誤算と打算






島中央やや北部、山頂付近。
「……………待たせたな」
山本悪司は眼前の「それ」に柔らかく語りかけた。
「………」
返事は無い、返る筈も無い。
加賀元子―――間も無く山本元子となる予定であった―――その死体は
既に硬直が始まっていた。
喉の裂傷から流れ出てた血も大半が固まり、彼女の周囲に赤い水溜りを作っている。
傍らにしゃがみこみ、大きな手を彼女の額に当てる。
「冷たくなっちまったなぁ、トコ……暖めてやろうか?」
「………」
「そっか」
顔を撫でるように降ろし、見開かれていた元子の目を閉じさせる。
「ちょっとばかしここは冷えるけどよお……少し待ってな、トコ。
 お前を殺した連中の死体ででっかい墓を作ってやるからよ……」
固くなっている腕をどうにか動かし、胸の前で組み合わせる。
「よし、と」
元子の姿勢が整った事を確認すると、悪司は両手を合わせた。
そのまましばらく黙祷を続ける。
「………」
と、突然その体が横に飛んだ。
次の瞬間、悪司のいた位置に一振りのロッドが振り下ろされる。
同時に地面に産まれる裂け目。
「!?」
ロッドの主である少女―――魔法少女アイは驚きつつも後ろに跳び退った。
「やっぱりな」
悪司は肩を鳴らしつつアイに言った。口元には不敵な笑みが浮かんでいるが、
その瞳には恐ろしい程冷たい光が見える。
「子供の頃よくやったもんだぜ……干乾びた蛙なんかを地面に置いといてよ、
 それに注意を引かれてる内に、そいつの後ろから蛇を投げたりとか」
「………」
「さっきの声の男はどこだ?」
「言うと思うの?」
悪司の問いに答えつつロッドを構えなおすアイ。
「言わなきゃ殺すぜ?」
ズボンのポケットに両手を入れつつあっさり答える悪司。
「言ったら?」
「楽に殺してやる」
「……なかなか面白い条件ね」
「悪くねえだろ?」
「悪いわね……残念だけど、貴方の命とでしか交換できないわ」
「交渉決裂……ってか?」
「交渉決裂ね」
「そうかい」
「そうよ」
言葉を交わしながらも、両者の距離はじりじりと縮まっていた。
既に一挙手一投足の間合い。
アイは、自分の心の中に焦りが生まれるのを感じていた。
最初の一撃を、背後からにも関わらず回避された事。
相手が「ゆらぎ」ではない人間である事。
そして、相手がポケットに手を入れたままのまるで無防備で立っている事。
それらがじわじわとアイの心に侵食してゆく。
「……ッ!」
アイが先に動いた。ロッドの先端に光が宿り、悪司の頚椎に向けて打ち込まれる。
「おらぁ!」
悪司の叫び。
「な!?」
直後、アイは腕に激しい衝撃を受けた。
吹き飛びこそしなかったものの数歩たたらを踏む。
一方、悪司は先程と変わらない姿勢でアイに向かい立っている。
「終わりか?」
「そんな……!?」
悪司が取ったのは恐ろしく単純な方法であった。
蹴り、である。
恐ろしく柔軟な、速く、重い蹴りを、ロッドに勢いがつく直前のポイントで
蹴り込んだのだ。
確かに、理屈の上でなら不可能な話では無い。
それが限りなく「非常識」であったとしても。
「くっ!」
アイは後ろに飛び、悪司との距離を開けた。
ロッドの持ち方を変え、先端が悪司に向かうようにする。
それを追い、前方に跳躍する悪司。
短い呪文の詠唱。
「ハッ!」
アイの叫びと共にロッドの先端の空気が歪む。
次の瞬間、悪司は見えない何かに吹き飛ばされるようにして倒れた。

静寂。

「………切るだけしかできない、そう思ったのが貴方の敗因よ」
心の揺らぎを収めつつ、アイは言った。
「……そうかい」
倒れた場所からの声。
「馬……」
『鹿な』まで言わず、アイは更に距離を取った。
「いい勉強になったぜ……ほっ!」
両足を振り上げ、その勢いで立ち上がる悪司。
「……ったく、いー男が台無しじゃねえか」
見れば悪司の額はぱっくりと割れ、血が流れ出していた。
だが、それだけだ。
本来あるべき効果―――相手をミンチに変える事に比べれば無に等しい。
「(魔法の出力が弱かったとでも言うの……!?)」
動揺を隠せないアイに悪司が言う。
「そう不安になる事もねえさ。アンタの今の一撃は結構効いたぜ?
 ……まあ、大杉の拳には負けるけどよ」
自分の武道の師であり、世話係でもあった男の名を上げる。
「ま、とりあえず……」
額の血が鼻筋を流れ、口元に至る。
それを悪司は一舐めすると、アイに向けて笑いを浮かべた。
「……足だけで十分だな」
「ッ!」
とっさにアイは悪司に背を向けた。姿勢を低くし、草叢の中へ身を滑り込ませる。
「逃がさねえ……!」
悪司は、搾り出すようにそう言うと身を躍らせた。

「ハァ、ハァ……」
アイは懸命に走りつつ、敵の力量を計り兼ねた己の不覚を悔いていた。
しかしながら、これをアイのミスとするのは酷と言うものだろう。
彼女のいた世界にも確かに(彼女自身を含め)超人的な能力を持つ者も少数ながら存在していたし、
異形の怪物達もいた。
だが悪司の世界もまた爆撃機を竹ヤリで撃墜し、機関銃の嵐にすら耐える肉体の持ち主が数多存在し、
戦車を拳で打ち砕く者達のいる世界である。
アイが悪司を甘く見てしまったのは、至極当然の判断と言えた。
「(撒けたかしら……?)」
一瞬だけ止まり、耳をすまし、周囲に目を向ける。
姿は―――無い。
音も―――無い。
気配は―――
「(くっ!)」
再度走り出す。
幸いにして、速度はアイが僅かながら勝っていたようだ。
だが、相手は休み無しにこちらの気配を感じ、追って来ていた。
止まれば、間違い無く追いつかれる。
まだ駄目だ、せめて、正面からの勝負は避けなければならない。
ではどうする?
その先は、まだアイの中に出てきてはいなかった。
「あっ!?」
アイのつま先が木の根に当たった。
ロッドで姿勢を直そうとするも間に合わず、無様に転倒する。
「(何をやって……!)」
と、アイの眼前の茂みが揺れた。
「(!?)」
心臓に直接氷を押し当てられたかのような戦慄。
だが、そこから現れたのは悪司ではなかった。
「……何やってるさ、アンタ」
金髪の少女と、和服の女性。
アイは瞬間で頭を切り替え、怯えた表情も露に二人に言った。
「お願い……お願いします!追われているんです、助けてッ!」

【アイ @魔法少女アイ(colors) 装備・ロッド 状態・○(演技中)  鬼】
【山本悪司 @大悪司(アリスソフト) 装備・無し 状態・△(額に傷 招】
【大空寺あゆ @君が望む永遠(age) 装備・スチール製盆 状態・○ 招】
【山本五十六 @鬼畜王ランス(アリスソフト) 装備・弓矢(残数16本) 状態・○ 招】



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