振り向いた、その後ろの……






「な、なんでこんな……どうして富竹さんが……」

暗く、深い森の中で北条沙都子は頭を抱えて怯えていた。
目が覚めたら見知らぬ場所にいて、突然変な男に『日本とアメリカで戦って、殺し尽くせ』と言われた。
それに反発した富竹さんと、眼帯の男が一瞬のうちに殺された。
グチャグチャに飛び散った肉、床をべっとりと染める血、ちぎれた腰からダラリと垂れ下がる内臓……。

「うぐっ……」

それ鮮明に思い出してしまい、こみ上げた吐き気を必死で抑えた。
あんな恐ろしいスプラッタを目の前で見せられて、平気でいられるわけがない。
ましてや沙都子は中学生にも満たない少女である。
その光景はあまりに衝撃的過ぎた。まるで脳みそが揺さぶられるような程、強いショックを受けた。

富竹ジロウとは知り合いであった。
彼が笑った顔を、困った顔を、その朗らかな声を、はっきりと覚えている。
沙都子の中には、彼が生きていた時の思い出がある。
それがなんともあっけなく、それも永遠に失われたのだ。
その事実は彼女の胸の中に穴が空いたような虚無感を感じさせていた。

「嫌ァ……殺し合いなんて……あんな死に方をするなんて……」

知り合いの惨死を目の前で見せつけられたこと、周囲が暗かったこと、孤独だったこと。
今、自分にはそれらの状況が折り重なっており、耐え難いほどの心細さと不安、そして恐怖が彼女の心を襲っていた。

死にたくない。元の雛見沢に帰りたい。梨花に会いたい。部活メンバーに会いたい。
この不安定に鳴り響く鼓動と、緊張感を、どうか消し去って欲しい。



ガサッ



……と、後ろから雑草が踏まれた音が聞こえた。
ビクッ、と沙都子の体が跳ね上がる。

「だ、誰かいるんですの……? に、日本人の方……?」

そうだ、相手が日本人であれば助けてもらえる。
味方だから、私を保護してくれる……彼女はそう願った。
バクンバクンと鳴り響く心臓の音を聞きながら、恐る恐る振り返る。





それは、ハンマーを持ったホッケーマスクの大男だった。
低く、おぞましいうめき声を上げながら、沙都子へ一歩づつ迫る。

「ひっ……」

……刹那、空間に走るのは明確な"殺意"。
この男は、間違いなく私を殺そうとしている。
そのハンマーで私の顔面を潰すつもりなんだ。
両腕と両足を、へし折るつもりなんだ。
肋骨を砕くつもりなんだ。脳天を叩き割るつもりなんだ……。

自分が惨殺されていくビジョンが脳内にありありと浮かび上がる。
泣き叫び、悲鳴を上げてもコイツは決して聞き入れず、富竹さんのように、いや、もっと酷い目に合わせるつもりなんだ。
恐怖のあまり、手が、足が、ガタガタと震え、歯がガチガチと音を立て、目からすぅっと涙が流れる。
全身の血液が氷結されたような感覚……体が動かない。動いてくれない。
今すぐにでも逃げ出したいのに、金縛りにあったように足が言うことを聞かないのだ。

「た……助けてにーにー……嫌ァ……」

絞り出すように上げた言葉は、ほとんど声になっていなかった。
荒くなる呼吸、破裂しそうなまでに忙しく鼓動する心臓。苦しい。早く逃げなきゃ。でも、足が動かない。
そうしている間にも、一歩、一歩と大男は迫ってくる。じらすかのように、ゆっくりと……。
ホッケーマスクの穴から見える目は血走っており、その黒目は獲物をしっかりと捉えていた。

やがて、その巨体はすぐそこまで迫る。
目の前にそびえ立つ威圧感に、はっきりと耳に入るうめき声に、押し潰されそうな感覚がした。

―――殺される。

処刑人は足を止める。

殺される。殺される。

その手に握られたハンマーが振り上げられ。

殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。
殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。

脳天を目掛けて振り下ろされ……

「嫌あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっっっ!!!!!!」

パニックに陥ると同時に、彼女の硬直が解ける。
沙都子は張り裂けんばかりの悲鳴を上げながら、脱兎のごとく走り出した。

怖い。怖い。怖い。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。

冷たい木々の間を通り抜け、漆黒の闇の中を走り続ける。
自分がどこへ向かっているのか、そんなことは全く念頭に置いて無かった。
ただ、あの怪物から少しでも離れなくては。その一心で沙都子は森の奥へ奥へと走っていく。

……どれほど逃げても、あの怪物がすぐ後ろにいるような気がする。
少し気を抜いて足を止めた瞬間に、私の頭が叩き割られる気がする。
肺が握りつぶされるほどに苦しい。足が痺れて、じわじわと痛み出してきた。
それでも、彼女は足を止めない。殺されるよりずっとマシだから。

極限状態に陥り、多大なる精神的ショックを受けた彼女は雛見沢症候群を再発していた。
疑心暗鬼が、被害妄想が、時には幻覚が、彼女の敵として襲いかかる。
彼女はどこまでも走り続ける。どこまでも執拗に追ってくる"敵"から、どこまでも逃げ続ける。


【未明 東京都高尾山】

【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に(日本)】
[状態]:恐怖、疲労(中)、雛見沢症候群発症
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1〜3
[思考]基本:死にたくない
1:怪物から逃げる
2:誰か助けて……





不死身の殺人鬼ジェイソンは、悲鳴を上げながら逃げていく少女を黙って見ていた。
俊敏では無い彼がまともに追いかけっこをしたところで、結果は見えているからだ。
閉所などの逃げられない箇所に追い詰めるのが、彼にとって最も都合がいい条件。
このような逃げ場が無数にある場所では力を発揮出来ない。つまり、ここで出会ったあの少女は運が良かったと言えよう。

……さて、彼は最初からこの殺し合いに乗るつもりでいた。
それは決して、ザンギャックに従うつもりでもないし、アメリカのためでもない。

ただ、殺したいから殺す。彼自身がそれを望んでいる。
過去のような"復讐"なんて目的は、既に消え果てていた。
多くの殺人を繰り返し、何度も蘇るうちに、いつの間にか殺人行為自体が彼にとってのライフワークとなっていたからだ。

そう、日本だろうとアメリカだろうと関係無い。
狙った獲物であれば殺す。いつも通り仕事をするだけだ。
とりあえずジェイソンは眼下に広がる街、山の麓へと向かった。
これから出会う獲物が、果たしてどんな顔を自分に向けるのか、楽しみにしながら……。


【未明 東京都高尾山】

【ジェイソン・ボーヒーズ@13日の金曜日シリーズ(アメリカ)】
[状態]:健康
[装備]:スレッジハンマー@現実
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0〜2
[思考]基本:シリアルマーダー
1:目に付いた参加者を殺す
[備考]
Part6以降の参戦です。

《支給品紹介》
【スレッジハンマー@現実】
主に杭を打つときに用いる工具。頭部は金属製で赤く塗られている。
とんかちの中でもそこそこ巨大なので、威圧感は抜群。かなりの重量があるため、通常は両手で扱う。



前話   目次   次話