが手加減してやる義理もないのだが。
「いざ、参られよ」
獣兵衛の声に応えるように、ラウニーが地を蹴った。
しなやかなその動き出しは、宙を舞うようにも見えるほどに軽やかなものだった。
重力を感じさせぬその疾走で瞬時に間合いを詰め、ラウニーはそのまま流れるような動きで剣を突き出す。
移動から攻撃までの一連の動作は思わず見ほれるような華やかさだった。
だが、その華麗さとは裏腹にその攻撃は烈火のような激しさで獣兵衛に襲いかかる。
一息の下に放たれた突きは三点。
ともに急所こそ外しているものの正確に獣兵衛の巨体を穿つには十分な威力を秘めていた。
「ほっ」
獣兵衛は息を吐くと、迫りくる剣の腹を尽く杖で払い、その軌道を逸らす。
逸らしきれない一撃が僅かに肩口を掠めめたようだが大事はない。
そのまま獣兵衛は距離を置くように後方へと跳躍する。
「いや、お見事」
両足で地面に着地した獣兵衛は感心したようにそう漏らした。
「どうした、その程度か?
私にすら勝てぬようでは、奴に勝つなど夢のまた夢だぞ」
挑発混じりのセリフだが、紛れもない事実である。
悔しいことにラウニーとテイルの実力は天と地ほどの差があるのだから。
「なるほど。
なれば、拙者も少々本気をだすといたそうか」
そう言った獣兵衛が杖を上段に構えた。
気のせいだろうか、獣兵衛の気配が膨れ上がったようにラウニーは感じた。
同時に、ゾワリと背筋に冷たい予感が走った。
「柳生新陰流、笠置獣兵衛。参る――――」
獣兵衛が大地を蹴る。
踏みしめられた大地が爆ぜたように弾けた。
それは先ほどのラウニーの華麗で軽やかな動きとはまるで違う、激しく獰猛で剛直な動きだった。
放たれた矢のような軌道で瞬きの間に獣兵衛の巨体がラウニーの眼前へと現れた。
獣兵衛の剛腕が唸る。
ラウニーの攻撃が隙間なく吹き荒れる雨風だったとするならば、獣兵衛の一撃は雨風を弾き飛ばすまさしく雷鳴だった。
ラウニーは咄嗟にその軌道に剣を割り込ませると同時に、凄まじい衝撃が剣を握る両腕に奔る。
キィンという音。
受け止めた剣が弾き飛ばされ地面へと突き刺さる。
衝撃に弾かれたラウニーがその場に尻もちをついた。
「勝負あり、にござるな?」
「…………そのようだ」
身を起こしながら、ラウニーは獣兵衛の実力を冷静に評価する。
確かに強い。
剣の技量もさることながら、獣人をも上回る身体能力は驚嘆に値するだろう。
何よりあの気迫。
軽薄そうな常からは考えられぬほど凄まじいものだった。
だが、
「やめておけ、この程度では確実に殺される」
確かに単純な実力だけならばラウニーよりも上だろう。
だが、絶対に勝ち目がないかと問われればそうではない。
本来の獲物を使えば、魔法を駆使すれば、策を弄せば、いかようにでもなる戦力差だ。
これから相手にしようとしているあれは、そういう次元の相手ではないのだ。
「それは僥倖」
何がおかしいのか、こちらの忠告を獣兵衛は豪快に笑い飛ばした。
その様子を眺めながら何やら思案するようにラウニーは思い悩む。
「貴様一人では無理だ。だが私と貴様が手を組めば勝ち目があるやもしれん」
そして、意を決したように切り出した。
テイルに及ばずとも獣兵衛の力量はかなりのものである。
一対一ではなく二対一ならば勝ち目はあるかもしれない。
「拙者にそなたの家臣となれと?」
「そういうわけではない。奴を討ちたいのは私も同じだ。
目的が同じであれば一時手を組もうというだけの話だ」
ラウニーの提案に対して、獣兵衛は顎もとを擦りながらふむと思案し。
「せっかくの申し出だがお断り申す。
生憎と拙者が望むのはあくまで一対一の死合であるゆえ」
そう言って、クルリと踵を返した。
立ち去ろうと踏み出そうとした獣兵衛だったが、思い出したように振り返る。
「そういえばまだそちらの名を聞いておらなんだな」
言われて、そういえばまだ名乗っていないことにラウニーも気づいた。
気持程度に身なりを正し、相手を見据えて名乗りを上げる。
「ラウニー・ブランズウィックだ」
「承知した。それではラウニー殿。これにて御免」
そう言って、今度こそ獣兵衛はラウニーの前から姿を消した。
協力を得られなかったのは惜しいが、獣兵衛のおかげで打倒テイルの青写真は見えた。
あのレベルの実力者がこの場に何人もいるというのならば、その協力を取り付ければ奴に勝つことも十分に可能だろう。
そのためには前衛が二人、後衛が一人、サポートバックアップに一人、そして、その指揮をとる自分をも含め最低でも五人は欲しい。
そうなると協力者を捜さねばならない。
だが、ここにいるのは殆どが見知らぬものばかり。
まして、殺し合いという前提条件のある疑心暗鬼の舞台だ、信頼を取り付けるのは容易ではないだろう。
弟と妹ならば協力してくれるだろうが、他の者の協力を取り付けることができるだろうか。
困難だが、それでもやるしかない。
反乱軍のリーダーとして、全ては祖国の未来のために。
【一日目・深夜/2-F 山中】
【ラウニー・ブランズウィック@ファンタジー的異世界】
【状態】健康
【装備】蜘蛛斬り
【道具】支給品一式、不明支給品0〜2
【思考】
1:対テイル用の戦力を集める。弟と妹を優先。
2:エスティ、レクス、テイルの三人を討つ。
【笠置獣兵衛@スチームパンク江戸時代】
【状態】健康
【装備】魔女の杖
【道具】支給品一式、不明支給品0〜2
【思考】
1:テイルと立ち合う
2:そのほかにも強者がいるならば立ち合う
【名前】ラウニー・ブランズウィック
【性別】女
【年齢】19
【職業】反乱軍のリーダー
【身体的特徴】体格はルナより少し背が高く、顔は目付きが研ぎ澄まされて美しいながらも恐怖を感じさせる印象の猫族
【性格】冷徹、プライドが高い
【趣味】読書、トレーニング
【特技】剣術などの武術、特に槍が得意。指揮官としての腕にも優れる
【経歴】かつて存在した王国の第一王女、王位継承者
【好きなもの・こと】本、妹、妹の作るお菓子
【苦手なもの・こと】無し
【特殊能力】中級的な暗黒魔法(主に回復・補助系)
【出身世界】ファンタジー的異世界
【備考】
自分にも厳しく、そして他人にも、肉親だろうと厳しく接するルナの姉。
しかし内心ルナのことを強く心配している。
また、薄々エバンスの企みに感づいている。
命乞いをする敵すら容赦無く惨殺する姿から一部の兵士からは「死神の王女」と呼ばれ恐れられているが、本来好んで戦っている訳ではないのでその呼び名を嫌っている。
【名前】笠置獣兵衛(かさぎ じゅうべえ)
【性別】男
【年齢】31歳
【職業】瘋癲牢人
【身体的特徴】2メートル近い長身、ボサボサの髪、不精鬚、隻眼
【性格】豪快にして風流
【趣味】女遊びと、剣の探究
【特技】柳生新陰流免許皆伝
【経歴】もと幕臣だが、紆余曲折あって今は唯の瘋癲。
【好きなもの・こと】 女、剣術、酒
【苦手なもの・こと】 曲った奴
【特殊能力】類人猿のような身体能力と、
【備考】
本名「柳生右門(やぎゅう うもん)」。
将軍家兵法指南役、柳生宗則(やぎゅう むねのり)の次男坊で、
父、長男を遥かにしのぐ剣の腕がありながら、性格に難があって勘当された。
笠置山に籠り、剣の修行に明け暮れた後、何するでもなく諸国を歩きまわり、色んな騒動に首を突っ込む。
【支給品名】蜘蛛斬り
【出身世界】陰陽魔道世界
【外見】やや古い拵えの太刀
【効力】対妖怪では凄まじい殺傷力を発揮する。普通の太刀としても使用可能
【備考】
草柳重兵衛の愛刀。
作られて200年以上する宝刀で、かつて土蜘蛛を斬ったとする故事から、
「蜘蛛斬り」と呼ばれている
【支給品名】魔女の杖
【出身世界】非日常的現代世界
【外見】先端がクルっとした木製の杖
【効力】魔法の発動を補助し、効力を上昇させる
【備考】
ウェルバー・フランソア・マツモトの祖母の遺品。
魔法の消費魔力を抑え威力まで上げてくれるという、魔法使いにとって夢のような一品。
かなり丈夫なつくりであるため鈍器としても使用できる。
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