Black Strategy






「さて、どうしましょうか」

凛と張りつめた冷たい空気の漂う闇の中、月明かりに照らされた黒髪の青年が一人ごちた。
その青年は一見すれば中世的な顔つきの優男に見えるが、よく見れば精悍な顔つきをしており、その体躯も無駄なく鍛え上げられた戦士のそれである。
青年の長くきめ細やかな黒髪が夜露に濡れる。
眉目秀麗な青年が一人佇む姿は絵になる光景だろう。
だが、それもこの場においては見る者に戦慄与える光景へと変化する。
なぜなら、まさしく彼こそこの場に集められた参加者たちの目の前で、ルムール・ド・シュバルツ・ハインデッヒV世の首を切り落とした張本人。
この最悪の催しの主催者アーク・ヌル・グラスデンの忠臣にして、とある世界を恐怖で支配する帝国軍の総大将、テイル・D・ブラドーなのだから。

若くして十万を超える帝国軍人の頂点にまで上り詰めた天才。
指揮を執れば百戦無敗。
魔法を操れば右に出る者はなく。
その剣の腕は大陸でも五指に挙げられるほどである。
まさしく100年に一人の天才と称されるに相応しい才覚を持った男であるのだが、この男の真の恐ろしさはその実力ではない。
帝国という国に対する狂信的と言える忠誠心。
帝国のためならばどのような行為でも躊躇わない精神性。
およそ最強ともいえる実力を持ちながら時には格下が用いるような小細工すらも戦術を弄する勝ち汚さ。
そこには、油断や慢心といったものは見受けられない。
彼が驕らず、慢心もせずにいられる最大の要因は彼の使える主、アーク・ヌル・グラスデンの存在が大きいだろう。
テイル・D・ブラドーは挫折を知らない温室育ちの天才とは違う。
あらゆる分野に才能を発揮するゼネラリストであるテイルでは、戦闘能力という一点においてスペシャリストであるアークを超えることはできない。
アーク・ヌル・グラスデンという越えられない壁を常に目の当たりにしてきた彼は努力を怠るようなまねはしない。
格上の相手との闘争を繰り返し続けた経験が、常に最悪を想定し最善を思考し最良を選択する彼を最強たらしめる要因を作り上げたのだ。

テイルはこの先について思案する。
もちろん為すべきことは決まっている。
主の命に従いこの場にいる人間を一人残らず皆殺しにする。
その目的に迷いはない。
だが問題はその手段である。
一個小隊程度の敵勢を殲滅するだけならばそう難しいことではないのだが。
約10Km四方に散らばった相手を一人で殲滅するのは聊か困難な話である。
探す手間というのもあるが、40対1を一度行うのと1対1を40回行うのでは大きく異なる。
難易度でいえば前者だが、疲労度でいえば後者のほうが圧倒的に大きい。
必要となる兵も前者は質だが後者は量だ。
これは、いかな天才とて一人ではどうしようもない問題である。

生き残るのはただ一人となると、他者と手を組むのは難しい。
一時的な同盟を組むことはできるだろうが、常に背後を気にせねばならぬ同盟など問題外だ。
軍を率いる将であるテイルは集団の強さと脆さを十二分に理解している。
獅子身中の虫ほど恐ろしいものはない、急場拵えの組織ならばつくなない方がましというもの。

だが、誰も徒党を組まないというのならばそれでいいのだが、中には生き残りは一人であるというこのルール自体に反逆し徒党を組むものもいるだろう。
自分より大切な人間がこの催しに巻き込まれた者。
何があっても殺し合いなどに応じられない者。
考えのない愚かな者。
脱出の集団に心当たりのある者。
理由はそれぞれだろうが、世界にはそういう幻想に縋る人間がいることも知っているし、実際この場にもいるのだろう。
生き残りは一人という前提条件を崩そうとしている相手の場合、先ほど述べたデメリットは適応されないだけに面倒だ。

集団とはただそれだけで単独より有利である。
役割が分担できれば戦術の幅は枝葉のように広がり選択肢も無限に広がる。
この会場内で巨大な徒党を組まれるのは避けたいところだが、目の届かないところで脱出をもくろむ参加者の巨大徒党が組まれたる可能性も否定できない。
危険の芽は大きくなりすぎる前に摘むのが常套手段だが、手の足りない現状では虱潰しにとはいかないのが現状だ。
万が一巨大な組織が組まれてしまった場合、内から崩すのが最も効果的な手段だが、先ほどのあの場での振る舞いはから当然、自分のことは警戒されているだろう。
となると集団に潜り込んで内から崩すとこもできない。
最悪というほどでもないが、策の選択肢が狭まったという点では少々面倒だ。

仮に巨大な徒党が組まれたとしても、付け入る隙がないわけではない。
人種、主義、主張、意見、方向性の違いによる衝突。
全体に歩幅を合わせる能力格差による機動効率の低下。
意思疎通や連携の複雑化。
などといったデメリットも多分にある。
だが、機動効率の低下は、全体の精鋭化という手法をとれば回避できるし。
連携の複雑化や内部衝突は強力な指導者がいれば十全に回避できる問題だ。
この場で組まれた付け焼刃の部隊にそこまでの対応行われている可能性は低いだろうが、侮ってかかるのは得策ではない。
油断や慢心は命取りとなるだろう。

なんにせよ参加者の集団化を防ぐ手立てはなく、テイルは単身で戦うほかない。
全参加者を相手取ることを考えれば、いかにテイルが一騎当千の兵であろうとも芳しい状況とはいえない。
一人と二人では大きく違う。
二人いればいくらでも戦術を組み立てられるというもの。
やはり手駒が欲しいところである。
この会場内に信頼のおける部下でもいれば都合がよかったのだが。
名簿に記されたのは部下ではなく第一皇子と第一皇女の名である。
皇帝の気質は理解しているつもりだったが、自身はともかくよもや実子をこのような催しに投入するとはさすがに予想外であった。
皇帝陛下の勅命とはいえ、皇族を手にかけるのは聊か躊躇われる。
まして次期皇帝ともなればなおのこと。
あの時、皇帝陛下が述べた真意は嘘ではないだろうが、その裏に何か隠しているであろうことには気づいていた。
陛下の考えを愚考などするまいと、追及はしなかったがいったい何を考えておられるのか。

とはいえ、偶然にこの場で出会ったのならば、家臣としての忠義は尽くすし命にも従うが、今は皇帝陛下直々の勅命の進行中である。
自ら打ち取るような真似こそしないものの、わざわざ探しだして守ろうとまでは思ない。
帝国の原理は絶対的な実力主義。
テイルのような若輩者が帝国軍の頂点にまで上り詰められたのもその背景があったればこそ。
他の参加者に殺されるようならば弱者ならば切り捨てられて然るもの。
この2名に関しては自力で生き残ってもらうほかない。
もし仮に最後まで生き残ったのならば、なんとか陛下に温情頂くほかないだろう。

殺し合いに応じる人間は少なからずいるはずだ。
己が生存を渇望するもの。
殺人を嗜好するもの。
他者を蹴落としてでもなすべきことがある者。
信念は幾多もあろうが、それはいい。

先にも述べたとおり彼らとの協力など論外だ。
背を預けるということは背を晒すということ。
自身の優勝を目指そうというものを信頼するほど愚かではない。
どのスタンスをとるにせよ、全ての参加者にとってテイルは最大の障害である。
いかなる条件の元手を結ぼうとも、隙を見せれば背を刺される可能性は高い。
そんなチャンスをみすみすくれてやるつもりなどない。

だが、彼らとは協力できずとも、彼らを利用はできる。
単純な話、自分以外の参加者を殺す分には一向に構わないのだ。
ならば彼らには十全に働いてもらおうではないか。

「となると、積極的な参加者同士で潰し合うはあまり宜しくないですね。
 互いに潰し合い消耗するよりも、別々に対主催を掲げる者たちを駆逐したほうが効率的というもの」

その手の参加者との潰し合いはある程度参加者が減るまでは避けた方がいいだろう。
積極的な参加者には交渉をもちかけ休戦し、対主催を掲げるものや集団化しようとする輩は優先的に駆逐する。
できるならば、捜査した情報を与え相手を誘導し、潰し合いを避けさせながら万遍なく配置できればベストだ。
消極的なものを煽り、優勝を目指すよう仕立て上げるのもいいだろう。
基本方針はこれでいい。
交渉が決裂した場合もできる限り相手の戦力を殺がず、こちらの消耗も最低限に抑えつつ交戦を回避する。
本気で殺しにかかってくる相手に対してそれを行うのはなかなかに無理難題だが、圧倒的な実力差があれば不可能というほどのことでもない。

「そう思うでしょう、あなたも?」

テイルが背中越しに誰もいない空間へと問いかける。
否。
そこには居た。
テイルの背後にある茂みの中。
誰もいないと思われた闇に揺れる漆黒のコート。
現われたのは垂れ下がった艶のない黒髪。
そして光のない暗黒のような瞳の色。
全身を黒に身を包んだ、闇と一体化したような男、レイト・ブランドが立っていた。
幽鬼のように佇むレイトは己の存在を看破されたことを驚くでもなく、ただ静かにテイルを一瞥すると、闇に溶けるように静かに消えていった。
そして始めから何もなかったのではないかと思えるほど自然な闇だけがその場に残る。

「無口な方だ」

テイルは肩をすくめながら撤退するレイトを見送った。

「それに、」

テイルは足もとの小石を拾い上げるとレイトが佇んでいた位置にそれを投げた。
矢のような勢いで風を切る飛礫が地面に触れた瞬間、爆音をあげて地面が炎上した。

「なかなかに用心深い」

あのままレイトの後を追っていれば、このトラップの餌食になっていただろう。
潰し合いは避けるということらの方針を聞いていたにもかかわらず、警戒を怠らず罠を張るその周到さは評価に値する。
先ほどの気配の消し方も完璧に近い。
おそらくテイルでなければ自分の死に気づくことすらできず葬り去られていたことだろう。
不意打ちが不可能と見るや、無駄な戦闘を行わず即座に引く判断力も良し。
中々に戦場慣れした手練である。
彼の働きには期待できそうだ。

今、テイルがいるのは東端に程近い、地図で言うところの4-Gである。
レイトが消えていった北側は彼の働きに期待してもいいだろう。
となると、テイルが向かうべくは南か西のどちらかということになる。

「さて、どうしましょうか」

黒髪の天才将軍は再びそうごちた。

【一日目・深夜/4-G 南寄りの森中】
【テイル・D・ブラドー@ファンタジー的異世界】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1〜3
【思考】
基本:ゲームに乗った参加者とは戦わない、反ゲームを掲げる者を優先的に殺害する
1:南か西に向かう



悪趣味な催しに巻き込まれたものだと、テロリスト、レイト・ブランドは舌を打った。

醜悪な金持ちどもの趣味として殺し合いなどが行われることはさほど珍しくもないが、まさか自分が巻き込まれるとはとんだ失態である。
こんな事に長々と付き合うつもりはない。
早々に終わらせ、一刻も早く帰還せねばならない。

今の政府は腐っている。
次元と世界の管理者を気取り己が力を誇示する豚ども。
そんなくだらない世界をぶち壊すには、革命が必要だ。

革命のためならば手段は選ばない。
悪魔と呼ばれようとも、どれほどの血が流れようともかまわない。
一刻も早い革命のためならば、この場にいる人間をすべて殺すことも厭わない。
故に、一番手っ取り早い方法として、彼は優勝を目指すことを決めた。

彼に支給されたのは起爆符という名の古めかしい札であった。
霊力を込めれるか強い刺激を与えれば爆発するという代物らしいが効果のほどは眉唾物だ。
霊力がどういったものであるかはわからなかったが、強い刺激を与えれば爆発するという特性を生かし、対象が地面を踏めばその重圧で爆発するトラップを仕掛けた。
後方で響いた爆発音を聞くに、効果はあったようだ。
もっとも、それであの男が死んだとは露ほども思わないが。
あれを仕留めるのであればもっと準備が必要だろう。
そのためには装備を整える必要がある。
ほかの参加者を殺害し、奪いとるのが最も効率的だ。

そう静かに殺意と決意を固めながら、革命家レイト・ブランドが闇に溶けるように音もなく行動を始めた。

【一日目・深夜/4-G 北寄りの森中】
【レイト・ブランド@仮想SF+ロボット世界】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、起爆符(29/30)、不明支給品0〜2
【思考】
基本:帰還のため優勝を目指す
1:参加者を殺し装備を整える。



【名前】テイル・D・ブラドー
【性別】男
【年齢】26歳
【職業】帝国軍将軍
【身体的特徴】黒髪、長身、美形
【性格】思慮深く紳士的で物腰が丁寧な厭味の無い性格。ただし敵対者には容赦はしない
【趣味】鍛練、読書
【特技】速読、速眠、速飯
【経歴】若くして帝国軍の将を務める天才
【好きなもの・こと】帝国、皇帝、忠義、忠実な部下
【苦手なもの・こと】皇帝の敵となるモノ
【特殊能力】大陸でも五指に入る剣の使い手。大剣を扱う。
【出身世界】ファンタジー的異世界
【備考】
100年に一人と評される天才。
魔法の腕も一流のそれであり、剣の腕前は大陸でも五本の指に数えられる。
その才覚は戦闘能力のみならず学問、軍議、戦略、政、人為掌握ひいては芸術の分野にまで及ぶ。
その上、外見も整っており、人格的にも非の打ちどころのない。なにこの完璧超人? ふざけてるの?
ただ現皇帝に心酔しており、これに関しては目が曇りがち。帝国のためとあらばどんな汚れ役も苦労もいとわない覚悟を持っている。

【名前】レイト・ブランド
【性別】男
【年齢】29歳
【職業】テロリスト
【身体的特徴】ボサボサの黒髪に不精ひげ、黒いコート
【性格】冷静沈着、冷徹にして非情、目的のためとあらば手段を問わない
【趣味】賭け事
【特技】追手を撒くこと
【経歴】宇宙を又にかけるテロリスト
【好きなもの・こと】煙草、きつめの酒
【苦手なもの・こと】政府
【特殊能力】銃器や爆発物の扱いに長けており、宇宙船を含むあらゆる乗り物を乗りこなせる
【出身世界】仮想SF世界
【備考】
史上最高金額をその首に賭けられた最悪のテロリスト。
ワープ装置の爆破や要人暗殺を行う。その目的は不明。



【支給品名】起爆符
【出身世界】非日常的現代世界
【外見】呪文の書かれた赤いお札
【効力】霊力を込めると爆発する
【備考】
毎度おなじみ澤村ゆかりの仕事道具のひとつ。
込める霊力量によって爆発するタイミングを調節できる。
爆風は霊体に対しても当たり判定がある。
強い刺激によっても爆発するので取扱いには注意。



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