選択肢
目の前には死を覚悟した少女。この手には拳銃、人を殺す武器。
人差し指にトリガーがかかっている。
これを引いて今から和樹は人を殺す。
だというのに、その状況を完全に無視して、
『あの、和樹さん……おはようございます! うーん……ほんとにこれでつながるんしょうか……?』
「――――――――!?」
末莉の声が和樹に届いて、だから和樹は硬直した。
末莉の声に伴い、その顔や背後の部屋の映像もまたエテコウのカメラを介して和樹に送られてくる。
部屋に運ばれてきた食事を終えたところらしい。
まだ食べ残しがあるところを見ると食欲は戻っていないようだが、それでも末莉の顔は就寝前に比べれば格段によくなっていた。
『あれ……つながってないんでしょうか?』
返答しない和樹に末莉が首をかしげ、
「…………?」
目の前の霧もまた、驚愕の表情を作る和樹に眉をひそめる。
『エテコウ君に名前を呼べばいいって、いってらっしゃったんですけど……』
不安そうな顔で末莉はエテコウに手を伸ばす。
末莉の通信を無視するか否か。
ためらいの後、和樹はおずおずと言葉を返す。
『……いや、通じてるよ。おはよう末莉さん』
『うひゃぁっっん』
突然口調を変えて挨拶を返すエテコウに、末莉は万歳ポーズで跳びすさる。
『び、びっくりしましたぁ……よかったです。つながらなきゃどうしようかと思っちゃいました』
ほっと胸をなでおろす末莉に、和樹は迷う。
状況判断クラスタはこの行動を非難している。一刻も早く霧を撃ち、直人達を追跡するべきなのだから。
それでも、一瞬思ってしまった。末莉を無視しなくて良かったと。
「何をやってるの……!? さっさとしてよ!」
霧が苛立った声を上げた。
電覚による和樹と末莉の会話のことなど霧にはあずかり知らぬ事だ。
和樹の末莉に対する返答は、実際に声を出して行うものではなくただ音声信号を頭脳の中で作成してエテコウに送っているのだから。
それは一種のテレパシーと言ってもいい。
「それともいたぶるにつもり? ずいぶん悪趣味ね!」
歯を食いしばり、恐怖に耐えながらそれでも挑発的な視線を送る霧に、和樹は心中で歯噛みした。
やらなきゃいけないことはわかってる。分かってるんだ――――
『あの……和樹さん? あ、ひょっとして私まずい時に呼んじゃいましたか?』
『いや……うん、そうだね。少し取り込み中かな』
普通に返答したつもりだった。平静な声音のはずだった。
だというのに、
『取り込み中って……え……』
末莉の声に疑念がみちて。
『まさか……いまから誰かを、こ、殺しちゃうんじゃ……!!』
真実を貫いた。
ミスをした、と思った。
末莉が眠る前、和樹は自分の任務を包み隠さず彼女に説明した。
取り込み中といわれてこちらの様子を察したとしても不思議ではない。
早く否定しなくては、と思った。
沈黙はまずい。
これでは末莉が自分の疑惑を確信したとしても不思議ではない。
早く撃たなくては、と思った。
目の前の少女は非難と怒りと恐怖のこもった目でこちらを見つめている。
霧が、自分を苦しませるために焦らしているのだと考えても不思議ではない。
だというのに、和樹はどの行動も取れないで、だから、
『そう……なんですね……』
末莉は呆然とつぶやき、
「非人間……!!」
霧は涙目で唇を噛みそれでもまっすぐな視線で和樹をにらみつけた。
『悪いけど、通信はこれで終わる。後で連絡するよ』
とにかく電覚を終了させるべきだ。そう判断して、そうする前に、末莉は彼女に似つかわしくない素早さで動いて、
『和樹さん、これ見てください!!』
そう、叫ぶ。
エテコウから転送される映像に、今度こそ和樹は息を呑んだ。
食事用に用意されたフォーク。それを首筋に突きつけて、末莉は叫ぶ。
『和樹さん! 殺しちゃダメです! 和樹さんが殺しちゃったら私、これで自分の首刺しちゃいます……!!』
「な――――!?」
「……なによ?」
思わず実際に声を出してしまった和樹に、霧がいぶかる。だが、それに構っている場合ではなかった。
『ほ、本気ですよ……私!!』
『それはばかげた取引だ! 第一、末莉さんにはこちらの画像を転送していない。僕の行動の確認なんて末莉さんには――――』
『声で分かります!!』
和樹の言葉をさえぎって、震える声で末莉は叫んだ。
『声で、分かっちゃいますよ……和樹さん自分で気づいていないんですか……?
和樹さんの声、ちゃんと表情がありますよ……だから、私には、分かっちゃいます……!!』
そんなことがありうるのか? だって僕はロボットで、この通信だって自分の中で音声データを作成して送っているって言うのに。
エテコウを通して、震える手でそれでもしっかりとフォークを握り締め、まっすぐ僕を見つめる末莉の姿が見える。
己の目を通して、死の恐怖に震えながら、それでも泣き言も命乞いもせずにまっすぐ僕を見つめる霧の姿が見える。
僕は――――
泣き言だけはいわない。そんな無様だけはさらさない。
霧は心に決めていた。それだけは譲れないと。
親友に裏切られ、男に陵辱されかけて、そして絶対的な死を前にしても、それでも自分の心は汚させない。
焦らすと言うなら、それでもいい。それならこの男を睨むだけだ。もう、早くしろとせかすこともしない。
――――このままこいつを睨んだまま、私は死んでやる。
だが、
「……!? な、なにしてるのよ! あなた!」
だが、目の前の少年の行動は霧の予想に反したものだった。
銃を下ろし、腰にしまったのだ。
「なんのつもり……! 見逃すって言うの!?」
霧の質問に、少年は目を伏せてコクリ、とうなずいた。
「ハッ……冗談でしょう? 魔力を持たない人は殺すんじゃなかったの?」
顔をゆがめる。奇妙な笑みが霧の顔に浮かぶ。
「それとも同情? 私がかわいそうになったの……? ふざけないで!! そんな同情なんか私は――――!!」
「こっちにも事情があるんだ。ごめん」
少年は何かを罰せられたような表情で、そう謝る。
「ごめんって。 何よ、なんなの……」
呆然とつぶやく霧に、少年は背を向けて、少し歩いて、それから迷ったように歩を止めた後、チラリとこちらをむいて言った。
「君はまっすぐな人だと思う。 だから自分のことをすぐに諦めるのはやめたほうがいい。
……それは間違った行動だと、思う」
「――――そんなの余計な――――!!」
「そうだね……今のは完全に余分な一言だった。ごめん」
自分を見逃し、結果的に助けてくれた少年はもう一度謝ると、後はもう振り返らず走っていった。
「なんなの……なんなのよ……」
一人残された霧はうつむき、ただつぶやく。泣かないと決めたのに、それだけはいやなのに、涙がこぼれる。
自分を諦めるな? 美樹に裏切られた私なのに?
なにもかもが、滅茶苦茶だった。
親友であるはずの美樹は裏切った。
霧を助けてくれたのは殺人者達だった。
ケダモノ達は互いに奇妙なシンパシーを見せ、
そして、一番憎むべき黒幕の手先は自分を見逃し、偽善に満ちた、それでも真摯な忠告をくれた。
「なによ……何も分からないわ……私……なんなのよ一体!!」
世界に満ちる理不尽と混乱を呪って、霧は空に叫んだ。
『末莉さん』
和樹は走りながら末莉に通信を送る。
『殺さなかったよ』
『本当、ですか……!? ウソ、ついてませんよね!!』
『本当だよ。
……声で分かるんじゃなかったのか?』
和樹の疑問に、末莉はグニャアと脱力して崩れ落ちた。
『そんなの……そんなのぉ……』
フォークをカランと落として、首を振る。
『そんなの……ふぇっ……ハッタリに決まってるじゃないですかぁ……』
涙声を出して、グスングスンと鼻をすする。
『ハッタリ、なのか?』
和樹の再度の質問に、だが末莉は答えずに本格的に泣き出しながら、ポカポカとエテコウを叩き始めた。
『ダメ……ですよ悪いことしたら……そんなことしちゃダメじゃないですかぁ……そ、そんなことしたら……グス……傷ついちゃいます』
『末莉さんを傷つけることになるのはあやまるけど……』
『傷つくのは和樹さん自身ですよぉ……! そんなことも……わからないんですか?』
ボロボロ涙を流して末莉は駄々っ子のようにエテコウを叩く。
『人が死んじゃったら傷つくんですよ……おにーさんが死んだ時だって……! 昨日だって……! 和樹は傷ついていたじゃないですかぁ……!』
『僕は――――ロボットだ』
『おんなじですよ……! とにかく……!』
末莉は涙を流したまま、顔を上げてビシッとエテコウを指差した。
『もう悪いことしちゃダメですからね!! っていうか! 私が和樹さんに悪いことさせません!!』
『……どうやって?』
『え、えーとそれは……フォークだってあるし――――』
「末莉様。お食事の方はお済ですか? 食器の方を回収しに参りました」
「うひゃぁぁぁっ!?」
戸口の向こうから世話係に声をかけられて、末莉は愉快な声を上げた。
「うひゃぁ?」
いぶかる世話係に、
「なんでもないです! 気のせいです!!
実は高屋敷家には、ごちそうになったお食事が美味しかった場合うひゃぁと叫んでお礼を言うという家訓があるんです!!
あ、これも美味しいですね!! うひゃぁ!!」
「……簡素なお食事でしたが、お気に召したのなら幸いです。お入りしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい! もうちょっとで食べちゃいます。もうちょっとだけ……」
「かしこまりました。それではお待ちしてます」
『食事が美味しいと、うひゃぁって叫ぶのか』
和樹はエテコウを末莉の耳元に移動させて、ささやいた。
『ずいぶんと変わった家訓だね』
『か、和樹さん、それ本気で言ってます……?』
何か不適切な意見だったらしい。末莉がひきつった笑顔を浮かべている。
『……とにかく、電覚はこれでひとまず終了するよ』
『分かりました……』
しばらくたってから遠慮がちに末莉は問う。
『また……連絡をとってもいいですか?』
『……うん。そうしてくれると僕も嬉しい』
『悪いことしちゃダメですよ?』
『……努力するよ』
その答えに満足したかどうかは分からなかったが、末莉はコクンとうなずき、和樹はそれを見て電覚を終了させた。
ふぅ、と息をつき、船工場をにらむ。
だいぶ時間をロスしてしまった。
「直人とゲンハか……見つけることができるか?」
五分五分か。
移動速度では和樹が圧倒的に上回るが、ここら辺は隠れる場所が無数にある。
和樹は再度息をつくと、足を速めた。
【時間は放送前】
【佐倉霧@CROSS†CHANEL(フライングシャイン) :狩 状態:△ 所持品: ボウガン 矢の数は二本(撃ったら拾うので矢自体はなくならない、二発目を撃つ時には装填準備が必要)】
【友永和樹@”Hello,World”(ニトロプラス) :鬼 所持品:シグ・ザウエル サバイバルナイフ 基本行動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除】
【河原末莉@家族計画(D.O) :招 所持品:エテコウ】
【廃港内の船工場跡脇。 末莉は中央】
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