ビビリー×ビビリー







夜の帳が落ちた世界の中を何かが蠢いた。

それは黒。
それは闇よりもなお暗い漆黒の影。
それは這いずる蜘蛛のようでもあり。
それは仄暗い沼の底で蠢く泥水のようでもあった。

虫ではない。
虫と呼ぶにはあまりにもそれは大きすぎる。
その体長は優に2メートルを超えている。
これほど巨大な昆虫などどの世界を探そうとも見つかりはしないだろう。

獣でもない。
形状は軟体、体の端々からは触手のような手足が何十本と蠢動している。
このような姿の生物など、どのような学術書を読み調べようとも記されていない。

まして人もない。
この影には獣にはない理性と明確な意思がある。
本能のまま喰らい尽くす獣などでは決してない。
だがされど、人と呼ぶにはあまりにも外れすぎている。

それは黒。
それは闇よりもなお暗い漆黒の影。
それは這いずる蜘蛛のようでもあり。
それは仄暗い沼の底で蠢く泥水のようでもあった。

それはきっと、この世界にあらざる何かだったのだろう。



怖い。
そして、さみしい。

この場に放り出された彼の心にまず到来した感情はそれだった。

風に波打つ草木。
月明かりに伸びる木々の影は自らを狙う人影に思えた。
ざわめく風の音は獰猛な獣の唸りにすら聞こえる。
全てが恐怖に彩られた世界。
こんなところに一人でいると、それだけで不安で不安で死んでしまいそうだ。

誰かに会いたい。
誰かにと一緒にいたい。

彼の心を占めるのは不安と恐怖とその一心。

自然と親しい友人の姿を思い浮かべる。
迫害を受けていた自分を助けてくれた賞金稼ぎのケイスケ。
名前のなかった僕にビリーという名前を付けてくれたラクリン。
ちょっとおかしな奴だけど、こんな自分にも分け隔てなく接してくれるトニオ。
全てが失いたくない大事な友達だ。

会いたい。
彼らに会いたい。
彼らでなくてもいい。
とにかく一人はいやだった。

そう思いながら、彼は闇の中をおっかなびっくり進みながら人影を探した。
そしてほどなくして見つかったのは、僧侶のような格好をした禿げ頭の男だった。
少なくとも皆の前で人殺したあの黒髪の男や、指名手配犯のレイト・ブランドのような自らの知る危険人部ではない。

よし。と彼は心内で小さな決心を固めた。

彼が危険かどうかは分からないが、ひとまず接触を試みることにしよう。
元より彼は人見知りの激しい性格であるし、その辿ってきた生涯も穏やかなものではない。
人を信じられなくなるような事態もあっただろう。
だが、それでも誰かと共にいたいと彼は思った。
なによりも受け入れられない不安よりも、この場で一人でいる不安のほうが上回っている。

意を決すると、勢いに任せてビリーは男に向かって飛び出した。
突然の物音に、何事かと驚いたように振り返った禿げ頭の男と視線が交わる。

次の瞬間、男は電光石火の速さで踵を返すと、脱兎の如く走り出した。

――――あっ、待って!

ビリーはほとんど反射的に走り出した男の後を追った。
だが、男はビリーの呼びとめなど聞こえぬかのように彼を突き放さんと加速を続けた。
ビリーも必死に追うがその差は縮まりそうにない。

――――待って! 僕はただ一人は寂しくて一緒にいたいだけなのに……どうして!?

ビリーは問いかける。
それに対して坊主は足を止めずに後ろすら振り返らず叫ぶ。

「どうしてって……。
 ――――お前が怖いんじゃボケェー!」

絶叫めいた叫びを上げながら坊主は駆け続ける。
その背後から迫り来るのは黒い影。
およそどう見ても人ではない異形の者。
蠢く姿は泥でできた蜘蛛のようであった。

そう、それが彼、ビリーの姿である。
このような異形に追われては逃げ出してしまうのも必然である。

――――お願い、待って!

だが、何とか止まってもらおうとビリーが手、もとい触手を伸ばす。
ビリーの内部から一本の触手が鞭のように撓る。
だが、それはしかし、坊主をとらえることはできず、つるん、と。坊主の禿げ頭をなぞるに終わった。

「―――――――――ッ」

その水気の帯びた感触にゾゾッと背筋に悪寒が走り、坊主が声にならない悲鳴を上げた。
坊主はくっと歯噛みし、ついに足を止める。
そして腹をくくったような表情のままビリーへと向き直った。

それをビリーは話を聞いてくれると受け取ったのか。
僅かに顔をほころばせ、全身で喜びと敵意のなさをアピールした。
もっとも、それは傍目には不気味に影が躍動しているようにしか見えず。見る側に不安と恐怖を余計に与えるだけだったのだが。

「……草・束・縛・陣・気・締」

だが、僧はそれを意に介さず。
先ほどのまでのオドオドした態度とは別人のような顔で、何やら呪を唱えながら指をからませ印のようなものを組んでいた。
いったい何をしているのか?
ビリーが首をかしげた、瞬間、

「――――草縛・絡」

ビリーの周囲の雑草が急激に伸びた
そして、ビリーの体に蔦のように纏わりつき、見る見るうちに全身を絡め取り締め上げる。
限りなく軟体に近いビリーに痛みこそないものの、その柔軟性をもってしてもそう簡単に抜け出せないほどの締め付けであった。

ビリーが動けないことを確認すると、坊主は再びビリーに背を向けわき目も振らず逃げ出した。
今度は追おうにもビリーの全身を草木にからめ取られ動くことができない。
その間にも、徐々に男の背中は小さくなってゆき、そして完全に闇に消えた。

その背を複雑な心境で見送りながら、ビリーは巻きついた草木の隙間からなんとか数本の触手を伸ばした。
そしてその先端から”口”を開き、むしゃむしゃと絡みついた雑草を食べ始めた。
もともと彼の種族は草食である。
外見が不気味なため誤解されがちだが人間を食べたりはしない。

体に纏わりついた雑草は食べ続けることで何とか拘束から脱する程度にまで緩まった。
にゅるりと残った雑草の縄から抜け出すビリー。
心なしかその姿は寂しげに見えた。

事実、彼の心に到来しているのは脱出が成功した嬉しさよりも一人取り残された寂しさであった。
彼はもともと寂しがり屋な性格だ。
孤独を受け入れるには彼の心は幼すぎた。
故に何度挫折しようとも誰かと共にあろうとし続けたのだ。
避けられ恐れられるのは今に始まったことではないが、やはり拒絶されるのは悲しいことだ。
気持ちがまた、沈みかける。

『恭ォォォーーーーー!!!聞こえてたら返事しなさいィィィーーーーー!!!』

だが、唐突に大きな声が辺りに響いた。
その声にビリーは全身をビクリと震わせた。
何事かと、黒渦のような体躯から声のした方向にぐるりと赤い瞳を回した。
視線をやった先に映るのは一本の塔。
おそらく声の主はあの塔の頂点から何か拡声器のようなものを使って呼びかけたのだろう。

『姉ちゃんは今、でっかい古い塔の天辺にいるわよッ!!!アンタが今どこにいるか分かんないけど、ともかくすぐにここに来なさい!
 ……それと!こんなバカな事をしでかしてる銀髪のオッサン!!!アンタに言いたい事が山ほどあるのよッ!
 絶対にアンタみたいな奴は死んでから地獄に落ちるんだからねーーーっ!!!』

続いて聞こえてくる声。
それは奇麗な女性の声であるはずなのだが言ってることは凄く、男前である。

『銀髪のオッサンに従ってたちょっとイケメンの兄ちゃんも似たようなもんよ!人の命なんて、そんなに軽いもんじゃないわ!
 こんなくっだらない事で死んでいい人間なんているわけないじゃない!!!だいたいねぇ……!』

そこで途切れる声。
いったい誰なのだろう?
言っている言葉からして、悪い人ではないはずだ。
行ってみるべきだろうか?
また怖がれたりしないだろうか?
けれど、一人でいるのは心細い。

さあ、僕はどうしよう?

【一日目・深夜/1-D 草原】
【ビリー(仮名)@仮想SF+ロボット世界】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1〜3
【思考】
1:声の方に行ってみる?
2:誰かと一緒にいたい
3:知り合いと合流したい





「ふぃーっ。何とか逃げ切ったようだわぃ」

後ろを振り返り、完全に逃げ切ったことを確認して、坊主は息をついた。

この僧。名を松伽宗禅という。
京の町に生きる法術師である。
扱う法力の力はなかなかのものであるのだが、その小心者な性分ゆえかあまり目立った行動を取らず、名はそれほど知られていない。
だが、自らの身を守る結界術と、敵の動きを拘束する束縛術の扱いにおいては京でも五指に挙げられるほどの力を持っている。
要するに逃げて身を守る技術だけは京の町でも右に出る者のいないほどの実力者であるということである。

そしてこの男、魑魅魍魎溢れる京の町に暮らす法術師でありながら、妖怪が苦手という奇妙な男であった。
そのくせ浮遊霊などとは、好んで雑談をかわすという奇特な趣味まで持っているというのだから、さらに分からない。
本人曰く『幽霊は死んでるだけの人間だけど、妖怪は妖怪じゃねーか』とのことらしい。
さらに言えば元は人であった幽霊と、元からそう言うものである妖怪とでは根幹が違うということだ。

先ほどの妖怪。
あそこで追いつかれていたらどうなっていたことか。
きっと、骨も残らず喰らい尽くされていたことだろう。
そう思えばぞっとしない。
何より、あの巨大な虫のような外見は生理的にダメだ。

「まずは、ガキどもを探さんにゃならんな」

名簿にあった二つの名。
京介と奈乃。
古い知り合いの忘れ形見であり、彼にとっての家族である。
こんなところで失うわけにはいかない大事な二人である。
必ず守ってみせる。
そう決意を固め、動き出そうとした宗禅だったが、

ガサッ。

突然聞こえた物音にビクリと全身を震わせた。
その正体は風が揺らした木々の音なのだが、宗禅は気付かず脱兎の如く駆けだしていた。


【一日目・深夜/1-E 山のふもと】
【松伽 宗禅@陰陽魔道世界】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1〜3
【思考】
1:とりあえず逃げる
2:京介、奈乃を探す



【名前】ビリー(仮名)
【性別】オス
【年齢】二百歳程度(精神年齢は10歳ほど)
【職業】旅人(?)
【身体的特徴】もの○け姫のタタリ神に似ている。体長は2mくらい
【性格】心優しいが精神的に幼い。人見知りが激しい
【趣味】散歩、人間観察(物陰から)
【特技】お手玉(体から伸ばした触手により)
【経歴】乱獲と戦争により、種族が滅びかけている
【好きなもの・こと】お話すること、遊ぶこと
【苦手なもの・こと】いじめる人
【特殊能力】体から触手を伸ばす事が出来る
【出身世界】仮想SF世界
【備考】
絶滅危惧種の宇宙生物。知能はあるが、見た目が恐ろしいため他種族に恐れられている
人間と接したがっているが、散々人間に怖がられているのを気にしている。
ちなみに人間とか襲って食べたりしない。草食の種族らしい。

【名前】松伽 宗禅(まつか しゅうぜん)
【性別】男
【年齢】48歳
【職業】寺の坊主
【身体的特徴】中肉中背、禿げ頭(和尚なので)
【性格】心優しいが超ビビリ
【趣味】浮遊霊との世間話
【特技】精進料理
【経歴】京介、奈乃の育ての親
【好きなもの・こと】養い子の兄妹、お茶、甘い物
【苦手なもの・こと】虫、妖怪(幽霊は人間だから平気)
【特殊能力】法力(結界、束縛術など)、浮遊霊を見たり話したりする事ができる
【出身世界】陰陽魔道世界
【備考】
京介、奈乃の育ての親。山の中腹にあるお寺の住職。
よく浮遊霊と会話して成仏させているが、妖怪は見た目が怖いので苦手。
茨城玄馬の父親とは知人であったらしい。



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