狂気の一端
まるで糸の切れた操り人形のように転落していく少女。
朱に染まる不思議な光景を、何なのか理解できなかった。
何かのかはしっかりと眼に焼き付けられていたというのに。
――なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
――自分の責任だ・・・自分のせいで・・・アーヴィがアーヴィがアーヴィが、
・・・悪いのは――ぼく
ぼく
ぼく
ボク――ちがうちがうおまえだオマエダ――
どっくん!!
私の中で、何かが疼いた。
裏切った痛み、裏切られた痛み、身体が熱い、私の中の何かが、叫んでいる。
やっちまえ
やっちまえ
やっちまえ――うらぎられたうらぎられたウラギラレタ・・・。
でもちがう
ちがう
ちがう。
(いや・・・いや・・・っ!)
聞きたくない。
何だか解らない、でも、圧倒的なまでの不快感だった。
ずくん。
ずくん。
ずくん――。
その何かがマグマのように私の前面へと出てこようとしている。
――もう抑えられない。
「橘さん!」
全身を揺すられて私はようやく正気に戻った。
「あ・・・。」
「うなされていました・・・。大丈夫ですか?」
ぼんやりと現在の状態が思い出されてくる。
(そうだ・・・今日は動くの、やめたんだっけ・・・。)
時間の感覚はなかったけど、なんとなく夜な様な気がした。
「夜・・・なのか、な・・・。」
薄暗い森の中はいつでも夜のような暗さだった。
「ここでは、夜ではないかもしれませんね。でも・・・私たちの世界では、夜なんだと思います。」
隣の木に背中をもたれ掛けさせながら百合奈先輩が言う。
「私も・・・眠い、ですから。」
「あ、私が今度は見張りしてますから――」
「そうですか・・・。では、少し・・・」
余程疲れていたのか、先輩はすぐに細やかな寝息を立て始めた。
(お腹・・・空いたなぁ・・・。あんパン食べたいな・・・。)
ぼうっとそんなことを考えてしまう。
いつも大輔ちゃんが半分こしてくれた、あんパン。
(私があんパン好きなの、大輔ちゃんのせいなんだから・・・。分かってたのかな・・・。)
大輔ちゃんの家に遊びに行った時、お腹が空いていた私に自分の夕食になるはずのあんパンを半分にしてくれたこと、後で知ってから後悔した。
そんなこと知らなかった。悪い事しちゃったな・・・。
そんな思いから私はお母さんに頼んで大輔ちゃんを夕食に招待したんだった。
「・・・っ」
また、視界が緩む。
(泣かない、泣かない・・・)
唇を強く噛んで耐える。
油断すると家に帰る事が脳裏に浮かび、それが引き金で――大輔ちゃんの言葉が思い浮かんでしまう。
何もない空間から瞳を逸らすと、百合奈先輩のうなじが薄暗い森の中に白く輝いているようだった。
その表面にはうっすらとまだ戦いの痕が残っている。
闘い・・・ヒトの。
互いの――命を賭けた・・・。
「アーヴィ・・・ちゃん・・・生きてるのかな。」
悪夢の中に現れた小さな女の子の事が気になった。
普通に考えて、あの状況で生きているはずがない。
でも、何故か・・・生きているんじゃないか、そんな予感がする。
(私の中で・・・何かが目覚めてる・・・。)
自分の手を眺めても何もない。
見た目には何も変わらないけど、自分の中の”何か”が違う・・・。
「藍ちゃん・・・何が分かったの――?」
最後の異様さ。
あれは、藍ちゃんの中の何かがそうさせたものだと今でも信じている。
(他ならぬ藍ちゃんだもん。恋ちゃん任せても・・・大丈夫だよね・・・。)
「――・・・ん・・・。」
「え?」
振り返ると、百合奈先輩が寝言を言っているようだった。
ただ・・・。
「せん・・・ぱい・・・?」
初めて見る、百合奈先輩の――涙。
先輩は、泣いていた。
それも・・・・・・
「大輔――・・・さん・・・。」
大輔ちゃんを想って・・・・・・。
(先輩・・・・・・先輩も・・・)
胸が張り裂けそうだった。
自分の大好きなヒトが、他の女の子からも慕われているということ。
独占欲、嫉妬、感謝――。
様々な気持ちが入り混じって、堪えられなくなる。
(大輔ちゃん・・・今は、やっぱり泣いちゃうよ・・・。)
今はもういない、大輔ちゃんのシャツで作った髪留めをはずし、ギュッと握る。
――やっぱり天音は泣き虫だな・・・。ほら、もう泣くなよ・・・。
そんな、優しい声が聞こえた気がした・・・。
【橘 天音@Canvas〜セピア色のモチーフ〜(カクテルソフト)所持品:なし 状態:○】
【君影 百合奈@Canvas〜セピア色のモチーフ〜(カクテルソフト)所持品:なし 状態:○】
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