一難さってまた一難
「〜万事首尾よく事を運べ、以上だ」
ヴィルヘルムはケルヴァンへの通信を打ち切る。
しかし、放送とは気が付かなかった、そうだ、島中に向かって我が偉大なる理想を語れば、
皆、感涙に咽びながら我が理想郷の愛すべき民となるは、約束されたも同然だ。
「しかし、となると最初に何と言って切り出すかが問題だな、ここはフレンドリーに、
ウェールカム トゥ マイ パーラダーイスと行くべきか?いやいや、セオリーにのっとり
威厳をもって語るべきか?」
と、その時だった、いきなりこみ上げる吐き気に口元を押さえるヴィルヘルム、
押さえた指の隙間から鮮血が溢れ出す、さらにそれだけではなく、それと同時にまるで焼けた火箸を、
押し当てられたような激痛が全身を襲う。
全身を貫く激痛に顔をしかめるヴィルヘルム、なんとか悲鳴はかみ殺したものの、
両手の指先が弾け、血しぶきが舞う。
視界が見渡す限り真っ赤な上に、耳も遠く感じる、この分だと自分の身体中から派手に出血しているに違いない。
そしてその原因については心当たりがあった。
「くぅ・・・リバウンドかっ・・・」
これだけ巨大な結界を展開した以上、様々な手段で軽減こそしているが、
それでも直接の術者であるヴィルヘルムにかかる反動はかなりのものになる、
通常その反動は何らかの形で相殺できるようにするものだし、
無論、彼もその点において抜かりはなかった。
だがしかし、それはヴィルヘルムの予想を遥かに越えていたのだ。
結果、ヴィルヘルムの生命力と魔力は通常の半分…いや、3割程度にまで落ち込んでしまっていた。
一刻も早く本拠に戻って、力を補充せねば・・・だがそれには・・・、
彼の目の前には鬱蒼とした森や平原が広がっていた。
不本意な話だが、ここから本拠まで歩いて帰るしか方法はない。
魔法は使えない、使えば魔力の消費に衰弱した肉体がついて行けず、死あるのみだ。
魔法を使えば一瞬の距離だというのに……。
自分の力を過信し、しなくてもよい出陣をしてしまったツケをこんな形で払うことになるとは。
救援を呼ぼうとして思いとどまる。
島のコントロールは全てケルヴァンに移行。一任している・・・つまり自分がいなくても、
島の管理や運営には何ら問題がない、駄目だ、今連絡すれば奴は嬉々として救援どころか刺客を送るに決っている。
ならば蔵女たちに泣きつくか、それも駄目だ、ここで下手にでれば何を見返りに求めてくるか予想もつかない。
それにプライドが許さない。
つまり自分で何とかする以外、方法は無いのだ。
たとえ無事帰還できたとしても、今の肉体の状態を鑑みるに、もはや全回復できるとは思えないが、それでも。
「一難去ってまた一難か、だがまだ死ねぬ…理想世界を築き…そして全ての人類が余に感謝する時までは…」
執念の一言を漏らすと、ヴィルヘルムはおぼつかない足取りで中央に向かって歩き出した。
そのころ中央要塞内部
「うん?」
「どうかしたか?」
「いや、あんなとこにダンボールなんてあったか?」
「ダンボールなんざ何処にでもあるだろ」
「ちょっと動いたような気がしたんだ」
「箱が勝手にうごくかよ、熱でもあるんじゃねーのか」
などと警備兵たちはだれた雰囲気で巡回を続けていた。
だが、思い違いなどではなく、そのダンボールは警備兵がいなくなると、ゆっくりと廊下を移動するではないか。
そしてダンボールは周囲をうかがうような仕草を見せながら、突き当たりの部屋に入って行った。
廊下をかさこそと動いていたダンボール、その正体はゆうなとまいなだった。
彼女らはたまたまみつけたダンボールの中に身を隠し、ここまで逃れて来たのだった。
箱から顔を出した2人は青ざめた表情をしている、
「どうしよう・・・私たち、ううん私たちだけじゃなく、みんな化け物にされちゃうよ」
そう、先程まで2人が忍んでいた部屋は例の魔法陣の部屋だった、そこで彼女らは決定的瞬間を見てしまったのだ。
「とにかく何とかしないと…」
2人は顔を見合わせる、ダンボールに身を隠しての道中、2人は様々な話を聞き、
どうやら自分ら以外にもさらわれてきた人間が大勢いるということも知っていた。
「そういえばここは?」
まいなは周囲をきょうきょろと見まわす、巨大なマイクやスピーカーなどが所狭しと並んでいる。
「放送室?」
機材は彼女らの通う学校の物とは比べ物にならぬほど豪華だったが、基本的な操作方法は
どうやらそれほど変わりはないみたいだ、これなら扱える。
「テープレコーダーを探して!」
いきなりマイクに飛びつこうとしたまいなを制して、ゆいなは机の上の鋏で自分の服の袖を切り、
それをほぐしてバラバラにして、寄り合わせて何本かの長く太い糸に変える。
それを窓のカギと天井の換気扇に結わえ付ける。
さらに奏子にもらったキャンディの中にチョコレートがあることを確認すると、
それを半分に割り、放送機のメインスイッチ類に嵌めこんだ。
「あったよ!」
まいなが業務用のレコーダーを両手で抱えてやってくる、ゆうなはテープを挿入し、
マイクを繋げてから深呼吸し、おもむろに自分の声をテープへと吹きこんでいった。
「この島の皆さんへ〜〜」
全島に放送が鳴り響いてから数分後だった。
ガンガンガンガンと放送室の扉が叩かれる、やがて業を煮やした誰かが発砲、
中からモップで塞がれていた扉は穴だらけになって崩れ落ちる。
「見つけたら保護しろとか言っていたが、俺が許可する、殺していいぞ!あのガキどもめ!」
扉を破壊した隊長らしき男は本気のようだった、無理も無い、自分の警備区域でとんでもない不祥事が起きてしまったのだ。
「何処だ、何処にいるガキどもめ、ロッカーか?バケツか?…と見せかけておいて実はそのどれでもない
柱時計の中だろーーーっ!」
隊長は柱時計に向かって、部下に制止されるまで発砲を繰り返す。
「ええい、シンプルにロッカーか!」
今度はロッカーに向かって照準を合わせた隊長だったが、その時部下が声をかける。
「やられたようです・・・これを見てください」
部下の指先を目で追っていくと、窓のカギから伸びたナイロン糸が換気扇にからまっているのが見える、
換気扇が回るにつれて糸が巻き上げられ、自動的に鍵が閉まるような仕掛けだ。
そして案の定、窓の外には飛び降りた際についた足跡がくっきりと残っていた。
さらにスイッチの類に溶けたチョコレートがくっついている。
あえてタイマーを使わなかったのは、本来の放送時刻を悟らせないためだろう。
子供と思っていたが、あの双子はあなどれない。
「外だ!あの双子はもう中にはいない!」
「かなり遠くまで逃げているはずだぞ」
警備兵らは押し合いながら窓の外へと飛び降り、散って行った。
「うまくいったね」
「でも…怖かったよう」
彼らが外に飛び出してから数分後、放送室の片隅のごみ箱の中から、ポリ袋にくるまり、
ゴミだらけになって双子は抜け出してくる。
あと数秒、仕掛けが見破られなければ多分自分たちは撃ち殺されていただろう、
だが、とにかく上手くいった、彼らはまさか自分たちがまだ中にいるとはもう思わないだろう。
ちなみに窓の外の足跡は、モップの先に靴をはめこんで、それを上から地面に押し付けて作った。
「これからどうしよう?」
不安げなまいなをゆうなが励ます。
「おにいちゃんが今の放送を聞いてたら、きっと何とかしてくれるはず、それまでは何が何でも逃げるの
いいわね」
【朝倉ゆうな・まいな@はじめてのおいしゃさん(ZERO) 招 状態 ○ 所持品 キャンディ】
【ヴィルヘルム・ミカムラ@メタモルファンタジー(エスクード) 鬼 状態× 所持品 無し 】
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