陵辱者の礼儀作法






(意識を失ったら終わりだな……)
 船止めの柱に鎖によって逆さに括り付けられ、身に打ち込まれた船釘から血を流しながら、直人は思った。
 潮が満ちるのを待つまでも無い。ここで気を失えば俺は死ぬ。
逆に言えば、この痛みに耐えることが出来たのならば、チャンスはあるはずだ。
 なんの根拠の無い考えだ。だが、それでも直人は歯を食いしばり意識を保ち続けた。

 死ぬのは怖くない。それなりに満足できる人生だった。
 だが、あの女。つい先ほど己に船釘を打ち込んでくれたあの女だけは犯さねばならぬ。
だから直人は耐える。歯を食いしばり、頭の中で何度もあの女を犯しながら。

 その努力に、どこかで何かが――――間違っても神様ではないだろう――――微笑んだらしい。
 霞んでゆく視界の中で、波止場に立つ一人の少女の姿が見えた。
 直人は最後の力を振り絞り、叫んだ。


 玲二達のところから逃げ去って、あてもなく走っていたら海についた。
「はぁ――――は――――」
 ガクガク震える足で、霧はなんとか呼吸を落ち着かせようと努力する。
 こんなふうに走るべきでないというのは分かっていた。
とにもかくにもどこかで休んで体力を回復させるべきだ。自分はまだ本調子ではないのだがら。

 だが、霧は逃げ出したかった。玲二達からだけじゃない。何もかもからだ。
だから霧は止まらず走り続け、そしてこんなところまで来てしまったわけだ。
「――――!?」
 なんとか呼吸を抑えることに成功した霧の耳に、男の声が届いた。助けてくれ、と叫んでいる。
 いぶかりながら、ボウガンを構え、霧は声のするほうに移動する。
「な――――!?」
 目にしたものに、霧は息を呑んだ。
 釘を打ち付けられ、目をえぐられ、逆さに貼りつけにされた男がそこにいた。
「やあ……お嬢さん、助けてくれないかな?」
 それほどの傷を負っているのにも関わらず、男は残された片目に意志の光を見せ、霧に弱弱しい声で助けを請う。

 だが、霧は男にボウガンを向けた。静かに言う。
「ニュースでみたわ、その顔」
 それを聞いて男はハッと鼻で笑った。逆さにはりつけられたまま器用に肩をすくめる。
「なんだよ、お前も知ってるのか? やれやれ、ここまで顔が売れてるとはね……光栄といえば光栄だな」
「何が光栄よ……! バスジャックして女の子たちを何人も……その……」
「ああ、犯した。陵辱した。ぶっ壊してやった。楽しかったぜ?」
 言いよどむ霧に、男はニヤリと笑って霧の先を続けた。
「ああ……本当にあれは楽しかった。やりがいのある事だった。命を賭けてもいいと思えるぐらいにな」
 その誇りに満ちた男の言葉に、霧は激昂した。ボウガンを男に突きつける。
「なにがやりがいのある仕事よ!! あんな人の道に外れた行いなんて!」
「オイオイ、それじゃ目の前で死に掛けてる人間に武器を向けるのは、
人の道に外れてないっていうのかい?」
 男の皮肉に霧が言葉を返す前に、

「全くだ、ひどいお嬢ちゃんだぜ」
「え――――?」
 後ろから腕が伸びてきて、霧を羽交い絞めにした。
「な……なによあんた……!」
 霧は、首をめぐらし、己を羽交い絞めにしているのはアフロヘアの男をにらみつける。
 痩せこけた身体をしているのに、いくら身をよじっても自由になることができない。
この男は片手しか使ってないのに……

 アフロヘアの男はその蛇のような目を霧にチラリと向けると、ニヤリと笑って貼りつけにされた男に声をかけた。
「よぉ兄ちゃん! 随分な有様じゃねーか。名前はなんていうんだ?」
「直人だ」
「OK、そんじゃあ直人。テメェずいぶん愉快なことやらかしたみたいじゃねーか? 何人犯ったよ?」
「10人だ」
「ま、それなりの人数だな。犯して楽しかったかい?」
「当然だろ? 楽しまなきゃ犯した相手に失礼というもんだ」
 直人の返答に、アフロヘアの男は狂ったように笑い出した。
「そうそう、そうだよな!! 犯るのと殺るのは人に対する最高の干渉だァ!!
誇りを持って楽しむのが礼儀だよな!! どうもそこら辺をわかってねぇ奴が多くて困る!」
 男はニヤリと笑うと、
「気に入ったぜ、テメェ。俺はゲンハってんだ、よろしくな」
 そう言うって、片手で霧を羽交い絞めにしたままもう一方の手で器用にも、直人に括り付けられた鎖を外す。

「な……お前!」
 重力の法則に従い、直人は当然水中へ。
 水の音と直人の抗議を意に介せず、ゲンハは霧を押さえつけたまま、
「ひ――――!?」
 その首筋に長い舌を這わせた。
「かわいい声あげるなぁ?」
「放して――――放しなさい」
 今にも吐きそうになる嫌悪感に耐えながら、霧はゲンハをにらみつけた。
「いい目だな。そそるぜ?」
 押し倒される。
「処女、自慰の経験も殆どなしってところか?」
 胸元に顔をうずめられ、匂いをかがれる。
「女と男がいて、男の股座がいきり立ってやがる。当然、どうなるかは分かるよな?」
 胸元に顔をうずめられ、匂いをかがれて。
「ツッ……!」
 こんな男の慰み者になるぐらいならと、迷わず舌をかもうとする霧。
 その思い切った行動はゲンハにとっても意外で、だからこの自殺は成功するはずだったのに。

「気をつけろよ、ゲンハ。舌を噛ませないようにするのは基本中の基本だぜ?」
 いつの間にか、海の中から這い上がってきた直人が霧の口に布キレを突っ込み、
「猿轡はすきじゃねーんだよ。悲鳴がきけねぇからな」
「死なれちゃつまらんだろ? というか俺は今溺れ死ぬところだったんだがな?」
「ハッ! 股座いきり立たせる余裕があるくせに何ほざいてやがる!」
「禁欲生活が長かったんでね……そんなわけで、ゲンハ。早いとこ頼むぜ」
「ヘイヘイと!」
 そんな勝手な会話が交わされて、霧の心が絶望に犯されて。

(こんなことなら玲二さん達といっしょにいれば――――)
 そんな、絶対に考えないようにしていたことが頭に浮かんだ瞬間に。

「何をしてる!!」
 少年の声がその場を切り裂いた。
 和樹は困惑していた。

 武器庫の一件を後任の人間に引き継いで、
ケルヴァンから命じられた玲二とエレンの任務を遂行すべく、単独行動に戻ってから数時間。
 任務に戻ったといっても、あてがあるわけではない。できるのはただ考えもなく移動するだけだ。
そうして、島の端の廃港まで来て一休憩いれようかと思案していた矢先であった。
 狂ったような男の声に誘われて目にした光景が二人の男が一人の少女を組み敷いているというものであった。
(保護対象者二人に、駆除対象者が一人、か)
 保護すべき対象が、駆除すべき対象を陵辱しようとしている。

  ―――――その現実が、混乱をよぶ。

 和樹は首を振ると、とにかく定められた任務を遂行しようと口を開いた。
「僕は管理側の人間だ。魔力を持つものを保護しろと命じられている」
 マニュアルどうりヴィルの計画を簡略に説明。
「僕達の計画に賛同するという条件で、あなた方二人を保護する用意があるが……」
 こみ上げてくる苦いものをあえて無視して吐き出される和樹の言葉を、
しかし陵辱者二人の呆れたようなため息がさえぎった。
「なあ、直人。どうしてこうも礼儀知らずな奴がこの世にいるんだろうなぁ?」
「全くだな、ゲンハ。無粋にも程がある」
「な……?」
 眉をひそめる和樹。確かに、自分の発言は場の空気を無視したものだったけど――――
「だからなぁ……」
 ゲンハは立ち上がり、血走った目で和樹をにらんだ。
「礼儀を知れつってんだ!! このガキが!! 犯してる最中に邪魔してんじゃねぇ!!
俺はなぁ! それだけはがまんならねぇんだ!! 分かってんのかゴルァ!!
男として当然の礼儀作法だろうが!! テメェはそれでも男か!! ち○ぽついてんのか!!
言いたいことがあるなら犯った後で聞いてやる!! それまでマスでもかいて黙って見てろ!!」
 一気にまくし立てると、再び少女の身体に覆いかぶさろうとする。

「――――!? やめろ!」
 シグ・ザウエルを引き抜く和樹。
「チッ……!」
 和樹の行動を視界の端で確認したゲンハは舌打ちしながら再度起き上がり、直人の手を引っ張って、
「な、なに?」
 驚く和樹の前で、海中に飛び込む。

 慌てて波止場の端に走る和樹。大分深く潜ったのか、にごった海水の中に彼らの姿を確認することが出来ない。

(なんて決断の早さだ……!)

   ゲンハの動作は獣じみていた。
 しかし、それでも身体能力では和樹の方が上回る。戦えば和樹が勝利していただろう。
 和樹がシグ・ザウエルを引き抜くその動作だけで、ゲンハはそのことを認識し一瞬のためらいも無く逃走に転じたのだ。
 どうする?
 ここは廃港だ。少し潜水すれば、船工場に廃船といくらでも隠れる場所が有るところまでたどり着ける。
 自分も海中に潜り追跡するか、それとも彼らが海から上がるだろう場所を予想して先回りすべきか。
 一瞬の逡巡。霧に背を向け、海をにらんで――――

「ツッ……!?」
 背後から迫る風きり音に、和樹は身をよじらせながらシグ・ザウエルを持った右手を後ろに振った。

キィン、という金属音とともに、飛来してきた矢を銃身が叩き落す。

「君が……!?」
 矢が放たれた先を見て、和樹は驚きの声を上げる。
 先ほどまで組み敷かれていた少女が、刺すような目でこちらをにらみながら、矢の放たれたボウガンを構えているのだから。

「……何よ、文句でもあるの?」
 和樹の声を、批難ととったのだろうか。霧は唇をかみながら答えた。
「あなたの仲間から聞いたわ。魔力のない人は殺すんでしょ?」
「……そうだね。確かにそういう命令を受けている。その情報を得ていたのなら、確かに君の行動は適切だ」

 和樹が、管理側の手先が注意を他に向けた一瞬。
それこそが霧にとって絶好の機会であり、確かに彼女は生き残るのにもっとも正しい選択をしたのだ。 

「何が適切よ……失敗したら意味ないじゃない」

 そして、彼女は失敗した。正しい選択をしたとしても失敗は失敗だった。
ボウガンの装填には時間がかかる。もはや彼女の手に武器はなく、生き残る選択肢も用意されていないのだ。

「どうしようもないじゃない……」
 だから霧は唇をかんでうつむき、敗北を、そして死を受け入れる。
「…………」
 和樹はシグ・ザウエルの銃口を霧に向けた。
 最適切な行動は明白だ。彼女を射殺し、一刻も早くゲンハ達の追跡を行う。
今ならまだ遠くには逃げていないはずなのだから。

 なのに一部のクラスタが悲鳴を上げている。
 兄を失って悲しむ少女を思い出してしまう。
 人が死ねば誰かが悲しむのだと、そう考えてしまう――――

「はやくしてよ……なにやってるのよ」
「…………クッ」
 霧の苛立つ声に、和樹は歯噛みして、トリガーにかけた指に力を込めようとして。

『あの、和樹さん……おはようございます! うーん……ほんとにこれでつながるんしょうか……?』
「―――――――!?」
 和樹の目が驚きに見開かれる。

 エテコウに和樹の名を呼ばれたら、通信をつなぐ。
 和樹自信が定めたその設定にしたがって、エテコウを介した末莉の声が聞こえてきたのだから。


【直人@悪夢(スタジオメビウス) :招 状態△(傷は多いが命に別状なし) 所持品なし 基本行動方針:(特に良門を)犯れ、殺れ、壊っちまえ!!】
【ゲンハ@BALDR FORCE(戯画) :招 状態良 所持品不明 基本行動方針:破壊――――――(デストロ――――――イ)!!!】
【佐倉霧@CROSS†CHANEL(フライングシャイン) :狩 所持品: ボウガン 矢の数は二本(撃ったら拾うので矢自体はなくならない、二発目を撃つ時には装填準備が必要) 基本行動方針:ギザギザハートの子守唄】
【友永和樹@”Hello,World”(ニトロプラス) :鬼 所持品:シグ・ザウエル サバイバルナイフ 基本行動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除】
【河原末莉@家族計画(D.O) :招 所持品:エテコウ】  
【廃港内の船工場跡脇】



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