武人の誓い、少女の決意
「お兄様、街があります」
森を抜け、眼下に見えた景色に、鴉丸雪は思わず声を上げた。
「ああ、ようやく人に会えるかもしれないな」
妹の声に返答しながら、鴉丸羅喉は視線のみでぐるりと周囲を見渡した。
背後の森、左側に切り立った崖がそびえる以外は、視界をさえぎるものは何もない。
森の中と比べて一気に視界が広がったが、見える範囲に人の姿は無いようだ。気配も感じられない。
先ほどのような襲撃者がいないことを確認してから、件の街へと視線を移す。
森のはずれ…今自分達がいる小高い丘から見下ろす先に、小規模ながら確かに街が見える。
その先には海があり、波止場に漁船らしき船が泊めてあるのが確認できた。
(港町か…しかし)
空は晴天、波も穏やかだというのに、沖に出ている船が一艘も見えない。
また、どうやら街の中にも動いているものは無い様に見受けられた。
(人はいないのか? いや、たとえそうだとしても…)
傍らの妹を見る。移動中は不平一つ漏らさなかったが、相当に疲労していることは分かっていた。
揃いの羽織を着た襲撃者達を退けてから、途中休憩を取りながらとはいえ、かれこれ3時間ほども森の中を
歩き続けていたのだから無理もない。
どこか落ち着いて休める場所を探さなくてはならなかった。
それに食料も手に入れなければならない。
ここに飛ばされる前と合わせて、半日近く何も口にしていないはずだ。さぞお腹を空かせているだろう……と、
そこまで考えたところで、当の雪のお腹の辺りから「くぅ」と可愛らしい音が聞こえた。
はっとして顔を上げた雪と目が合う。
「………」
「………」
「………」
「………」
「……ち、違います! 今のは…その、ええと…」
「…ふっ……はははははは!」
ボッ…という音が聞こえたかと思うくらい瞬間的に顔を真っ赤にして必死に弁明する雪の姿に、思わず笑いが漏れる。
「ひどいです、お兄様…」
「はは…いや、すまない。あまりにもタイミングが良すぎたものでな」
「…?」
きょとんとする雪に、羅喉は、こんなに表情の変わる妹を見るのは随分久しぶりだということに気付いた。
雪の力を狙う刺客に追われる毎日が、どれほど雪から表情を奪っていたのかを思い知る。
(護らねばな……必ず)
あらためて心に誓う。身体だけではない。心も護るのだと。
「さ、行こうか。休めるところを探してから、ここがどこなのか確かめよう」
「はい、お兄様」
手を取り、街へ向かって歩き出したその時、それは起こった。
カッ!
白光が視界を一瞬覆い尽くす。
「むぅっ!?」
「きゃあっ!!」
(しまった! 油断していたか!?)
だが、敵の気配は感じられなかったはずだ。それとも、自分の気配察知を掻い潜れるほどの相手なのか。
内心焦りながらも、雪を背後に庇い身構える。
視力はまだ戻らない。一瞬で集中力を高め、全方位に向けて敵の気配を探るべく気を飛ばす。
同時に、相手の攻撃に合わせてカウンターを放つべく、身体に溜めをつくり備えた。
…が、すぐに来ると思っていた攻撃が来ない。それどころか、
(崖の上か。だが、敵意のかけらも感じられない……どういうことだ?)
多少暗いが、視力は戻りかけている。
そちらを見やると、少し離れた崖の淵に誰かが倒れているのが見えた。
「む?」
目を凝らす。どうやら女性のようだ。
と、ずるり…と、重力に従ってその身体がずれた。
「お、お兄様! 人が!!」
羅喉の視線を追った雪が悲鳴を上げる。
「いかん!」
"落ちる"と認識した次の瞬間には地を蹴っていた。
落下地点と予測できる場所に向けて全力で走る。
「お兄様!」
背後で雪の声が聞こえる。
ほとんど悲鳴に聞こえるのは、声が裏返っているためか。
なぜそんな声を出すのか。
崖の落差は10メートルはあるが、羅喉ならばお互い無傷で受け止めることができる。
それは、ずっと羅喉の強さを間近で見てきた雪にも分かっているはずだ。
ならばなぜか?
簡単だ。間に合わないのだ。羅喉が落下地点に着くより早く、女性の身体は大地に叩きつけられるだろう。
「くっ!」
走りながら、感じる焦燥感に悪態をつく。
(もう雪に人が死ぬ瞬間など見せたくはないのに…!)
だが、無常にも引力は一つの命を奪おうと女性を引き寄せていく。
(駄目かッ…!!)
羅喉が諦めかけたその時、
「だめええぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」
羅喉の背後で雪の声が響いた。
同時に膨れ上がる膨大な"力"。
ともすれば、常人でさえ感じ取れるのではと思えるほどの巨大な"力"が、雪を中心にして渦を巻く。
と、女性の落下するスピードが目に見えて落ちた。
(!…今なら!!)
速度を上げ、女性の元へたどり着く。
ゆっくり降りてくるその女性は、気絶しているのか、ぴくりとも動かない。
女性の身体をしっかりと腕に抱きとめたところで、女性を支えていた"力"が消失した。
ぐんっと、重さが腕に圧し掛かってくる。
「雪!」
振り向いた羅喉の目に、嘆息してその場にへたり込んでいる雪の姿が見えた。
「大丈夫か、雪」
「は…はい、私、びっくりして、もう、夢中で…」
女性を抱えて戻ってきた羅喉に、雪は笑顔を見せた。
疲労の色はあるが、自分の力で人を救えたことが嬉しいのか、その顔は晴れ晴れとしている。
「よくやったな。雪の力は、こういうことに使うためにあるのだろう」
女性を下ろし、空いた手で雪の頭を撫でてやる。
雪は嬉しそうに目を細めた後、気を失ったままの女性に目を移した。
「お兄様、もしかしてこの方も私達と同じように…?」
「そう考えるのが自然だろうな。あの光を見るまで、辺りには誰もいなかったはずだ」
そうすると、あの光は転送された時に生じるものなのだろう。
羅喉はとりあえずそう結論付けると、あらためて女性を見た。
見たところ、まだ少女だ。雪より少し年上くらいだろうか。
背中まである長い髪に、メイドがするようなカチューシャを付けている。
そして服装。黒を基調としたその服は、一見してセーラー服かと思えた。
胸元に赤いリボンをあしらい、腰の後ろもまた、巨大なリボンで結ばれている。
(しかし…)
しかし、腹部は完全に露出し、フリルの付いたスカートも丈が短いどころの話ではなく、
身を屈めたら間違いなく下着が見えてしまうだろう。
(なんでこのような目のやり場に困る格好をしているのだ…)
そしてもう一つ気になること。
少女の身体に刻まれた無数の小さな傷と、落下地点付近に落ちていた柄の長い武器。
そこから連想されることは一つ。
この少女は戦っていたのだ。ここに飛ばされてくる直前まで。
「お兄様…」
(雪も気づいたか)
「あの…お兄様も、こういう服装の女性がお好みなんですか…?」
(………)
「そんなわけないだろう」
言いながら、少女を背中に背負い直す。
「この少女も連れて行くぞ。さすがに放り出していくわけにもいかない」
「はい、お兄様………え、あの、どちらに?」
崖下に向けて歩き出す羅喉に、雪が戸惑ったような声を上げた。
「ああ、崖下に彼女の物らしい武器がある。それも回収しておかないとな」
「そうですか…あ、ではそれは私が持ちます」
言って小走りに崖下へと向かう。
「なに?……いや、武器には刃が付いているんだ。私が持とう」
いつになく積極的な姿勢に多少の驚きを覚えながら、自分を追い越していく雪に声をかけるが、
「お兄様はその方を背負われているではありませんか。ですので私が持ちます」
断られてしまった。
なんとなく、先ほどの嬉しそうな顔を思い出す。
少女を助け、自分にもできることがあると知り、また人の役に立ちたいと思ったのか。
ならば、好きにさせてやった方がいいのかもしれないと、羅喉は思った。
危なっかしいようなら、やはり自分が持てばいい。
そうこう考えている内に、武器を見つけた雪がよいしょと両手で拾うのが見えた。
見た目より軽いのか、ふらつくこともなく、しっかりとした足取りで戻ってくる。
「…ん………メッ……ツァー……」
「ん?」
ふいに耳元で少女の声が聞こえた。
目を覚ましたのかと思ったが、うわ言だったようで、そのまま寝息しか聞こえなくなる。
(メッツァー…? 戦っていた相手の名前か?)
そう考えてから、今のは聞かなかったことにした方が良いかと思い直す。
もしかしたら話したくないことかもしれない。
とにかく街へ行き、彼女が目を覚ましてから今後のことを決めよう。
「お兄様、取ってきました」
「ん、ああ…では行くか、雪」
「はい」
そして兄妹は、今度こそ街へと歩き出した。
兄の後ろについて歩きながら、雪は思う。
自分のこの"力"、うまく使えば今回のように人の役に立てる。
ならば、忌み嫌わず、使うべきと思ったときは躊躇なく使おう。
それに、たとえ"力"を使わなくてもできることがきっとあるはずだ。
(私がお兄様を助けてあげることだって、きっとできるはず…)
【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:なし 行動目的:雪を護りぬく】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:グレイブ(凛々子の武器) 行動目的:兄についていく】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態△(軽傷 気絶中) 所持品:なし 】
【全体放送前です】
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