今何時か教えて ゆめといって






涼宮ハルヒ。
県立北高校一年生にして、SOS(世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの)団団長。
もし彼女に自己紹介をさせるとすれば、このようなプロフィールとなるだろう。
彼女には神のごとく世界を改変させうるほどの力が備わっているなど、彼女を知らぬ人間であれば想像もつかないであろうし、彼女自身想像できるものでもない。

だからこそ、この殺し合いに巻き込まれたとき最初に感じたのは、恐怖だった。
もし彼女がもう半年ほど前から連れて来られていれば――いや、そうでなくともあの場で彼女のいた場所が、”あそこ”でさえなければまだ落ち着いていられただろう。
あるいは未知の存在に目を輝かせる、まるで子供のような無邪気さで恐怖を抑え込むこともできたかもしれない。

あの時上半身を爆発させられた二人。
彼女のいた場所は、そこからかなり近いところだった。
だからこそ、それが夢でも幻でもなく現実であるということを実感せざるを得なかったのだ。
人が死んだのだ、と。
あの時の合宿の際のようなごっこ遊びではない、本当に人が死んだのだと。
飛び散った赤黒い液体の生温かさ、鼻を突いた鉄のような臭い。
それらはいくら彼女にとってもあまりに未知のものだった。
彼女の精神に多大な負荷が掛かるのもまた止むを得ないこと。

だからこそ、彼女は走っていた。
その手にあるのは、一つの鉄の塊。
コルト・ガバメント。アメリカにおいて最もメジャーとされる拳銃。
それは、人を殺すためにある道具。そしてそんなものを持ったところで彼女に引き金を引けはしない。
それでも、これを持っていなければならない理由があった。
これを取り出す際に開けたバッグの中に入っていた名簿、そこにあった名前。
キョン、朝比奈みくる、長門有希、朝倉涼子。特に前の三人。
こんなところでもキョンなのだとか笑ったのも束の間、その意味を知った彼女は全力で走り出した。
キョンは私がいないとダメなやつだし、みくるちゃんはオドオドして泣いているだろうし、有希もこんなところにいていいような子じゃないし。
だからこそ、団長の私がしっかりしていなければいけないのだと。
その義務感が彼女を走らせていたのだ。

しかし、そこは薄暗い森の中。彼女のような、運動神経が優れているとは言っても一般人の域を出ない少女に走り続けられるものではない。
やがて、足を木の根に引っ掛けて転び、顔を地面にぶつけてしまった。

「…いたた……」

真っ赤になった鼻を押さえつつ、擦りむいた足についた土を払い起き上がる。
その時だ。ふと近くの茂みの中に人の気配を感じ取ったのは。
何者かがカザゴソと動く音が聞こえる。

「だ…誰?!」

思わず声を上げて身構えるハルヒ。
そこから現れたのは―――

「………」
「…有希、なの?」
「涼宮ハルヒ。無事のようで安心した」
「有希…!!」

思わず抱きつく。
そこにいたのは、団員の一人、長門有希。

「良かった…無事で…!」
「怪我は大丈夫?」
「あ……、………。
 だ、大丈夫よ、こんな怪我!ただのかすり傷だわ!」
「……」
「さあ、早く行くわよ!キョンやみくるちゃんも見つけるのが、このSOS団団長の仕事なんだから!」

部員の傍で無様な姿は見せられない、と。
彼女なりに気力を奮い立たせるハルヒ。そして、振り返ったところで――

「ああ、そうだな」
「え…?」

そこに立っていた男に目を奪われた。
なぜなら、そこにいたのは長門有希ではなく――

「キョン…?」
「よう、ハルヒ」

よく見ると、有希は彼の後ろにいた。
一体どこからいたというのだろうか。

「なあハルヒ、お前、俺達のことが大事か?」
「な、何よ突然…」
「大事かって聞いてるんだよ」
「だ、大事に決まってるでしょ!あんたも、有希も、みくるちゃんも、古泉くんもみんな!」
「そうか、それじゃあ―――」

そういうと同時、キョンの腹が急激に膨れ上がり、

「その男が目の前で引き裂かれる姿を見たいかぁ!!」
「――――っ?!」

弾けると同時、中から顔を焼け爛らせたセーターの男が現れた。



「こんにちは、ジャパニーズのお嬢さん」

もし本来であれば、いくら涼宮ハルヒとてその光景には気絶しているほどの衝撃だったであろう。
なのに、彼女の意識はこれ以上なくはっきりしていた。
まるで、逃げたいのに逃げられない、そんな恐怖。

「な、何なのよあんた!!」
「やっぱり知らないか。俺の名前はフレディ・クルーガー。
 エルム街って町の殺人鬼だよ」

そう言って、右手の手袋にはめられたナイフを鳴らすフレディ。
ハルヒは、そのあまりにも禍々しい外見、そしてキョンの体が目の前であの最初の場の二人のようになったという衝撃に、腰を抜かして動くことができない。
彼の近くにいた長門有希は、フレディが傍に寄ろうと身じろぎ一つしない。

「お前達のようなガキをいたぶるのが大好きでな。
 例えばこんな感じに―――」

と、言って彼女の服を引き裂く。
前部から破れて有希の腹部、胸部が露になる。
その腹に手を突っ込むと、当たり前のように血が流れ始める。
さらにそこから何かを掴み取り、一気に引っ張り出した。

「ひっ…」
「ほら、新鮮な腸だろう?お嬢ちゃんの中にもこれと同じものが入ってるんだぜ?」

そう言いつつ有希の体を投げ飛ばし、それを腰を抜かしたハルヒの体に巻きつける。
ヌメッとした感触、気持ち悪いほどの生温かさ。そして、あの時と同じ鉄の臭い。
それを知覚した瞬間。

「――――――――――!!」

ハルヒは声にならない叫び声を上げていた。

「ハハハハハハハ!!!いいぞ、もっと恐怖しろ!!怖がれば怖がるほど、俺は力を取り戻すことができる!!」
「い、いや…、助けて…」
「残念だが、ここは俺のフィールドだ。助けなんてこないし、お嬢ちゃんが助かる術なんてないんだよ」

恐慌状態のハルヒは、腰を抜かしつつもその手にあった銃口をフレディに向けた。
そのズッシリとした重さに怯えつつも、引き金に指をかける。

「おおう!」

と、わざとらしく手を上にあげ、驚くような仕草をするフレディ。
不自然なほどに大げさな動きだったが、今の精神状態のハルヒにはその不自然さに気付けない。
そして、引き金を引き、銃弾を放った瞬間。

「ハルヒ」
「っ?!」

フレディの姿は、彼女の見知った顔へと変化。
直後に放たれた銃弾は彼の頭をスイカのように吹き飛ばした。

「どうだい、ボーイフレンドを殺した感想は?」

涙を流して歯をガチガチさせながら震えるハルヒ。
そのスカートから、下着からは染みが広がり、地面をぬらしている。

「さて、そろそろだな。さようなら、ジャパニーズガール」

そう言って、動けないハルヒに向かって、その指の鋭い金属を突き出した―――








バチッ



「何だお前は?」
「涼宮ハルヒへの攻撃を確認。敵性存在と認識」

その光景は、ハルヒにも、そしてフレディにも意外な光景であった。
セーラー服のスカートをはためかせながらも突き出されたナイフを受け止めている少女。

「有希…?」

あまりに見知った存在でありながら、あまりに知らない光景を見せているのは。
先ほど体を弄ばれた、SOS団の団員の一人、長門有希だった。

「どうして…こんな…?」
「これは私の独断。故に行動には大幅に制限がかかる。守りきれるかどうかまでは不明。
 だから、私から離れないで」

長門がそういうと同時、フレディが手を振るうと周囲の木々の葉っぱがまるで手裏剣のように飛び掛った。
しかしそれは長門の目の前で粉々に飛び散っていく。まるでそこにバリアでも張っているかのように。
彼女から逸れた葉っぱはまるで金属のように背後の木に刺さっていっている。しかし決して長門にそれが刺さることはない。

「何なんだ貴様!?なぜ俺の夢に干渉できる?!」
「夢は人間の脳波から発する電気信号。情報思念体であれば入り込める。
 増してやあなたのような力を持った者のフィールドなら、侵入することも可能」
「何言ってるのか分からねえが、この夢は俺の夢だ!俺の力だ!お前のようなガキの勝手などさせるものか!」

そう言って腕を大きく振るうと、長門の体が吹き飛び木々や地面をバウンドする。
木の幹に、大きな石にぶつけられ、体の輪郭が崩れる
痛々しく体に痣ができ、腕は折れ、口から、体の節々から出血し始める。

「止めて!有希逃げて!!」

と、地面に叩きつけられようとしたとき、長門の体はまるで磁力の反作用のように急停止。
そのまま起き上がった長門は1本の木の枝をフレディに投げつける。
それは光の槍のように形を変え、フレディの肩を掠める。

フレディは痛みに顔をゆがめつつも、地面の影に手を突っ込む。
するとその影が伸び、その中からナイフ付手袋を装着した手が5本、長門に襲い掛かった。
それを長門は、決してハルヒに触れさせないように拾った石で弾く。
ハルヒからは目にも止まらぬ速度で動く腕も、長門は確実に、その全てを弾きながら一歩ずつフレディに近寄る。
それに対し、後退しようとしたフレディ。しかし足が動かない。

「情報解析の後で構成変更。制限下ゆえ足しか拘束できなかったがそれでも十分」
「な…!」

驚くフレディ。苦し紛れとばかりに石を、木の葉を飛ばすが全く当たらない。

(何故だ…、ここは俺の夢、俺のフィールド、俺の力の証…!!
 それが、それがこんなガキに――――)

そうしてやがて手を全てかわした長門は、その手の石を光の槍に変化させて投げつけた。
先に彼の肩を掠めたそれ、今度はフレディの体を貫く。

「ぎゃぁぁあああああああ!!」
「今の私にあなたを直接消去させるほどの権限はない。だから」

そう言ってフレディの前に立ち、長門はもう一方の石を先より大きく、鋭く変化させる。

「だから、これで終わり」

そう、無感情に告げる。まるで無情の処刑人のように。

「消えて」

槍を振り下ろした瞬間。

「―――――長門」
「――――――――」

その、フレディではなく同じ団の仲間である彼の顔に瞬時に変化した姿に。
一瞬だけ、槍を刺すのを躊躇い。

その一瞬で。

「っ!」
「ハハハハハハ!一か八かの賭けだったが、まさかビンゴだとはなぁ!」

己の影を触手のように変化させ、彼女を縛り上げる。
何かを呟こうとした口にもその影が入り込み、声が発せられるのを封じた。

そして、その影から現れると同時、フレディは、長門の体をその手のナイフで貫いた―――



長門がハルヒを見つけたのは全くの偶然だった。
意識なく地面に倒れた彼女の姿を見かけたのは。

体に傷がないことを確認し、内部に毒などの異常物が盛られていないかを確認するためその体に触れたとき。
その異常に気付いた。

毒はない。何かの暗示に掛かった様子もない。
ただ、その脳波に何か彼女の知識をもってしても図れぬ何かが入り込んでいることに。
そして、それは彼女の命を脅かす何かであることに。

自分の力であればその中に入り込むことができるはず。
しかし、それは涼宮ハルヒに己の力を晒すということ。
それは情報統合思念体は許さないだろう。
そして、それ以上に、何故かそれを彼女に見せるということに躊躇いが生まれた。
あの5人での集まりの日に、戻ることができなくなるのではないか、と。
そんなノイズが聞こえてきたような気がした。

そんな時だった。
彼女が大きな悲鳴をあげ、その顔に血の気が引き、だんだん白くなり始めているのを見たのは。

それを見た時。
決断は、早かった。



そして、目が開いたとき、そこは先と同じ涼宮ハルヒの近くだった。
あの時あの悪魔に体を貫かれたはず。
体に傷は残っており、行動に支障が出るほどの疲労が溜まっているのを感じ取ったが、まだ生きている。

やつの一挙一動を、夢の中での行動を、信号を分析。
そして推測する。
あの悪魔はまだ力を取り戻してはいない。だから私を殺すことができなかった。
ならば、力を取り戻すとき、それは―――

----

だが、それを彼女が目を覚ました際に伝えることはできないということを悟る。
今、自分の背後にはあの男が、その手に巨大な鉈を振りかざしているのだから。
迎え打つには体に蓄積されたダメージ、疲労が大きすぎる。
ならば、やることは一つだ。

と、最後の瞬間にそれの存在に気付く。
涼宮ハルヒのバッグの中に、自分の意思を伝えられるものがあることに。
そして、長門が高速で何かを唱えた瞬間。
二人はその場から姿を消した。
涼宮ハルヒを残して。



「う…あ、ここは…」

ハルヒは目を覚ます。
どうしてこんなところで眠っていたのか。
足を見ると、擦りむいたような傷があり、顔はどこかにぶつけたかのように痛む。
どうやら、あの時転んだ拍子に打ち所が悪く、気絶してしまったらしい。

起き上がったところで、何か大切なことを忘れているような気がした。
何か、とても恐ろしい夢をみたような。
何か、大切なものを傷つけられたような。
何か、現実ではありえないようなことがあったような。

顔が焼け爛れた悪魔と―――

「……!そうよ、有希は!?」

周囲を見回しても誰もいない。
つまり、あれは夢だったのだろうか。
それにしては、あまりにも生々しくリアルな夢だった。
あの中で死んだら、きっと夢から二度と醒めないような。

と、バッグに目をやると、その中で点滅する光の存在に気付く。
彼女の支給品の一つ、携帯電話。
それにメールが届いていた。



あの邪魔な女の首を刎ねた際、フレディはまたしても驚愕に包まれた。
自分のいたはずの場所が、一瞬で移動していたのだ。
これもこの女の能力だろうか。

「だとしたら、もっと慎重に行動する必要があるな」

元々アメリカが滅びようと、そこまで興味はない。
だから日本人だけをターゲットにして殺しまわるようなことをするつもりもない。
自分のやりたいように楽しみ、殺すだけだ。

しかし問題があった。
この場にいる人間のどれだけが、エルム街の殺人鬼:フレディ・クルーガーを知っているかということだ。
力を発揮するには俺を恐れる者の存在が必要だ。だからもし知らない人間ばかりなら力を発揮することができないのだ。

そんな時に目に入ったのがあの涼宮ハルヒとかいう女だった。
日本人が果たして俺のことを知っているか、と考えているところで、あの女が転び気絶するのが見えた。
それを見て行動に移したとき、あっさりその夢に侵入できるのだということに気付いた。しかし、この女は俺のことは知らなかった。
もしこれがあのアクドス・ギルとかいう怪人のおかげなのだとしたら、あいつは思った以上の奴なのかもしれない。

しかし、もしこの女のような力をもった者が他にもいるのであれば、より慎重に動いていかなければいけない。
何、エルム街の悪魔の恐怖をもっと大きく広めていくまでの辛抱だ。
そうすれば、夢の中でもっと無敵になり、そこで殺人だって行えるのだから。

刺し当たってはあの手袋の代わりになるものを探さなければ。
バッグの中にはこの巨大な鉈が入っていたものの、どうも美学に反する。これはあのウスノロ、ジェイソンのようなバカが使う武器だ。
武器としては問題ないだろうが、エルム街の悪魔の持ち物にはふさわしくない。
あのナイフのついた手袋ならなおよし。

行動方針を定めたフレディ・クルーガーは歩き始めた。どこへともなく、己の恐怖と狂気を人々に伝染させるために。
後に残ったのは、ミンチのようになった、一つの肉塊だけ。
それは動き出すことも、再生することもなく、ただの肉塊としてその場に残り続けるのみだった。



『あなたの体験したことはただの悪夢。だけどその恐怖が強まればやつは力を増す。
 決してあいつを恐れてはだめ。それは夢でしかないのだから』

書いてある文面の意味が、ハルヒにはよく分からなかった。
文体は長門有希のモノに近い。
そしてこれを受信したのは、自分が目を覚ます数分前だ。
つまり、あの夢は、あの中にいた悪魔は、そこにいた長門有希は、本物だったということなのだろうか。
混乱は収まらず、頭の中の整理が全くつかない。

だが、続く文面をみて、思考全てが凍りつく。

『そして、このメールが最後のコンタクトになる。
 だから伝えておきたい。
 この文面は、鈴宮ハルヒだけでなく、朝比奈みくる、古泉一樹、そして、彼の皆に伝える伝文。
 だから、この言葉を持ってメッセージを終了する』

「何よこれ…、これじゃまるで…」

遺書じゃない、と。
そう思ったところで、文面の最後に辿り着き、それを読んだ。
読んでしまった。

『―――――これまでの活動において、共にいてくれたことに感謝を。
 ありがとう。
 SOS団の皆が生き残り、あの部室で会えることを願う。        from N.YUKI』

信じたくはなかった。
しかし、それを直感として感じてしまった。
もう、長門有希と会うことはないのだ、と。
そのメールを見つめたまま、ハルヒは身動ぎ一つ取ることなく、その場に留まり続けた。


【長門有希@涼宮ハルヒの憂鬱 死亡】
【残り 日本39名 アメリカ40名 計79名】


【未明 長野県森林部】
【フレディ・クルーガー@エルム街の悪夢シリーズ(アメリカ)】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(小)
[装備]:鉈@ひぐらしのなく頃に
[道具]:支給品一式、ランダム支給品(0〜2)
[思考]基本:ゲームを楽しむ
1:自身への恐怖を伝染させ、力を取り戻す
2:それまでは慎重に行動する
3:女(長門有希)のような力を持った者には気をつける
4:できればもっといい武器を探したい
[備考]
※「フレディvsジェイソン」終了後からの参戦です。
※夢の中での行動にはあらゆる意味で制限がありませんが、それが現実に干渉する能力は下がっています
 戦闘ダメージなどはある程度フィードバックされますが、他者を殺すまではできないでしょう。
 しかし力を取り戻した際はこの限りではありません



【未明 岐阜県森林部】
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱(日本)】
[状態]:疲労(中)、顔面に打撲、精神疲労(中)
[装備]:コルト・ガバメント
[道具]:支給品一式、携帯電話、ランダム支給品(0〜1)
[思考]基本:皆を探す
1:有希…?
[備考]
※「涼宮ハルヒの消失」以降のどこかからの参戦です。



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