GRAND HOTEL
何故か点灯している部屋の照明のまぶしさに、ピーターは目を覚ました。
寝惚け眼を擦りながらベットから身体を起こすと、すぐ近くに、椅子に腰かけて、こちらをジッと見ていた。
黒髪に、隻腕の奇妙な男。昔見たジャパニーズホラーの幽霊を髣髴とさせる。
「何してるんだ? お前さん」
「…………誰だお前。もしかして僕が寝た女の元愛人か?」
「ンなこたァ知らんよ。お前さんも参加者だろ?」
「日本人の友達なんてあんまいないんだけどな……」
この男。秋月雪乃丞はどことなくこの男のテンションに苛立ちを覚えていた。
見たところ非戦闘者。
とても楽しめそうにないだろう。だがどうしても聞きたいことがある。
「ところでお前さん。この殺し合いの参加者だろう?」
「殺し合い? またスラムで紛争が起きたのか?」
「…………」
また苛立ちが雪乃丞の心に募る。
だが何故、雪乃丞がピーターをすぐに殺さなかったか。
理由は単純。この男は、この場に何の緊張感もなく寝息を立てていた。
よほどの自信のある実力者なのだろう。雪乃丞はそう思った。
相手を甚振り、戦士としてのプライドを打ちのめした上で、殺すのが雪乃丞の望み。
「まあいいや……」
ピーターはベッドから立ち上がり、右足を上げる仕草を取った。
「?!」
雪乃丞は身構えた。何か、来る。だが案ずることはない。
こいつが実力者だとしても、もう既に己が術中に嵌まっているのだ。
そう、案ずることはない。
“あの幻法”がこの男を覆っているのだ。
何が起きようと……
「これあげるから帰って」
ピーターが靴下から若干暖かい紙幣を取り出した瞬間、雪乃丞はずっこけた。
「まあ受け取っときなさいよ。これは僕からのほんの気持ちだからさ」
……自分はバカだ。
幸先がよかったからと言って遊び過ぎた。
こんな男…………眠っている間に脳天を突き刺して殺せばよかった。
頭の中を駆け巡るのは後悔の念と憤怒。
「……ふざけるな。無駄足にもほどがある…」
雪乃丞はその紙幣を乱暴に奪い去ると同時に、その術を発動させようとした。
だが、一瞬躊躇う。
驚愕したのだ。その対象は渡された紙幣。
「……何だこれは…」
「何って紙幣だよ。紙のお金だ。知らないの? 一時期暴落したけど5年ほど前から価値を取り戻しているんだぜ? もう普通にこいつで買い物ができる場所も多い」
「金か? この紙が…」
明らかに紙の質感ではない。
興味が湧いてきた。
「実は言うとな。俺は今お前さんを殺そうと思っていたのよ」
「……マジで…また強盗かよ」
「…………恐怖はないのか?」
「まあ怖いさ。できれば見逃してくれたら嬉しいな。僕はどちらかと言うといつものような可愛い強盗に襲撃されたい」
「見逃すと言ったら……どうする?」
「マジで!?」
ピーターは歓喜した様だ。
「待て待て待て待て。皆まで言うなよ。どうせ金だろ?」
「金は要らん。この面妖な紙きれをよこせ」
「いや、この紙が金なんだって。お分かり?」
苛立ちは消えていないが、雪乃丞は期待している。
この紙……材質は恐らく綿だろう。
破れやすく保水性もある。紙幣としては紙には勝れないだろうが、雪乃丞にとっては違う―――
興味が湧いたのだ。この綿紙幣に
「あ゙」
ピーターは、あることを思い出した。
「どうした」
「すまんな。強盗さん。不測の事態だ…」
ピーターの頬を冷や汗が伝う。
隠していたこの紙幣以外は、持っていないのだ。
「先ほどの口ぶりからして、まだ大量に持っているのだろう? 出せ。出せば見逃してやる。まあ出さねば殺すことになるが」
殺される。
ピーターは、ここにきて初めて危機感を覚える。
ヴィオラとは明らかに勝手が違う。襤褸を出せば殺されることは必至だろう。
いつもは有り余る財布の金の、半分でも渡せば強盗は帰る。
「おい。どうした」
「すまんな。強盗さん。不測の事態だ…」
「ない」
刹那。
一瞬にして血相を変えた雪乃丞が、ブロードソードを構える、ピーターを貫こうとする。
「やはりお前は殺戮を愉しむか。秋月の」
そんな時扉の外から声。
可憐なその声と共に、ドアが蹴破られ、乱入してきた剣が、剣の軌道を逸らした。
そして姿を現したのが、一人の少女。
「初めまして………ではないな。伊達正宗」
「獣兵衛の奴に退けられる雑魚が…こんなところで異人いびりか。この建物に入ってゆくお前を尾行しておいて正解だ」
「尾けられていたのか。気付かなんだよ……」
「それはそうと何でお前さんがここにいる?」
「関係あるまいよ。私はただしたいようにするだけ…」
「異人を助けるのが趣味なのか? まあそれはいいとしよう」
雪乃丞は再びブロードソードを構える。
「ちょっとアンタ! また来るぞ! 財布を取り戻したらいくらでも払うから!」
「あんたは黙ってろ!」
正宗は、いささか疑問に思っていた。
あの剣の刺し貫こうとするものは果たして何なのだ?
あの剣。本当にピーターを“直接”貫くためのものだったのか?
違う……
正宗の見解はそうではなかった。
「轟幻法…散水ノ法(さんすいのほう)」
「不味い……!」
正宗が雪乃丞の真意に気付いたころにはもうすでに遅かった。
「がふっ!? ……うぁああああ」
ピーターが宙を舞った瞬間だった。
そして彼は、あたかも巨人に肉体を掴まれたように何もない宙にぶら下がり、そして窓の外に放り投げられた。
「くっ!」
「いいじゃないか。たかが他人だ。それにここは2階、運が良ければ助かるかもだ」
「で…いいのか? お前さん自身が逃げなくとも」
「……くっそ…」
今は逃げた方がいいだろう。間違いなく奴の支配領域(テリトリー)の中にいる。
正宗は部屋を後にする。
「ああいいぞ。今は逃げるといい。どうせそれも我が支配領域を」
轟幻法“散水ノ法”
細かく千切った紙や布を相手の口腔内に忍ばせ、飛び散る水のごとく相手を吹き飛ばす。
剣を振るう動作はそのスイッチの役割を果たしているのだ。
ハナからこいつを突き刺す気などありはしない。
ただ攻撃をされた。と錯覚を起こさせさえすれば、相手は吹き飛ばされる……いや、自ら吹き飛んでゆくのだ。
脳がそう、認識する。
そして……雪乃丞はすでに4つ飛ばしていた。
ピーターよりもたらされた紙幣の切れ端を4枚。
【一日目・黎明/6-H ホテルの一室】
【秋月雪乃丞@スチームパンク江戸時代】
【状態】健康
【装備】長楊枝(26/30)、ブロードソード、人型に千切った綿紙幣(14/18)
【道具】支給品一式
【思考】:優勝し、アークを殺す
1:相手を探す
2:獣兵衛は探し出して確実に殺す
3:正宗を追う。
【一日目・黎明/ 6-H ホテルの廊下】
【伊達政宗@スチームパンク江戸時代】
【状態】健康
【装備】ミスティセイバー
【道具】支給品一式、不明支給品(0〜2)
【思考】
基本:さっさと駿府に帰る。
1:雪乃丞に対抗する策を見出す
2:平賀、天草を探す。
3:獣兵衛とも合流したい。ついでに鳥羽の事も知らせたい。
4:槍、できれば正宗が欲しい
【一日目・黎明/ 6-H ホテルの外】
「……痛い…胸が痛い…………何なんだこれは…」
ピーターは生きていた。骨は折れていないようだが窓ガラスのかけらがところどころに突き刺さっている。
ハッキリ言ってピーターは、かなり幸運だ。
【ピーター・コルテス三世@近未来の荒廃世界】
【状態】体中に切り傷
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1〜3
【思考】
基本:さてこれからどうしよう……
1:ひょっとしてこれ本当に殺し合いか?
2:戦わなきゃダメなのか?
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