どきどき魔女神判






アーニャ・ピカレンティアは信仰に篤く、神への祈りを欠かしたことはない、熱心な修道女だった。
そんな彼女が教会から離反し、鉱物商人となったのにはわけがある。

彼女の父は難病にかかっていた。
父だけではない、彼女の国では何人もの民が同じ流行病に倒れ、多くの死者がでた。
現代の医学では原因すら分からない。
いや、そもそも、裕福ではない多くの人間はまともな医者に見せることすらかなわなかった。

その現状に対して教会は静観を決め込んでいた。
教会に力がなかったわけではない。
教会の息のかかった名医はたくさんいたし。
少なくとも、病に倒れ働くことができず、食うに困るものにはパンを施すことはできただろう。
寝る場所もなく倒れる者には教会を開き、清潔な場所を用意することはできただろう。
信仰など名ばかりしか持たぬ司祭たちは己が権力を求め、私腹を肥やすばかりで人々を救おうとはしなかった。
貧しきを救わず、己が利益ばかり追求する教会のやり方に嫌気がさした。

故に彼女は教会を離れ、自らの手で父を救うと決めたのだ。
教会を嫌い身を離したものの、神への信仰を失ったわけではない。
だが、神の存在は信じている一方で、悠長に神の奇跡を待っているほど彼女は他力本願な人間ではなかった。
そのための手段として、彼女は父やそれと同じ病気に苦しむ人々を救うために錬金術を学んだのだ。

誤解している人間が多いが錬金術とは魔術や魔法などといった神秘的な代物ではない。
むしろその真逆。錬金術とは化学的手段を用いて様々な物質を錬成する技術のことである。
錬金術で有名なものといえば金の錬成があるだろうが、あれはあくまで一例にすぎない。
錬金術の目的は利益の追求などではなく、物質をより完全な存在に錬成することにある。
ひいては物質のみならず生命すらも練成し、その魂すら完全なる存在に昇華すること。
これこそが錬金術における究極の目的とされている。
金の練成などはその過程の副産物にすぎない。
まあ、それもあくまで最終目標であって、基本はやはり鉱物などの物質の練成であるのだが。
その材料を買い集めても違和感ない商人という職業は、錬金術師の隠れ蓑として最適であったため、研究と実益ついでに趣味も兼ねて鉱物商人となった訳である。

彼女は誰かが死ぬのが嫌だった。
だから誰かの命を救う力を求めた。
それなのに、また一つの尊い命が失われた。
先ほどの光景を思い出す。
あの場で犠牲になったルムール・ド・シュバルツ・ハインデッヒV世とは顔見知りだった。
と言っても、あまり親しい中ではないのだが。
彼とは一度商談を行ったあるが、貴族を鼻にかけた傲慢なその態度が気に食わず衝突してしまい、商談は失敗。
その衝突がよほど彼のプライドを傷つけたのか、それ以来彼は自身が支援している教会を通じて何かとこちらに対して嫌がらせをしてくるようになった。
はっきり言って嫌なやつだった。
けれども、死んでいいほど悪い人間でもなかったと思う。
どんな人間にだっていいところもあれば悪いところもある。
彼にだって私の知らないいいところがあったのだろうし、彼を愛する家族もいるだろう。
誰だってそうだ。
死んでいい人間なんているはずもないというのに。
殺し合いなど馬鹿げている。

けれど、それに応じる人間は確実にいるのだろう。
私腹を肥やす教会の司祭たちやルムールを殺したあの男のように。
人間はかくも容易く悪意に染まることをアーニャは知っている。
警戒は怠るわけにはいかない。
臆病な人間のほうが長生きできる。
慎重になりすぎて悪いことはない。
この場にいる人間はすべて敵と思って行動するくらいで丁度いい。

商人とは物を売るだけの甘い職業ではない。
商談などの駆け引きはもとより、町から町へ行商にいくときは夜盗に襲われる直接的な危険性だってあるのだ。
幸か不幸か、アーニャは教会との小競り合いも何度か経験しているおかげで、ある程度の荒事にも慣れている。
自分の身の守りかたくらいは心得ているつもりだ。
そう簡単にやられるものか。

そう決意を固めた次の瞬間だった。
背後でガサリと草をかき分けるような物音が聞こえたのは。

「誰っ!?」

知り合いの死という事実に、自分で思った以上に気落ちしていたのか。
背後に迫られるまで気付かないだなんてとんだ失態だ。

「あらあら、申し訳ございません。驚かせてしまいましたか?」

勢いよく振り返った先に現れたのは、紫のローブに身を包んだ可愛らしい女の子だった。
年のころはこちらと同じか少し下程度だろう。
先の折れた大きな三角帽子からはウェイブのかかった長い栗毛色の髪が揺れている。
まとっているローブはかなり余裕のあるデザインであるはずなのだが、その胸元ははちきれんばかりである。
断わっておくが、羨ましいわけではない。決して。

「はじめまして、こんばんは。
 わたくし、ウェルバー・フランソア・マツモトと申します」

そう言って、フランソアと名乗った少女がペコリと頭を下げた。
その拍子に頭の三角帽子がずれ落ち、少女の目元を覆い隠した。
わっわ、と慌てふためきながら帽子を直す少女。

なんとも間の抜けた仕草にパッと見、敵対心というものは欠片も感じられない。
だが、それもこちらを油断させる作戦なのかもしれない。
何が命取りになるかも分らない状況だ、不用意に警戒心は取り払わない方がいいだろう。

「それで、私に何か御用かしら?」

こちらの警戒心を露わにし、相手の出方を窺うため、突き放すようにとげを含んだ口調で返した。
だが、少女はそれを意に介すでもなく気の抜けるような朗らかな笑顔を返してきた。

「はい。ぶしつけで申し訳ないのですが、ひとつお尋ねしたいことがありまして」
「……なにかしら?」

商売という職業柄、情報の価値というものは理解している
不用意に情報を渡すつもりはないが。
いったい何を聞き出すつもりなのか。

「私、両親はフランス人なのですが、母方の祖母が日本人でして。
 先日、その祖母の遺言に従い、日本を訪れまして」

いきなり何を言い出すのか。
少女は質問ではなく身の上話を始めた。
しかし、フランスはともかく日本とは聞いたことのない国名である。

「そこでの所要を済ませまして、しばらく日本に滞在していたはずなのですが。
 ここも日本のどこかなのでしょうか? ここがどこだからご存じでしたら教えていただきたいのですが」

聞きたいことは分かったが、回りくどすぎる。
今の問いを投げるのに、それまでの経緯や身の上話をする必要があったとはとても思えない。
こちらを焦らし失言を誘う何かの策なのだろうか?

「さぁね。こっちが聞きたいわ、そんなこと」
「はぁ。ご存じありませんか。困りましたわね。
 先ほどのは転移魔法のようですが、いったいどこに飛ばされたのでしょう?
 そう遠くに飛ばされたようには感じなかったのですが…………」

転移魔法?
聞きなれない単語に眉をひそめる。

「それにしてもあれほどの人数を一度に転送するだなんて、あの方もさぞ名のある魔女なのでしょうねぇ」
「ちょっと待って」
「はい?」

続いて出てきた余りにも不穏な単語に思わず待ったをかけた。
相手の出方を窺うつもりだったが、さすがに今の言葉は聞き逃せない。

「魔女、ですって?」

「はい。実はわたくしもお婆さまの頃から連なる魔女の家系でして。
 しかしおかしいですねぇ。あれほどの使い手であればその名を耳にすることもあると思うのですが、あんな方の噂は郷でも聞いたことがありませんわ」

うーんと頬に手を当て思い悩む少女の姿を見て、思わず頭を押さえた。
なんということだろう。
ソフィーあたりが聞いたら卒倒しかねない発言だ。
この教会による魔女狩りが横行するこの時代に自ら魔女を名乗るだなんてどうかしている。
アーニャも錬金術師という裏の顔を持っているが、自らその素性を明かすような馬鹿な真似はしない。

「いい、私は気にしないけれど、そうじゃない人間もいる。
 冗談でもそんなことは口にしない方がいいわ」
「はぁ…………?」

小首を傾げ、分かったのか分かってないのか分からないような曖昧な返事を返す。
というか何を咎められたのかわかっていない顔である。
少女は気を取り直したようにぽんと手を打ち、何か思いついたように口を開いた。

「そうです。わたくし占いなどを趣味にしているのですが
 お近づきのしるしにいかがです?」
「結構よ」
「あらあら、困りました。占いの道具がありませんわ。
 星占いでよろしいかしら?」
「人の話を聞け!」
「あらあら、申し訳ありません。
 そう言えば私、あなたのお名前を聞いていませんでしたわね」

思わず声を荒げてしまうが、相手は馬耳東風、どこ吹く風と言わんばかりに華麗にスルーである。
なんだか、一人で死ぬほど疑心暗鬼になっていたのが虚しくなってきた。
これがだまし討ちのための演技だったというのなら完全にお手上げである。

「はぁ……もういいわ。
 アーニャ。私はアーニャ・ピカレンティアよ」
「アーニャさんですね。生年月日もお聞きしてよろしいですか?」
「1502年10月12日よ」

なんかもう警戒するのも馬鹿らしくなってきたので、もうどうにでもなれと適当に質問に答える。

「…………1502年ですか?」

なにか含みのあるような口調で問い返してきたた。
なにかおかしなことを言ったろうか?
適当に返したものの虚偽は含まれていないはずなのだが。

「ええ、そうだけど。何かしら?」
「いえいえ、まだまだお若いのですね、アーニャさんは」
「? ええ、まあ、それなりには」

なんだろう、言葉とは相反するこの年寄りを労わるような生温い視線は。

「それで、占いには魔法でも使うのかしら?」
「いやですわ、アーニャさん。
 魔法と占いは違いますよ」

皮肉交じりの冗談に、ほほほ、お上品な笑いを返すフランソア。
こちらからしてみれば占いも魔法も理論がよくわからないという点では似たようなものだ、違う基準がよくわからない。

「あら、おかしいですわね」
「こんどはなに?」

ため息交じりに問い返すと、フランソアはそっと天に向かって指をさした。

「星の配置がおかしいですわ」
「星が、おかしい?」

言われてフランソアが指さす夜空を見上げて、そこに広がる星の海を確認した。
確かに言われてみれば、知っている星座が一切と言っていいほど見受けられない。
私は星座に特別詳しいわけではないが、星の位置で方角を確かめる程度の知識はあるし、ある程度の星座は知っている。
ここが知らない土地であったとしても、星の並びがここまで違うなどということはあり得ない。

「どういうこと?」

まるで本当に別の世界に来てしまったような違和感。
ごくりと唾を飲み込み、神妙な面持ちで考え込むフランソアの横顔を見つめる。

「さぁ…………どういうことなんでしょう?」

珍しく見せた真面目な表情に期待した私がバカだった。



「私は殺し合いなんていうものには乗らない。
 私は誰も殺さないし、誰にも私は殺されない。
 私は殺し合いには乗らない。けれどこんなところで死んでやるつもりもない。
 私は生きてこの場を脱出して見せる、ウェルバー・フランソア・マツモト。私に協力してくれるかしら?」

私は目の前の少女に対してそう宣言した。

占いの道具もないため占いは中断。
星空の違和感も現状ではどうしようもないのでひとまず保留。
このぽややんとした少女がいきなり手のひら返しておそかかってくるということはないだろう。
例えそうなったとしても、その時は私の見る目がなかったということだ。
目の前にいる少女は殺し合いに乗っていないという点では信用できると私は判断した。
だから彼女に協力を求めることに決めた。

自分一人で脱出ができるなどとは思わない。
少なくとも脱出のための協力者は必要となるだろう。
まあ、この子がどの程度頼りになるかは別として。
正直このままこの子を放っておけないとう気持ちもあるし。

「ええ、もちろんですわ。アーニャさん。
 私のことはフランとお呼びください」

私の提案をフランは二つ返事で了承した。
ここまでは、予想通り。
問題はこれから。

「ひとつ注意しておくけど、私の時みたいに不用意に誰でも彼でも話しかけるのはやめなさい。
 私がたまたま非好戦的な人間だったからよかったものの、相手がどんな人間なのかも分らないんだから」

同じことを繰り返されてはたまらないので釘を刺しておく。
協力者となった以上、私たちはこの場における運命共同体だ。
私のミスがこの子の命を脅かすと同時に、この子のミスが私の命取りになるのだから。

「あら。わたくし、人を見る目はあるつもりですのよ?」

だが、フランは私の言葉に肩をすくめて反論してきた。
私の何を見て無害と判断したというのか。
見た目で判断したというのなら落第もいいところだ。

「私がアーニャさんを見つけたとき、アーニャさんは悲しんでおられました。
 誰かの死を慈しむことができる方が殺し合いなんてするはずがありません」
「…………」

図星を突かれて思わず押し黙る。
驚いた。
抜けているようで意外に鋭いのかもしれない。

「まあいいわ。
 これからよろしく頼むわ、フラン」

気を取り直して、手を差し出す。

「はい。よろしくお願いいたします、アーニャさん」

フランはにっこり笑ってそういうと、その手を握りかえしてきた。
私たちは結束の握手を交わした。

【一日目・深夜/7-G 湖近くの草原】
【アーニャ・ピカレンティア@近世西洋風異世界】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1〜3
【思考】
基本:殺し合いには乗らない
1:脱出にむけて行動する
*ウェルバーが魔女であるとうことは半信半疑です。

【ウェルバー・フランソア・マツモト@非日常的現代世界】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1〜3
【思考】
1:アーニャと行動する



【名前】アーニャ・ピカレンティア
【性別】女
【年齢】18
【職業】錬金術師(表向きは鉱物商人)
【身体的特徴】碧眼・貧乳
【性格】勝ち気で男勝り
【趣味】世間話
【特技】記憶力
【経歴】もともとは修道女だったが、教会のやり方に疑問を持ち離反
【好きなもの・こと】肉料理・珍しい鉱物・異教の説話
【苦手なもの・こと】教会
【特殊能力】鉱物や化学物質についての知識は学者並み 扱いにもなれている
【備考】
難病の父を助けるために錬金術師となることを決めた少女
神の存在は信じている一方で、私服を肥やすだけの教会に対しては憎悪を抱いている

【名前】ウェルバー・フランソア・マツモト
【性別】女
【年齢】ヒ・ミ・ツ
【職業】魔法使い
【身体的特徴】ウェーブのかかった長い茶髪。先折れ帽子に長いローブという典型的魔女ファッション。巨乳。
【性格】ぽややんとした天然系。間延びした口調でしゃべる
【趣味】ネコいじり
【特技】占い
【経歴】魔法使い
【好きなもの・こと】お婆様の形見の杖、黒猫(使い魔)
【苦手なもの・こと】犬、機械
【特殊能力】実力的には最高位の魔女
【出身世界】非日常的現代世界
【備考】
現代に生きる魔女。
人里はなれた隠れ里で暮らしてきたため、世間の流れに疎く世間知らず。機械類の扱いが壊滅的に下手。
祖母の祖国である日本を訪れ、交通機関の利用方法が理解できず立ち往生しているときに日高恭と出会う。



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