画策する者、暗躍する者






 蜘蛛は己の巣に還る。
 初音は、睦みが終わった時の呆とした表情のまま、ゆるゆると立ち上がった。
 そのまま地面の上に無造作に転がっている自らの服を手にとると、己が裸体の上にゆっくりと羽織らせていった。
「まだ、足りない……」
 初音は横たわる贄の姿を見る。
「は、初音様……、もっと」
 贄、水月がまだ絶頂覚めやらぬ表情のまま、そんな事を呟いた。
 初音はその言葉を聞くと、うっすらと微笑みを浮かべて水月の近くへと行くと、彼女にやっと聞こえるかというくらいの微かな声で呟く。
「あら。犬が人間の言葉を話すなんて……。私、貴方に先ほどなんと言ったのかしら? 教えてくださらない、水月さん?」
 水月はその言葉を聞いてビクリと身体を震わせる。
 初音の笑顔から感じる『恐怖』、それに圧され、怯えの浮かんだ表情のまま水月がその唇から言葉を漏らす。
「わ、わん……」
「ふふ、いい子ね」
 初音はそう呟いてから水月の髪を撫でた。
 撫でながら、彼女はこの島で出会った様々な贄達の顔を思い浮かべる。
 まだ贄にはなっていない、しかし、初音にとって、彼等、彼女等は皆全て、獲物であって贄でしかない。
 蜘蛛は己が洞窟の中で、ただひたすらに力を高める。
 この島で、唯一初音が想う、そして初音を想う娘を、その手に取り戻す為に。
「さあ、行きましょう、水月さん。お友達がお待ちですわよ?」
「わんっ!」
 水月が初音の言葉に答える。
 もはや人として扱われていない水月、しかしその表情は喜びに満ち溢れていた。

「鑑、大丈夫か?」
 武達と別れてから数時間が経過した。
 ドライ達が示した『中央』、鑑、鎧衣、御剣の三人は、現在その場所に向かおうとしていた。
「う、うん……」
 冥夜の言葉に純夏が力なく頷いた。
「和樹と名乗った者に教わった通りだとすれば、もうそろそろ島の中央へ辿り着けると思うのだが……」
 冥夜は目を細めて遠くの方に視線を向けた。
 しかし、彼女がいくら目を凝らしても、木と草と木の葉しか見えなかった。
「少し休もうか?」
 鎧衣が心配そうな表情を浮かべながら、鑑に訊ねる。
「ううん、行こう! 武ちゃんが言ったんだもん、私達に、元の街に帰れる方法を見つけてくれ、って!」
「そうだな、行こう!」
 その時、それまで誰もいなかったはずの空間に、突然何者かが現れた。
「何者だ!」
 冥夜が剣を向けるが、その者は微動だにしない。
「いや、失礼。君達が中央へ向かっていると監視の者から聞いたのでな。こちらから出向かせてもらった。私の名はケルヴァン。今は中央に居を構えている。君達が出会ったドライや和樹達の上司、といった所かな?」
「あの者達の知り合いか?」
 冥夜は先ほどまでよりもケルヴァンに向ける剣先を逸らしながら、しかし油断無く視線を飛ばし、尊人と純夏を守るようにケルヴァンとの間に立つ。
「それほどまで警戒しなくてもいい。君達の事はドライから報告を受けている。だからこそ私がこうやって出向いてきたのだよ」
「どういう事?」
 尊人が口にした問いを聞いて、彼はその方に身体を向けると言葉を続けた。
「中央にはな。君達のような『招かざる者』達を快く思っていない者がいる。
 現在、そ奴は大人しくしているようだが、その矛先が向けられれば、君達の命が危ないと判断したのでね。
 こうやって忠告をしにきたというわけだ。後は……、頼み。そう、君達に一つ頼みがあった。
 君達がここに召喚された時にな、同時に現れたモノがあるのだよ」
 ケルヴァンが何を言いたいのか、今ひとつ掴めない冥夜達は眉をひそめながらも、
 黙って彼の言葉に耳を傾けていた。
 やはり純夏以外の者達も不安だったのだろう。
「その存在は、今の所、私しか気がついていない。気がついていれば、すぐにでも破壊されていただろう。
 奴は魔法以外の存在を認めないからな……。まあ、それはともかく、
 私はその存在と君達が何らかの関係にあるのではないか、そう考えたのだよ」
「私達にその『現れたモノ』とやらが何か探って欲しい、と?」
「ふむ。話が早くて助かる。その通りだ」
 ケルヴァンはさも可笑しそうに笑う。
「君達に一つ、教えておこう。先ほど言った君達を快く思わない者、
名をヴィルヘルムと言うのだが、彼は、魔力保持者、即ち、
君達に関係のある人間を欲しているのだ。
『招かざる者』は、『招かれし者』がいなければこの世界に現れる事ができないのでね」
『!?』
 三人が息を呑む。
「もし、君達が、その『現れたモノ』を手に入れる事が出来れば、君達の仲間がヴィルヘルムに囚われる事も無くなるだろう。私が見る限り、アレにはそれほどの力がある、そう思えるのだ。……どうだ、やってはくれまいか?」
 三人は困惑したような表情のまま見つめあい、やがて同時に頷いた。


「水月。彼等の『間』を狙いなさい、と言ったでしょう?」
「遙、遙、遙……」
 初音は、自分の隣でライフルを構えたまま、遙の名前を呟き続ける水月を一瞥すると、ふぅ、と小さくため息を吐いた。
 初音に心を囚われた水月に動揺は無い。
 銃を撃つ事に対する恐怖感も無くなり、持ち前の身体能力と合わさる事で、少し離れた場所からでも性能の高い銃があれば、目標に対して正確に射撃する事ができるようになっていた。
「まぁ、いいわ。あの子達が途惑ってくれればそれでいいのだし、ね。それにしても、ふふ。よりにもよって、かつての『友』を狙って撃つなんて。本当、面白い事……」
 初音の目には、耳には、遠くの方で『贄』達が争っているのが、まるですぐ近くで行われているかのように理解できた。
 裏切る、そして裏切られる、生み出したのは女郎蜘蛛。
 蜘蛛が獲物をいたぶるが如く。
 初音は静かにその光景に目を向けていた。

【比良坂初音 アトラク=ナクア アリスソフト状 ○ 持ち物 なし 鬼】
【ケルヴァン・ソリード 幻燐の姫将軍1と2 エウシュリー  状○ 持ち物 なし 鬼】
【鑑 純夏 マブラヴ age 状 ○持ち物 ハンドガン(あの後貰った) 装填数 20発 狩】
【剣 冥夜 マブラヴ age 状 ○ 持ち物 刀 狩 】
【鎧衣 尊人 マブラヴ age 状 ○持ち物 ハンドガン 装填数 20発 狩】
【速瀬水月 君が望む永遠 age 状 △(暗示(贄)) スナイパーライフル(鬼側の武器を初音が持ってきた) 狩】



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