蜘蛛の糸
これは何かの冗談じゃないのか・・・
俗にいうどっきりカメラか、あの桜井舞人が仕組んだイタズラかとでも思っていた。
桜井舞人をひっ捕まえて問い正せばあの冗談のような状況は終わるんじゃないか・・・
そういう希望がなかったわけではない。
しかしこの状況はまるで現実感がなく・・・
それでも目の前の物体は間違いなく今の状況が現実であると言っている。
夢のような状況にありながら圧倒的な現実感を放つそれは・・・
「しかし俺達はどこに向かって歩いているんですか?ひかりさん」
「マックス!だから結城先輩だと何度言ったら・・・」
「相楽・・・呼び方の事はもういいから。行き先は桜井が真っ先に行きたがりそうな場所・・・島の中心だね」
「ああ、確かに絶対行きそうですね・・・」
言われてみれば間違いなくあの馬鹿が真っ先に行きそうな場所である。
それ以上ひかりは黙して何も話さなかったし、山彦も同様であった。
(実際あの桜井舞人の声が聞こえたっていうから桜井を探しているだけであって、見つけてもこの変な島から
帰れるのかどうか・・・)
麦兵衛は桜井舞人を探すことに意味があるのか疑問を感じ始めていたが現在、他にするべきことがわからなかった。
(いっその事いかだでも作って逃げ出すとか・・・)
そんな事を考えても見たが陸地がどの方向にあるのかもわからない状況なので現実的ではなかった。
つまり本当に只とりあえず桜井舞人を探す、というのが現在の彼らの目的であった。
(まあ、いきなりこんな状況だし、何か明確な目標でもないとやってられないのかもな・・・)
もし桜井舞人を探すというこの行為が不安を紛らわすための行動であったなら・・・
そう考えると麦兵衛は結城ひかりを自分が守らなければ、と思う。
彼───牧島麦兵衛の祖父はこう言った。
女性を守れる男になれ。
誤解を招きそうな言葉だがこれは女は弱いものだから男が守れ、等といった意味あいではなく
どんな女でも守れる男になれ、という意味である。
麦兵衛は馬鹿正直にこの言葉を守ろうとしている。
もっとも結城ひかりを見る限りそういった現実逃避ではなく、できることをやる、といった感じなので今の所心配はないだろう。
考えをまとめた麦兵衛は2人に習って無言で歩き続ける。
「これだけ歩いたけどまだ距離があるね・・・ちょっと休憩にでもするかね」
一時間程歩き続けいい加減精神的に疲労してきた所にひかりが提案をした。
「ああ、そうですね。あと半分くらいですかね?」
「一息いれるのにはちょうどいいだろう?」
ひかりの提案に山彦が同意したその瞬間──
「あら・・・お休みになるのには少々早すぎましてよ・・・?」
3人が一斉に声の方向を向いた。
視線の先にはセーラー服の自分達と同じ年頃の少女が立っている。
なぜか少女の雰囲気に圧倒されて誰も言葉を発することができない。
「いい目をしているわ・・・あなたは私の贄におなりなさい」
少女がひかりを見つめながらわけのわからぬ事を言っている。
何をしようとしているのかはわからないが普通の様子ではない・・・それだけは山彦にも理解できた。
ひかりと少女の間に立ち少女をひかりに近づけさせないようにしながら話しかける。
「おい!あんた何者だ!ここがどこだか知っている───」
「・・・あなた邪魔ですわね」
山彦の言葉を途中で遮ると少女は腕を一振りした。
夢のような状況にありながら圧倒的な現実感を放つそれは・・・
結城ひかりの目の前に転がっているのは・・・相楽山彦の上半身であった。
少女が腕を一振りした瞬間、まるで紙を裂くように相楽山彦の体が2つに分かれた。
これは・・・間違いない現実だ・・・
結城ひかりがようやく現実を認識した時には既にセーラー服の少女は目の前まで来ていた。
「やっぱりいい目をしているわね・・・」
少女の腕がひかりに向かって振り下ろされようとした瞬間───
「お前山彦さんを!!」
麦兵衛が少女に向けて突進してきた。
牧島はサッカー部のエースということもあり運動神経はかなりの部類であるのだが・・・
少女がやはり腕を一振りした瞬間、軽々と吹き飛ばされていた。
「心配しなくてもあなたも連れて行って差し上げますわ・・・もっとも行き先はそちらの方と一緒ですけれど」
「山彦さんをよくも・・・ひかりさんを放せ・・・」
麦兵衛は地面に叩きつけられてなお起き上がり少女に立ち向かって行こうとする。
既に結城ひかりは気を失わされて、少女の腕の中に抱えられている。
もう麦兵衛にも状況がわからなくなっていた。
なぜ山彦があんなことになったのか、なぜひかりが少女の手の中にいるのか、ここはどこなのか・・・
しかし少女の足元に転がる変わり果てた山彦の姿は間違いなくあの少女が作り出したものだ。
そして今結城ひかりを連れ去ろうとしている。
「ひかりさんを放せ・・・」
ようやく立ち上がったもののそれが今の麦兵衛には精一杯だった。
少女はその様子を見ながら・・・妖しく笑った。
「ふふ・・・気が変わりましたわ・・・」
ひかりを抱えたままゆっくりと麦兵衛の方に歩み寄ると・・・
再び麦兵衛は地面に叩き付けられた。
「っは・・・」
体中が痛む・・・息をするのも苦しい・・・
しかしひかりを助けなければ・・・
その一念で麦兵衛は再び立とうとする。
しかし今度は少女の足が麦兵衛の地面に転がっている腕を踏みつけ、立ち上がれなくしていた。
「あなたも・・・いい目をしているわね・・・戯れも悪くはない・・・か」
眼下の麦兵衛を見下ろしながら少女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
麦兵衛は息をするのが精一杯で言葉を発することはできないでいるが・・・その目は憎悪を持って少女を見つめている。
「私は比良坂初音・・・この少女・・・ひかりだったかしら?私が貰い受けますわ・・・・
どうしても取り返したいなら・・・私を殺してみなさい、牧島麦兵衛」
貰い受ける。
その言葉の意味はわからないがともかくひかりがこのままでは・・・
しかし麦兵衛の意思に反して体は動くことはなかった。
「ふふ・・・楽しみにしてるわよ」
意識が急激に遠のいていき・・・初音の声だけが頭に響いた。
(所詮戯れ・・・しかしあれでは私がまるで・・・)
腕に感じる生暖かい感触でひかりの身体に力を入れすぎていたことに気づいた。
彼女は思い出してしまったのだ。
かつて自分に同じ事をした存在───銀の事を。
銀を倒すためにもまずは腕の中の少女───ひかりから力を蓄えなければ。
(奏子・・・こちらに連れてくればよかったかしら)
初音はあちらの世界の学園に置いてきた奏子の事に思考を巡らせていた。
【比良坂初音@アトラク=ナクア(アリスソフト) 鬼 状態○ 所持品なし】
【相楽山彦@それは舞い散る桜のように(Basil) 狩 状態死亡 所持品なし】
【牧島麦兵衛@それは舞い散る桜のように(Basil) 招 状態△ 所持品なし】
【結城ひかり@それは舞い散る桜のように(Basil) 招 状態× 所持品なし (初音の手中)】
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