ただ一人の戦い
「……こ、ここは?」
佐倉霧がうっすらと瞳を空ける。
「そういえば私……、そうだ、美希、美希はっ! 痛っ……」
意識が正常になるにつれて、先ほどの光景が霧の頭の中に思い浮かんだ。
しかし身体を起こそうとした霧は、身体中から感じる小さな痛みによって、起こしかけた身体をまた横たえてしまう。
その痛みを作った原因は、山辺美希。
霧が守ろうとした、そして彼女にとって大切な友の裏切り。
(違う……)
美希はあろうことか、自分の身を守る為に霧を崖の上から突き落とした。
自らの手で。
(違う! 美希はそんな事をしない! する訳が無い!)
霧の心の奥、本当の美希を知る部分が違うと叫んでいる。
美希ならば。いつもの泣き虫の美希ではなく、時折表面に現れる『本当の』美希ならば。
自分が助かる為に、霧を見捨てるかもしれない。
美希を信じようとする心と、その鋭すぎる感覚ゆえに気付いた美希の本性を知る自分の心。
もしこの場に誰もいなければ、彼女はひたすらその事だけを考え続け、そのまま朽ちていったかもしれない。
しかし。
「お? 気がついたか?」
傍から聞こえてきた男の声に驚き、霧は慌ててその声がした方へ顔を向ける。
「ふぅ、どうやら大丈夫だったみたいね。ぐったりとしていて、一時はどうなる事かと思ったけど」
霧の視線に飛び込んできた一組の男女の姿。
吾妻玲二と原田沙乃。
「ああ、まだ動いちゃ駄目。あなたさっきまでそこの川に浮かんでいたんだから、本調子になるまでじっとしていないと。それに……」
沙乃はチラリと玲二の方を見て呟く。
「今のあなたの姿を全部、あの人に見られたくは無いでしょ?」
「え……!?」
霧はようやく自分の現状に気付く。
濡れた服を脱がされ、代わりに玲二の着ていた物であろう上着が霧の身体を覆うようにかけられていたという事に。
霧はその服で身体を隠すように両腕で自分の身体を抱きしめる。
「玲二。とりあえずあなたはあっちの方を向いていて。こんなんじゃ話も出来ないから」
「あ、ああ……」
玲二は頬をポリポリと掻いてから、身体ごと霧とは反対方向へと向ける。
「さて……。まずは自己紹介からしよう。沙乃の名前は原田沙乃。あの人は吾妻玲二。で、あなたは?」
「……佐倉霧」
怯えと警戒が混じった表情のまま、霧はポツリと呟いた。
「じゃあ霧。あなたはどうしてこんな川で溺れていたりしていたの?」
その言葉を聞いた霧の手に力がこもる。
「……言いたくないか。一つ聞いておきたいんだけど、霧、もしかして沙乃に似た服装の人達に襲われたりしていない?」
霧は無言でフルフルと首を振る。
「そっか」
どこかほっとした表情をしながら、沙乃がふぅとため息をつく。
「それで、これからの事をどうするかなんだけど……。玲二、この娘どうしようか?」
背を向けたままの玲二に向かって沙乃が問い掛けると、玲二は振り向かずに返事だけを返してきた。
「俺は連れて行きたい。その娘は見た所、戦闘経験は無さそうだし、あいつら……いや、誰か襲ってきたらまずいだろうから」
あいつら、という言葉で一旦途切れたのは、沙乃を想っての事だった。
新撰組の面々に襲われたわけではなくとも、次もそうとは限らない。
しかし沙乃の仲間が、目の前、いや後ろにいる少女を殺すという事で、沙乃にこれ以上重荷を背負わせたくは無かった。
それが例え、気休めであったとしても。
しかし、沙乃は悲しそうな笑みを浮かべながら首を振る。
「沙乃は反対だな……。新撰組は彼女のような人間を悪の手から守る為に結成されたもの。だけど、もし一緒に連れていけば、絶対に無駄な戦いに巻き込まれてしまうから」
「俺達が守ればいい!」
「……守れなかったら? 無駄な戦いに巻き込まれて、結果、守りきれずに死んでしまった、なんて事になったらどうするの?」
沙乃の指摘に対し、反論できなかった玲二がうっ、と言葉に詰まる。
苦渋に満ちた表情を浮かべる玲二を労わるように、優しく微笑みながら、沙乃が言葉を続ける。
「まずは霧の意見を聞こう? それからどうするか考えよう」
沙乃はそういって霧の顔をじっと見つめた。
今まで無言に徹していた霧は、沙乃の視線を真っ向から受け止めながら、一言だけ言葉を口にした。
「……まず、着替えさせてください」
「残念ですが、その提案はお断りします」
着替えおわった霧が、玲二に向かって初めて告げた言葉。
「大丈夫だ! 絶対に俺が守る、それは約束する!」
霧は玲二の言葉に首を振る事で否定する。
「信じられません」
「でも、また襲われるかもしれないよ? あなたの友達を誘拐した男が、また襲ってこないとは限らないし……」
着替えている途中、沙乃は霧の身に起こった出来事を聞きだしていた。
元々は中央にいた沙乃だから、何故彼女達が襲われたのかも理解できる。
魔力保持者。
彼女の友人、美希はおそらく力の持ち主だったのだろう。
「大丈夫です。突然襲われた時は混乱してましたが、私にはコレがあります。次襲われたら、その時は……、射殺します」
霧はどこからか、ニュ、とボウガンを取り出し、目の前の二人に見せると、すぐにどこかへしまいこむ。
(ふ、服を脱がした時は、こんなものなかったのに、どうして!)
沙乃は心の中で驚きの声を上げる。
その動揺を隠し切れぬままに、しかし出来る限り平常心を保ちながら沙乃が霧を説得しようと口を開く。
「だ、だからって、悪いけど霧みたいな娘に、戦いなんて……」
「私は貴方達を信用できないと言っているんです!」
沙乃の言葉を遮るように、霧が叫ぶ。
驚きの表情を浮かべる二人を見据えるように、痛む身体をおしながら霧は立ち上がる。
二人を見下ろすような状態のまま、霧は言葉を続ける。
「私は人殺しの言う事なんて、絶対に信じる事ができません! 守ってやる? 一緒に行く?
貴方達が、私を襲った奴の仲間ではないなんていう証明はありません! 人を殺しておきながら、誰かを守るなんてのうのうと口にする……。そんな人間の言う事を、誰が信用できるっていうんですか!」
人を殺した者特有の気配。
殺した事が無い人間にはどうしても手に入れられないその気配を、沙乃も玲二もその身体に抱いていた。
二人はできるだけ普通に、それを隠すようにしていたが、人の心、感情を読む事に長けている霧にとって、『気配を隠す』という事に対し、二人が嘘ををついていると感じてしまった。
人を殺すと宣言しておきながら、人を殺した者を前にして怯えてしまう。
佐倉霧とは、そういう人間だった。
「助けてもらった事には感謝します。だけど、それで終わりです。私にはやる事があって、貴方達にも何か目的がある。だったらこれでお別れです」
「待てよ!」
そう言ってから、その場から走り出そうとする霧の手を、玲二が慌ててつかみ取る。
「!? は、放してください! 放してっ!」
しかし霧はその手を強引に振りほどく。
佐倉霧という少女にとって、今の玲二の行動は、もっともしてはならない事のひとつだった。
男性恐怖症。
男という存在、それ自体を信用できない霧にとって、男が自分の手を掴むという事は攻撃行為に等しかった。
霧は、拒絶ともいっていいほどの勢いで手を振り解かれて呆然としている玲二を尻目に、その場から走り去っていった。
【佐倉霧 CROSS†CHANNEL FlyingShine 状 ×→△(凍死の可能性は無くなり、傷は身体全体の細かな打撲のみ) ボウガン 矢の数は二本(撃ったら拾うので矢自体はなくならない、二発目を撃つ時には装填準備が必要) 狩】
【吾妻玲二 ファントム・オブ・インフェルノ ニトロプラス 状 ○ S&W(残弾数不明) 狩 】
【原田沙乃 行殺!新撰組 ライアーソフト状 ○ 十文字槍 鬼(現在は狩) 】
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