決別の銃弾






「大十字九郎! あんたはそこまで外道なのかよっ! 狙撃手隠して油断させて……」
 武の叫びが、森の中に木霊する。
「違う! 俺じゃない、俺にはあんたらを撃つような仲間なんていない!」
「信じられるか! この人達を脅しておいて、逃げたら即撃ち殺す、か。そうやってタマも殺したのかよ!」
「俺じゃ……!」
 俺じゃない、そう言おうとした九郎の身体スレスレを一本の矢が掠めながら通り過ぎていく。
「綾峰さん!」
 榊が矢の飛んだ方に目を向けて叫ぶ。
「もう、あなたと話をする必要は無い。ここで起こった事が現実だから。貴方の元から逃げ出したこの人達が、逃げ出した瞬間に撃たれた、その事実だけで充分」
 綾峰が淡々と言葉を告げる。口を動かしながらも、その手は既に二撃目を撃つ為の動作に入っている。
 九郎は地面に置かれている銃を拾い上げると、近くにあった木に身を隠した。
(誰が撃った? 俺の仲間でもない、あいつ等の仲間でも無さそうだ。あぁ、判らねぇ!)
 理解できない状況。しかし、九郎に何かを考える余裕等無かった。綾峰が九郎をその手に持つ弓と矢で打ち抜こうとするために、今いる場所から動こうとしている。
「委員長! あんたはその人達を頼む、知り合いなんだろ? 俺と綾峰は奴を……、大十字九郎を撃つ!」
 武がその手に持つサブマシンガンを構え直すと、綾峰と共に走り出した。
「冗談じゃ無い! こんな所で死ぬ訳にはいかないんだよ!」
 九郎は身を翻して、武達を撒こうと森の奥へと走り出す。
「もう逃がさねぇ……。綾峰、俺達はあいつを挟み撃ちにするぞ! 俺は右側から回り込む、綾峰は、あいつを追い込んでくれ!」
「判った。あいつには仲間がいる。白銀、気をつけて」
「応っ!」
 武と綾峰は、そう言葉を交わすと、二手に別れて九郎を追い始めた。
 アル・アジフは初音にやられた右肩を抑えながら、森の中を彷徨っていた。痛みは多少引いてきたが、まだまともに動かせる状態では無かった。
「あの女、それにこの世界……。この場所はアーカムシティでは無い。だとすれば、一体妾の身に何が起こったというのだ……。こんな時に、九郎はどこにいる。よもや、妾だけがこの世界に呼び出されたという訳でもあるまいに……」
 九郎の魔力はアルも感じている。この島のどこか、そう遠くは無い場所に、大十字九郎はいる。
 大十字九郎、魔道書『アル・アジフ』の所有者。
 常に二人で戦い、それに勝利してきた。戦いの素人だった九郎も、アルの特訓と、人外の化け物と交わした幾多の戦いのおかげで、今では充分戦士としての力を手に入れている。
 アルと九郎、二人が揃えばどんな化け物も恐るるに足らない。
「九郎。妾はここにいるぞ……。早く妾の元へ来い。……ん、音? それに……声?」
 アルは耳を澄ませて、音の聞こえる方へと意識を向ける。
 銃声のような音。誰かが叫んでいるような声。
「誰かが争っている? だが、この気配は……、九郎! まさか九郎が!?」
 魔力を感じる。
 自分の主人の魔力の波動と、争いの音が聞こえてくる場所から感じる波動は同じものだった。
「このような場所でも、あ奴はやっかい事に巻き込まれるのか! まったく面倒な体質をしている……。だがっ! それでも待っていろ!。今すぐ妾が行くぞ、九郎!」
 アルは右肩から手を離すと、音のする方へ走り出した。

 九郎は逃げていくうちに、少し開けた場所へとやってきた。
 隠れる場所は無い。後ろを見ると綾峰の姿がチラチラと見えている。
 先ほど三本目の矢をなんとか躱す事が出来たが、綾峰が弓に慣れて来たのだろう、精度が上がってきている。
 武の姿も見えない。
「絶対絶命って奴か……」
 九郎は、無意識のうちに腰に掲げたイタクァとクトゥグアに手を置いた。
 何度も彼の身を救ってきた二丁の銃。しかしその銃を使う時は、いつも殺し合いの最中だった。
 九郎はまだ迷っている。
 自分を殺そうとしている人間がいる。
 普段ならば九郎は我が身を守る為に銃を振るう。
 しかし彼等は勘違いのままに、九郎を追いかけているのだ。
 誰かを守る為にその力を振るう事はあっても、その力は悪に対してだけ向けてきた。
 もはや話は通じない、その事を理解していても、それでも九郎はまだ己の銃を振るう事は出来なかった。
「終わりだな、大十字九郎」
「!?」
 突然九郎の背後から声が聞こえてきた。
 慌てて振り向くと、そこにはサブマシンガンを掲げた白銀武の姿があった。
 少し遅れて綾峰もその場にやってくる。
「あなたは私達の仲間を殺した。そして、さっきもあの人を傷つけた。これはその報い」
 綾峰はそう言って静かに弓を構える。
「俺はやっていない……、と言っても、もうあんた等は信じないんだろうな」
 九郎が自嘲気味に呟く。
 彼はここに来ても未だ迷っていた。
 銃口を向けられ、弓矢で狙いを定めれらて、尚。
 彼が銃を抜けば、おそらくすぐに終るだろう、九郎にはそれだけの力があった。
 しかし代わりに残るのは、一組の男女の死体。
 九郎は、今までこんな選択を迫られた事は無かった。
 自分の死か、それとも罪の無い人間を自らの手で撃ち殺すか。
「白銀はそこで見ていて。この男は珠瀬自身が仇を取るから」
 九郎の迷いなどよそにして、綾峰は静かに呟いた。
 武も小さく頷き、サブマシンガンを抱えたまま、九郎と綾峰の動向を見守っている。
 三人の間に小さな静寂が訪れる。
 綾峰の手に、少しづつ力が入ってゆく。
「大十字九郎! そなたは一体何をやっている!」
 その時、三人の間に流れる静寂を打ち破る、一人の少女の声がその場に轟いた。
「ア、アル!? お前、どうしてここに……!?」
 九郎は驚き、武と綾峰は虚を突かれ、呆然とした表情を浮かべる。
「見ず知らずの人間に銃を向けられ、何をやっていると聞いているのだ! 大十字九郎!」
 アルは三人の間に流れる緊張など何処吹く風というままに、ずかずかと九郎の元へ近づいていく。
「な、仲間かっ!?」
 やっと現状を理解した武が、その手に持つ銃をアルに向ける。
「動くな! 撃つぞ!」
 アルは足を止め、武の方へと視線を向けると、ふふんと鼻を鳴らし、その尊大な態度を示すかのように、自らの胸を張る。
「撃ってみろ。貴様のような人間が、妾を撃てるというものならばな」
「くっ! このぉ!」
 武の気配を察した綾峰が木陰に身を隠すのと、武のサブマシンガンが火を噴いたのはほとんど同時の事だった。
 一分間に千発もの弾丸を放てるその銃の弾が、雨となってアルの身に降り注ぐ。
「アル!」
 九郎は反射的に動き、アルを庇おうとその射線上に身を投じる。
 武はそんな事等関係無いというように、無茶苦茶に銃を振り回す。
 二人の姿は、砂埃に隠れ見えなくなった。
 時間にして数秒、長くてもまだ二十秒は経っていないだろう。
「ハァ、ハァ……。やったか? ……俺が、やったのか……」
 武は引き金から指を離すと、肩で息をする。
 初めて、自らの手で人を殺した。
 武はその事実を少しづつ実感し始める。
「白銀……。……!?」
 いつの間にか、武の近くまでやってきた綾峰が武に声を掛けようとしたその時、彼女の眼にあるモノが飛び込んできた。
 もくもくと立ち上る砂煙の中から現れた、黒い姿。
 背中からは大きな翼が生え、それがアルを守るかのように二人の身体を覆っている。
 九郎がアルの右肩にある傷口に気付き、アルをいたわるかのように、優しく問い掛けた。
「……お前、その肩の傷はどうしたんだ?」
「そなたが別の所でのうのうと過ごしている時に、妾は妙な通り魔に襲われていた。まったく……、もう少し早く妾の元へ来ていたのなら、このような傷を受ける必要も無かったのだぞ?」
 皮肉のこもったアルの言葉に、九郎はヤレヤレといった表情のまま苦笑する。
「悪かったよ。だけどとりあえずその傷を治すのはもうちょっと待ってくれ。俺にはまだやる事がある。……いや、やる事が出来た、かな。ようやく決心がついたよ」
 九郎はゆっくりと立ち上がる。
 その身を包むのは黒い翼と、黒い肌。
 マギウス・スタイル。
 アル・アジフと大十字九郎が力を合わせる事で変身する事の出来る、最強の戦闘モード。
「さっき、あんたは俺の名前を聞いたよな? だけどまだ俺はあんたの名前を聞いていなかった。教えてくれるか? あんたの名前を」
 九郎は武に向かって静かに問い掛ける。
「し、白銀、武……」
 九郎の身から発せられる気配に気圧されまいと必死になりながら、武は己の名前を呟いた。
「白銀武か……。白銀、俺はついさっきまで迷っていた。俺が生き残るにはこの銃を使わなければならない」
 九郎はそう言って、腰の銃を指差す。
「だけど銃を抜いたら最後、どちらかが死ぬまで戦う事になる。俺はあんた達を殺したくは無かった。だけど、殺されたくも無い。だけどな、その考えもたった今、変わったよ」
 九郎が自分の傍にいるアルの方へと視線を向ける。
「こいつは俺の仲間。アル・アジフという。今、白銀、お前はこいつに向かって、その銃をぶっ放したよな? 撃てば、死ぬ。その事が判らなかったなんて言うなよ?」
 武の顔に視線を直すと、その顔を見つめながら、九郎は静かに言葉を続ける。
「運良く……、っつーかまぁ、俺達の力のおかげでなんとか死ぬ事は無かった。だけどな、ようやく腹が決まったよ」
 九郎は、ジャリ、と音を立てながら両足を肩幅に開き、腕を上げる。
「殺しはしない! だが、俺の仲間を殺そうとした分のお返しはさせてもらう! 覚悟しろよ、白銀武!」
 九郎は、白銀武、そしてその仲間に対して宣戦を布告した。

【大十字九郎 斬魔大聖デモンベイン ニトロプラス 状 ○(マギウス・スタイル) 回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』 残り弾数 19発、自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』残り弾数 17発 招 行動目的と状況 武達と敵対 島からの脱出】
【アル・アジフ 斬魔大聖デモンベイン ニトロプラス 状 △(右肩損傷、ただし回復可能) ネクロノミコン(自分自身) 招  武達、初音と敵対 島からの脱出】
【白銀 武 マブラヴ age 状 ○ サブマシンガン (後、約一分三十秒ほど撃てる) 招 九郎と敵対 仲間と別れ九郎を追う 最終目的は元の世界へ戻る】
【綾峰 慧 マブラヴ age 状 ○ 弓 矢残り七本、ハンドガン 15発 狩 九郎と敵対 仲間と別れ九郎を追う】
【榊 千鶴 マブラヴ age 状 ○ マグナム銃 装填数 6発 狩 九郎と敵対(ただし武達の現状を理解していない) 仲間と別れ、孝之と遙の護衛】
【鳴海孝之 君が望む永遠 age 状 ○ コルトパイソン 狩 九郎を裏切る 遙の傷を前にオロオロしているだけ 最終目的は元の世界へ】
【涼宮遙 君が望む永遠 age 状 △(右足銃弾貫通) 拳銃(種類不明) 招 孝之に連れられて九郎を裏切る 足を撃たれて苦しんでいる 最終目的は元の世界へ】



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