公家と牢人







「5-H」エリアの中央部に存在する湖には、一本の橋が東西に掛っている。
木造の立派な橋で、幅が広く、湖面に緩やかなアーチを描いていたが、
この橋のちょうど真ん中で、欄干にもたれかかりながら月を見上げる人影が一つあった。

長い、艶のある黒い総髪を茶筅髪にした、若武者風の「人物」がそれであった。
「人物」としたのは、この「人物」が実に抽象的な整った容貌の持ち主で、
見ようによっては、男装の麗人とも見えるし、色気のある優男にも見えるからである。

柿色の袖なし、柳色の小袖に、くすんだ濃紺の伊賀袴といった装束で、
やや草臥れた装束と、手入れの荒い髪形から察するに、恐らく牢人であろうと思われる。
戦傷か、右目に眼帯をしていた。

この「人物」は、欄干にもたれかかりながら、茫然と月を眺めていたが、
ふと、腰に差していた、微塵も今の装束に似合わない西洋拵えの剣を鞘から抜き、
月明かりに翳して見る。

“みすてぃせいばぁ”なる銘の代物らしいが、
なるほど、まるで透き通るような綺麗な刃をした諸刃の段平だ。
武器は没収した物を適当に配ると言っていたが、これは当たりの部類かもしれない。

「槍が良かったんだがな…」

光る刀身を見ながら、ぽつりと「人物」は、
否、彼女、伊達政宗はつぶやいた。

流派武術などという勿体つけた代物では無いにしても、
幼少の時より、戦国以来の歴戦の勇士たる鬼庭掃部に直接手ほどきを受けた、
戦場拵えの実戦槍術が自分にはあり、それにて愛槍「正宗」を振るい、
既に少なからぬ相手をその手に掛けている。
剣は兎も角、槍は持たせれば、三国を見渡しても、
自分と比肩しうる使い手は両手で足りるほどしかいはしないだろう。

「しかしバカバカしい騒動に巻き込まれた物だ。こういうのは獣兵衛一人で充分だろうに」

脳裏に、自分と同じ隻眼の、愉快豪快な瘋癲浪人を思い浮かべながら、
政宗は溜息を一つ付いた。

あの銀髪の男はどこの南蛮の王であろうか。
正直どこの王でもどうでもいいが、訳の解らない事に自分を巻き込まないで貰いたい。
政宗が、この殺し合いに対して抱いた感想はそれであった。

彼女は御家再興、徳川撃滅という必ず為さねばならぬ使命がある身だ。
こんな訳の解らない戯れ事にかかずらわっている暇など無いのだ。
正直、ここに連れてこられる直前までいた、駿府の町にさっさと帰りたい。

自分以外の参加者を皆殺しにすれば帰れるらしいが、そのような選択肢は最初から論外だ。
あの狂っていたとしか思えぬどこぞの王様につきあう義理など全く無いし、
何より、そのような非道は、彼女の信念が許さない。

「我が家を陰謀で潰した、柳生但馬にも劣る外道ではないか」

仙台伊達家は政宗と、その弟の間での御家騒動が切っ掛けで、国安からずと取り潰しの憂き目にあったのだが、
弟派の家臣たちを陰ながら操っていたのは、むしろ徳川であったのだ。
そして、この卑劣な計略の黒幕こそ、獣兵衛とは犬猿の仲の父親、大目付柳生但馬守宗徳。
外道を叩く自分は、飽くまで正道であらねばならない。
外道を行えば、自分も外道に落ちるのだ。

改めて、この殺し合いの場から如何にかして脱出する方策を探す決意を彼女は固め、
ミスティセイバーを鞘に戻し、欄干から体を起こした。

そんな時であった。

ふと、政宗の耳に入ってきたのは、美しい笛の音色であった。
笛の音のする方へと首を向ければ、はたして、橋へと近づいてくる一つに影がある。

笛の音が大きなるに連れて、その影も大きくなり、
影が橋の入り口に差しかかった所で、月光が闇の下の姿を明らかにする。

そこには一人の公卿がいた。
笛より出る調べは月の光と同調し、大層な風流であった。

立て烏帽子に、蘇芳の狩衣。
その白粉を塗った長い顔に、政宗はとても見覚えがあった。

公卿は、優雅に笛を吹きながら、しゃなりしゃなりと橋の中央部までやってきて、
そこでようやく笛から口を離し、今しがた政宗に気付いたと言わんばかりの、
さも驚いたような顔をしながら、

「おや、何方かと思いますれば、伊達陸奥守殿ではおじゃらんか。お久しゅうおじゃりまするのぉ」

と、笛を袂に仕舞い、それと入れ違いに扇子を取りだし、
ちょっと口を隠しながらおどけた様な表情でそう会釈する。

政宗は、苦虫噛み潰したような表情をしながら、公家を睨みつけると、

「正直アンタには二度と会いたくなかったんだけどね。それにアタシはもう陸奥守じゃない」
「何をおおされまするか、伊達殿。麿にとっては、陸奥守は政宗殿ただ一人…
それに我らは、共に逆賊の徳川(とくせん)めを成敗せんとする同志ではおじゃりませぬか」
「同志・・・・ね。あんたの口からそんな言葉を聞けるとはね…この痩せ公家め、反吐が出る」

政宗の険しい視線には微かな殺意すら含まれていたが、この公家、
鳥羽三位中将竜麿は、それをどこ吹く風と受け流して、

「いけませぬぞ、伊達殿。左様に肩を張っておられては、麗しい尊顔が陰りまするぞ。
ほれ、もっと気安く気安く。古の歌にもいうではおじゃりませぬか、
ほうれ、あの古今集の…」
「もういい、少し黙れ。あんたの詭弁は聞き飽きた」

突き放したような態度を取る政宗に、鳥羽中将は、
「ああ、左様な無体を申されまするな…おいおい、おいおい…」
と、袖で顔を隠しながら泣き真似をしてみせる。
無論、本当は微塵も悲しんでなどいないのは言うまでも無い。

(嫌な奴に会った…)
政宗の胸中は実に憂鬱であった。
この一見なよなよした痩せ公家に、何度煮え湯を飲まされた事だろう。
実に貴族的で柔和で軟弱な表向きの姿の下には、恐るべき剽悍なる鬼謀の人が隠れている。

鳥羽三位中将竜麿。
鳥羽大納言が長子で、後水野上皇(ごみずのじょうこう)股肱の臣。
武家の世を打倒し、帝の支配する世を復興せんとする途方もない野望の持ち主である、
「バサラ法皇」、後水野上皇の倒幕陰謀の先兵として、
時には表の政治の世界で、時には裏の忍びの抗争の指揮官として、
時には自ら剣すら振るって縦横無尽の活躍を遂げる怪男児である。

白粉を塗り、眉染めをし、お歯黒をした、この馬の様に長い顔を持つ痩せ公家は、
公家の身にも関わらず、下手な武家など裸足で逃げ出す武芸の達人である。

剣は中条流、槍は宝蔵院流。
小笠原流の弓術、馬術にも精通し、
さらには稲富流の鉄砲術や、新興の流派である関口流の柔術をも極めている。

これらの武芸は悉く免許皆伝だが、全て「術許し(完全に実力で免許皆伝すること。対義語に、義理許し、
金許しがある)」であり、その実力は、政宗も直に見届けている。

以前、上皇方に雇われた自分の様な牢人の集まりと、
『裏柳生』の部隊が吉野にて合戦同然の衝突を起こしたことがあったが、
その時などこの痩せ公家は騎乗したうえ、その身を甲冑に包み、
右手に十文字槍、左手に騎乗筒(騎乗用の短銃)を持ち、
『裏柳生』の達人相手に槍と銃を自在に振るい、相手を多く討ちとっておきながら、
自分には傷一つ無いと、建武の護良親王もかくやと言わんばかりの荒々しい大立ち回りを演じていた。

それでいて、和歌、連歌俳諧、有職故実に広く通じる教養人でもあり、
事実、彼は今上帝の家庭教師を務めていた時期すらあったのだ。

政宗は、上皇の倒幕陰謀の際には、主家の復興を条件に、伊達の牢人衆と共に、
この男の指揮下で京都所司代の手勢、伊賀甲賀の忍び、そして「裏柳生」と抗争したが、
その途上で捨て駒同然の扱いをされる事も多々あり、
さらに上皇の倒幕陰謀が結局失敗に終わった時など、真っ先に政宗ら牢人衆は、この男に切り捨てられたのだ。

無論、政宗ら牢人衆は所詮「御雇」に過ぎない身の上であるし、
こういう扱いもある程度は仕方が無いと思うものの、だからといって納得できる物でも無い。

この白い“したり”顔をぶっとばしてやりたい、という思いも無きにしもあらずだが、

(悔しい話だが、アタシではこの男に敵わん…)

あの獣兵衛ですら、最初にこの公家と死合った時には、左目を潰され、退かされる羽目になったのだ。
二度目の勝負では獣兵衛が勝ったが、それでも相手の額を僅かに傷つけるに止まっている。
自分では「正宗」が今、手元にあったとしても、

(勝つのは厳しい…か)

政宗は、軽く眉間に皺をやると、今なお泣き真似をする鳥羽中将を半目で見ながら、

「で、アンタはどうするつもり?」
「はて〜ぇ?いかがする、とは?」
「惚けんな。この殺し合いに乗るか否か聞いてるんだ」

泣き真似を止めて、惚けた表情で質問をはぐらかす公家に、政宗は強く詰問する。
正直、この男を敵に回したくはないが、もし乗るというのなら…

(幸い武器を手にしてない今なら、不意を突いて・・・)

政宗は、鳥羽中将に気付かれぬよう、ミスティセイバーの柄頭に手をやる。

「おほほほほほ。いけませぬな伊達殿。そう殺気立たれては」
(ッ!)
「隠しておるつもりでおじゃろうが、麿には通じませんぞぉ、おほほほほ」
(油断ならん・・・っ!)

口元を扇子で隠しながら、おほほほと笑う鳥羽中将の顔を睨みながら、
政宗は背中で冷や汗をかいていた。

「まあ、そう殺気立たれまするな。麿は女子供を斬る剣は元より持っておじゃらん。それになにより…」
「麿はかような無粋な戯れ事に加わる気はおじゃらん」

「本当か?」
飽くまですぐにでも剣を抜き打ちに出来る体勢を崩さない政宗だが、
鳥羽中将は其れを一顧だにする事無く、やはりおほほと笑う。

「左様、左様。麿は恐れ多くも帝より近衛中将に任ぜられ、三位の位を賜ったれっきたる朝臣。
その麿が何故野蛮なる夷(えびす)の王の余興に加わらねばならぬ?左様な道理はおじゃらん
伊達殿の乗る気はないでおじゃろう?」
「・・・・まあな」
「良きかな良きかな。今言うたように麿は乗る気はおじゃらん。それに…」
「それに?」

相変わらず怪しげな微笑を顔に浮かべながら、
しかし目だけは少しばかり素の剽悍な光を出しつつ、鳥羽中将は言う。

「何より、帝の臣たる麿をかような戯れ事の為に拐わしただけでも、言語道断な振る舞い。
これは麿だけではなく、その主たる帝おも軽んずる行い他ならぬ。
あの無礼な南蛮の王、そしてその廷臣には、纏めてかかる無礼の償いをさせねばならぬ」

鳥羽中将の、ここにはいない件の銀髪の狂王、ならびにその忠臣らしき黒髪の南蛮武者への、
静かで、しかし強烈極まる殺気に、政宗は背筋が凍る思いがする。
やはりこの男は敵に回したくはない。

「しからばこの奇怪な首輪を一刻も早く外さねばならぬのぉ」
「・・・・・当てが無い事も無い」

首輪を鬱陶しそうに触る中将の姿を見て、政宗の脳裏には二人の男の姿が浮かぶ。

「ほ?それはまことにおじゃるか?」
「平賀源内は言うまでも無く、天草道四郎という男も恐らく…」
「源内は麿も知っておるが、天草なる男は何者ぞ?」
「源内の弟子だ。変わった奴だが、使える男だ。一応知己になる」
「ほほお、これは僥倖。伊達殿の知り合いと申せば通ずるかな?」
「多分、な。手分けして源内、天草を探すか?」

この公家は油断ならないが、仲間にすれば大層力強い。
出来れば協力関係にしておきたいのが政宗の意向だ。

「うむ。良かろう。あの南蛮王の臣、あれの相手は麿に任せよ」
「あれは強いぞ。下手すると獣兵衛と互角か、ひょっとするとそれ以上か・・・・」
「おほほ、そのような事で臆する麿にはおじゃらん。何、所詮は人の子、殺せば死ぬじゃろうて」
「・・・・まあ、そういうものか。じゃあ・・・・」
「うむ。出来うるなら、酉の刻ごろ、またここで」
「落ち合う事にするか」
「左様。では…」
「ああ…」

話はこれで終わりである。
二人は別れ、中将は西へ、政宗は北へと向けて行動を開始する。

「そう言えば」
別れる直前、政宗が中将に問うた。

「獣兵衛はどうする?」
「・・・・・」

笠置獣兵衛。
政宗にとっては、腐れ縁のあの瘋癲浪人は、この公家に取っての・・・

「きゃつとはケリを付けねばならぬのぉ・・・」
「言うまでも無いことだが、獣兵衛は味方につければ百人力だぞ」
「それでも、じゃ・・・あちらもそう思っておるであろう」

中将は白粉に隠れて、ほとんど見えない額の傷に手をやる。
戦場ですら誰にも後れを取った事の無い、自分を唯一退けた男。
そして相手にとっては、自分の左目、そして弟を奪った宿敵。
戦いは避け得まい。避けるつもりもない。

「そうか・・・ならアタシに言う事は無い。所で、武器の方は?」
「おほほ、これにおじゃる」

そう言って掲げたのは、先ほどから手にしていた扇子だ。
良く見れば骨が鉄製の「鉄扇」であった。
常人ならば護身用以上の物にはならないが、この男が持てば立派な凶器だ。

「そうか・・・・ならば」
「うむ、では」

そうして二人は別れた。
再会できるかは神のみぞ知ることである。


【一日目・深夜/ 5-H 湖畔】

【伊達政宗@スチームパンク江戸時代】
【状態】健康 疲労
【装備】ミスティセイバー
【道具】支給品一式、不明支給品(0〜2)
【思考】
基本:さっさと駿府に帰る。
1:平賀、天草を探す。
2:獣兵衛とも合流したい。ついでに鳥羽の事も知らせたい。
3:槍、できれば正宗が欲しい

【鳥羽三位中将竜麿@スチームパンク江戸時代】
【状態】健康
【装備】 鉄扇
【道具】支給品一式、不明支給品(0〜2:武器以外)
【思考】
基本:首輪を外し、アーク、テイルを成敗し、獣兵衛と決着をつける
1:平賀、天草を探す。
2:出来れば獣兵衛とのケリを付けたい。



【名前】伊達政宗
【性別】女
【年齢】21
【職業】浪人(元は藩主)
【身体的特徴】右目を病で失明したため眼帯をかけている
【性格】野心家。粗暴だが気前がいい
【趣味】酒
【特技】槍の腕前は達人級
【経歴】東国の藩主だったが、秀忠に取り潰される。その後幽閉先から脱走し、幕府打倒を思いながら諸国を回る
【好きなもの・こと】酒、さっぱりした性格の男
【嫌いなもの・こと】幕府、ウジウジした男、女
【特殊能力】一般人としては、強い
【出身世界】スチームパンク江戸時代
【備考】
秀忠により伊達家を取り潰されたのを恨みに思い、幕府を倒すために正体を隠して諸国を回っている女藩主。
獣兵衛とは必ずしも利害が一致するわけではないが、性格的に気に入って度々行動を共にしている。

【名前】鳥羽三位中将竜麿 (とば さんみちゅうじょう たつまろ)
【性別】男
【年齢】35歳
【職業】公家、三位中将
【身体的特徴】痩身長躯、馬のように長い顔、優雅さを感じさせる仕草
【性格】「本物」の貴族、優雅にして深慮遠謀
【趣味】 茶の湯、連歌俳諧、武芸の探究
【特技】中条流剣術、宝蔵院流槍術、小笠原流弓術、同馬術、関口流柔術、稲富流鉄砲術免許皆伝
    また、和歌などの広く有職故実に通ずる。
【経歴】後水野上皇股肱の臣、上皇の統幕陰謀では「帝の忍び」を率い、獣兵衛、並びに「裏柳生」と抗争。
【好きなもの・こと】 茶の湯、連歌俳諧、武芸の探究
【苦手なもの・こと】 似非貴族、無風流な奴
【特殊能力】あらゆる武芸に通じ、かつ教養人
【出身世界】スチームパンク江戸時代
【備考】
獣兵衛最大の宿敵。彼の左目を潰したのもこの男である。
ハイパー公家。テイルに並ぶ完璧超人2号。
将軍家継嗣抗争に乗じ、天皇・公家の天下を奪還せんと陰謀を巡らす後水野上皇(ごみずのじょうこう)の
側近中の側近で、伊賀甲賀根来などのはぐれ忍びで構成された「帝の忍び」を率い、上皇の為に奔走する。
何気ない仕草の節々から、えもいわれぬ優雅さを醸し出す本物の貴族であり、自身もそうあることに誇りを見出している。
なお、やせ形だが、片手で長太刀を振り回す怪力の持ち主でもある。



【支給品名】ミスティセイバー
【出身世界】ファンタジー的異世界
【外見】透き通った刃の大剣
【効力】強力な魔術や異能の力を斬る事ができる
【備考】
エスティが愛用する大剣。魔法が使えない彼女の為に造られた。
両手で持って振り回すのに的した長さ。



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