とある姉と弟の話






時は深夜零時。
闇夜よりも深い漆黒に包まれ、僅かな月明かりのみが差し込む古びた塔の中で。
1人の青年が、静かに、ただ静かに……震えていた。

「……どう、して」

ぽつりと口から漏れ出た言葉は、はっきりと分かるほど悲しみに満ちていて。

「どうして……なのですか……父上」

膝を抱え、肩を震わせ、彼はぽつぽつと1人嘆き続ける。
誇り高き帝国の皇帝アーク・ヌル・グラスデンが、この様な残虐な物を催した事に。
自分と、大切な姉がこの殺し合いに参加させられている事に。
何よりも、皇帝が―――恐れると同時に敬愛しつつもあった実の父親が、自分を参加させた事に。

レクス・ツヴァイ・グラスデン。それが彼の名だ。
揺ぎ無い武力で大陸全土を制覇し、恐怖政治といって差し支えない方法で国を支配する強大な帝国の……第一皇子。
人より遥かに優れた頭脳と機転のよさを持つ為、指揮と戦術に長けた優秀な軍師としても名を馳せている。
ただ圧政を強いる帝国の皇族とは思えぬほど、争いを好まぬ穏やかな性格であった。

「僕は……貴方の、息子のはずでしょう……なのに……」

しかし、父の視線は常に冷ややかだった。
平民や一兵卒よりかは重宝されていた。だが彼を見る父の瞳は、周りの重鎮を見る時となんら変わりはしなかった。
それは姉のエスティにしても同じ事。
帝国では5本の指に入る武勇の持ち主であり、反乱分子との戦では常に猛威を振るっていた力強い姉。
そんな彼女であっても、父の温かな眼差しを受ける事はなく。
……それでも、どこか心の片隅で信じていた。

だが、ハッキリと思い知らされた。
所詮自分も姉も、あの方にとっては『役に立つ人材』だっただけなのだ。
多少勿体無くとも切り捨てることなど容易い、便利な道具。例えそれが、実の子供だとしても。

「なのに……どうして、僕と姉上をこんな……っ!」

じわりと瞳に何かが滲むのを感じ、慌てて服の袖で眼をこする。
この様な場所で1人泣くなど皇族の恥。例え父に見捨てられたとしても、偉大な父の息子であるという誇りは捨ててはいない。
どうせ、自分はこの地で死んでいくのだとしても……最後まで、皇族の名に恥じぬようにと。

「……そうだ」

ふとある事を思い出し、支給された荷物袋を漁る。
中身は既に確認してある。軍師としての性か、状況を把握する事は何よりも先に優先された。
その中身の1つである名簿に書かれた名前の中で、彼が知る名は5つ。
実の姉であるエスティ、父の懐刀であるブラドー将軍、そして反乱軍の首領格として名高いブランズウィックの3姉兄妹。
優れた武人であり反乱軍を束ねるラウニー、魔術師であり小賢しい戦略にも長けるエバンス、羨ましい程の理想を掲げるルナ。
反乱分子の主犯格ともいえる彼らがここで死す事は、帝国にとって僥倖そのものであるのだろう。

「あった……」

取り出したのは、一本の短刀。
月明かりに照らされ、曇りない刃が眩く光る。
しばらくその照り返しを眺め……そのままゆっくりと刃を、自らの首に押し当てた。

(このまま刃を引けば……間違いなく、僕は死ぬ)

頸動脈を断ち切られ、即座に出血死することが出来る。
醜く足掻いて醜く死ぬよりかは……自分で自分の命を絶つ方が良いのではないだろうか。
もし父がどこからかこの殺し合いを観察しているとしたならば、最も初めに死した者には何かしら注目するだろう。
まだ、殺し合いが始まってそんなに時間もたっていない……死者もまだ出てはいないはず。
死ぬ前に少しでも父に目をかけて貰えるならば。潔く死ぬ姿を見届けて貰えるならば。

(最期に少しでも姿を見て貰えるなら……僕は)

ごくりと唾を飲み込む。
グッ、と刃を握る手に力を込める。
そしてそのまま一気に―――――


『恭ォォォーーーーー!!!聞こえてたら返事しなさいィィィーーーーー!!!』


突如響いてきた大音量の金切り声に、そのまま短刀を取り落とした。
それはカランと乾いた音を立てて床に落ちたが……いきなりの大音声に頭をクラクラさせているレクスに気にする暇はなかった。



◇   ◇   ◇



『姉ちゃんは今、でっかい古い塔の天辺にいるわよッ!!!アンタが今どこにいるか分かんないけど、ともかくすぐにここに来なさい!
 ……それと!こんなバカな事をしでかしてる銀髪のオッサン!!!アンタに言いたい事が山ほどあるのよッ!
 絶対にアンタみたいな奴は死んでから地獄に落ちるんだからねーーーっ!!!』

塔の屋上に仁王立ちし、夜風に黒髪をバサバサとなびかせ……その女性は、手にした何かに向かい叫んでいた。
女性に思う感想としてはいかがなものかと思うのだが……凄く、男前である。

『銀髪のオッサンに従ってたちょっとイケメンの兄ちゃんも似たようなもんよ!人の命なんて、そんなに軽いもんじゃないわ!
 こんなくっだらない事で死んでいい人間なんているわけないじゃない!!!だいたいねぇ……!』
「あ……あの、何をなさっているんですか?」

烈火の如く怒り狂っている様子の女性に話しかけるのには勇気がいったが……このまま父の罵詈雑言をノンストップで叫ばせる訳にもいくまい。
というか、この状況でどう考えたらこんな行動が取れるのであろうか?

「ん……誰?何か用?」
「いや、用といいますか……貴女、何をなさっているのですか?
 この様な状況で不用意に叫んだりして……殺し合いに意欲的な人間が聴いていた場合、間違いなくここにやってきますよ?」

率直に、ありのまま起こった事を質問してみる。
黒髪の女性はしばらく考えているようだったが……人差し指をびしりと立て、レクスに言った。

「でも、貴方みたいな人もいるでしょ?」
「はい?」
「ここにいるのは殺し合いに乗る様なお馬鹿ばっかりじゃないわ……貴方みたいに、いい人もいるじゃないの」
「いい……人?」

―――かけられた事の無かった言葉だった。
彼が人々から向けられる言葉は、今まで主に2つ。
恐怖の象徴である皇帝の息子への恐れ。優しくも非情にも成り切る事の出来ない偽善者への侮蔑。

「そ、いい人。ここに来てくれたのだって、あたしが危険人物を呼び寄せるかもしれないって思ったから注意しに来てくれたんでしょ?」
「別に……危険人物を近くに呼ばれると、僕が迷惑を被るからなだけです。注意しに来た訳では……」
「あら、それなら塔を上って来るよりさっさと逃げた方が簡単よね?」

う、と尤もな反論をされて言葉を詰まらせる。

「とどのつまり、貴方みたいないい人を集めてあのオッサンをぶっ飛ばそうって思ってたのよ。
 あたしの弟も絶対に殺し合いに乗るような馬鹿じゃないし……きっと、もっともっと、いい人はいるはずよ」

諦めたらそこで試合終了、って言うしね。とケラケラ笑いながら語るその女性は、レクスの目にはとても眩しく見えた。

「……貴女は、強い方なんですね」
「強い……?別に喧嘩とかは強くないわよ?」

首を傾げる彼女を見て……少しだけ、決心がついた。

「恐れながら……教えていただけませんか?貴女の名前を」
「名前?あたしは未来、日高未来だけど……あ、そうだ。貴方も名前聞いてないわね。
 夜だから気付きにくいけど……綺麗な銀髪よね、どこの国の子?」
「どこの国……そうですね、例えて申し上げるならば『恐怖の帝国』からです」
「……は?」

さらに首を傾げる未来を前に、レクスは腰を軽く折った優雅な一礼をしてみせる。

「礼を言います……僕は、危うく大きな間違いをしでかす所でした。
 父上がいくら認めたとしても、僕自身はこんな殺し合いを認めない……認めるわけにはいかないのだという事を」
「え、あ、うーん……まぁ、どういたしまして……って言えばいいの?」

いきなりの真摯な礼に対してしどろもどろする未来を見、レクスは微笑を浮かべて続ける。

「始めに名乗らなかった非礼を詫びさせていただきます。僕の名はレクス・ツヴァイ・グラスデン。
 この殺し合いの主催者……帝国皇帝アーク・ヌル・グラスデンの不肖の息子です」
「……は!?」

未来のしどろもどろした顔が呆けた表情に変わり、一瞬にして驚愕の表情に変わる。

「無礼を承知でお願いいたします。この理不尽な殺戮を止める為、父の真意を確かめる為、そして僕自身の望みの為。
 ………実の息子として父を止める為、力を貸してはいただけませんか」

身分故に今までした事などないほど、深々と真摯な思いを込めて頭を下げる。
例え悪魔の皇族と畏れられようと、偽善と罵られようと、彼の本質は紛れもない『善』
臆病ゆえに踏み切る事の出来なかった弱き善人は今、僅かに足を踏み出した。
例え先にそびえる壁が高くとも、少しずつでも進んで行こうと。
父の真意を、何故それほどまでに争いを欲するのかを、知る為に。

(……それが貴方の息子として生まれた、僕の誇りです)


【一日目深夜/2-C 塔の頂上】

【レクス・ツヴァイ・グラスデン@ファンタジー的異世界】
【状態】健康
【装備】護法刀
【道具】支給品一式、不明支給品×0〜2(確認済み)
【思考】
基本:父の真意を知る
1:殺し合いには出来るだけ乗らず、犠牲は最小限に止めたい
2:姉が心配

【日高未来@非日常的現代世界】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、拡声器、不明支給品×0〜2
【思考】
基本:殺し合いには乗らない
1:とりあえず、レクスに対処?
2:弟を探す

※拡声器の声が届く範囲は、周囲1〜2エリアです



【名前】レクス・ツヴァイ・グラスデン
【性別】男
【年齢】16歳
【職業】帝国第一皇子、兼軍師
【身体的特徴】銀髪、緑の目。体格は細身
【性格】穏やかだが、敵対する相手には冷酷極まりない
【趣味】乗馬、読書、チェス
【特技】軍師を兼任しているため、戦術・状況把握に長ける
【経歴】ルナの国を滅ぼした帝国の皇子。
【好きなもの・こと】読書、国
【苦手なもの・こと】一方的な殲滅戦の指揮、平和を乱す反乱分子
【特殊能力】攻撃・回復魔法(共に初歩)
【出身世界】E世界:「ファンタジー的異世界」
【備考】とある帝国の皇子。第一皇子だが次期皇帝ではない。
恐怖政治で国民を押さえている国に疑問を持つが、国家を不用意に乱したりするのを避けるため現状に甘んじている。
一応はいい人だが偽善者かつ事なかれ主義者。

【名前】日高 未来(ヒダカ ミク)
【性別】女
【年齢】21歳
【職業】OL
【身体的特徴】黒髪、化粧気はないが美人
【性格】弟以上に豪快で情に厚い肝っ玉姉ちゃん
【趣味】弟いじり、ドライブ
【特技】料理を除く家事全般
【経歴】一般人。幼い頃母が死亡したため、母親代わりとして弟を育てる。
【好きなもの・こと】弟、愛犬、酒
【苦手なもの・こと】嘘、恋愛沙汰
【特殊能力】酒豪、弟の嘘を見抜ける
【出身世界】非日常的現代世界
【備考】
日高恭の姉。正真正銘の一般人。
恭が霊能力者と妖怪の戦いに巻き込まれた際に重症を負うが、本人はそのことを余り覚えていない(表向き交通事故扱いされている)。
最近、弟に彼女ができたんじゃないかと悩んでいる。



【支給品名】護法刀
【出身世界】陰陽魔道世界
【外見】白い刃の短刀
【効力】破邪の効力を持つ小刀。普通の刃物としても使えるが、妖怪等にとっては斬り傷と同時に激しい火傷の様な痛みを感じる。
霊力や魔力がある人間が持てば、その分威力も上がる。
【備考】京介が愛用する妖怪退治道具。両親の形見



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