裏切りの代償
「見つけた!」
白銀武の視界に、一人の男の姿が飛び込んできた。
否、良く見てみると、その他にも男と女もいる事に気付く。
「仲間か……? 綾峰、委員長! 見つけたぞ、あの男だ! 仲間らしい奴等もいる、気をつけろよ!」
武は興奮しながらも、猛る気持ちを抑えて小声で近くにいる仲間達を呼ぶ。
「すぐに行くの?」
綾峰の問いに、武は力強く頷いた。
「おい、お前孝之って言ったよな? そっちの娘、大丈夫なのか?」
歩く足を止めて、九郎が心配そうな視線を遙に飛ばす。
多少休んだとはいえ、まだ全快とはいえないのだろう、遙の足取りは重く、ともすれば何時転んでもおかしくないような状態だった。
だが、孝之は九郎に顔を向けると、頷く事でその問いに答えた。
「俺も遙を休ませたいとは思っているけど、襲ってきた奴は遙を狙っているみたいだった。それに九郎さんの探している人も心配だし、今は先に進んだ方がいいと思う。遙もそれでいいよな?」
「あ、う、うん……。私は平気だから」
憔悴しきった表情だが、それでも遙はぎこちなく微笑みながら頷いた。
「そうか……。辛いと思ったらすぐに言ってくれよ。アルならそう簡単にくたばりはしない。心配しなくても大丈夫……」
そう九郎が言葉を発した瞬間だった。
木陰から銃を持った人影が、飛び出してきた。
「あ、あんた達はさっきの!」
「たまの仇! ようやく見つけた!」
武達はサブマシンガン、弓、マグナム銃をそれぞれ構えながら、九郎達の前に姿を現した。
「あれは白陵の制服!? た、孝之君!」
「あ、ああ……。あいつらも俺達と同じ……?」
武達が身に付けている制服を見て、遙と孝之が小声で会話する。
「くっ! だから俺がやったんじゃないって!」
「嘘を吐くな! その銃で殺したんだろ? たまを、俺達の仲間をっ!」
サブマシンガンを抱えて、武が叫ぶ。
「あなた達も動かないで。私達が用のあるのはその男だけ……、って! あなた、もしかして涼宮さんのお姉さん!? なんでこんな所に……?」
「あ……、あなた榊、千鶴……ちゃん?」
榊と遙は、現状を忘れ、お互いの顔を見詰め合った。
「し、知っているのか、遙?」
「う、うん。この前、茜の水泳の大会で一回だけ会った事がある娘なの……」
遙の体調が完全に戻ってから、初めて行った茜の水泳大会。
そこで二人は茜を通じて一度出会っていた。
「ど、どうして貴方がそんな男と一緒に……? まさかお姉さんもそいつの仲間なの!」
榊が拳銃を孝之達の方へと向けた。
「な、仲間? この人は九郎さんて言って……」
悪い人じゃない、遙がそう言おうと口を開きかけたその時だった。
「違う!」
孝之はそう叫ぶと、遙の手を取って武達の下へと走り出した。
「お、俺達はこいつに脅されて仕方なくついていたんだ。だから頼む! 俺達を助けてくれ!」
『なにぃ!?』
九郎と武の声がハモった、しかし、その言葉が意味する内容はまったく正反対のものだった。
九郎の口から出たのは、驚きを表す言葉。
武の口から出たのは、怒りを表す怒声。
「た、孝之君! どうして……」
しかし孝之はその問いには答えずに、そのまま武達を盾にするかのように彼等の後ろへと回り込む。
九郎一人に対して、武達は三人。
孝之の、素人の目から見ても、彼等の武装は有利そうに思えた。
なにより、白陵という共通の関係を持つ者達と、銃を持った訳の判らない男という違い。
(これでいいんだ、俺達は死ぬ訳にはいかないんだから! 裏切り? 違う! 俺達はあの男と仲間にだってなっちゃいなかった!)
罪悪感を打ち消そうとするかのように、孝之は己の心の中で呟いた。
「たまを殺して、この人達まで……。そういや、あんたの名前、聞いてなかったよな? 俺達に教えてくれよ」
「……大十字九郎」
孝之の裏切りに呆然とした表情のまま、九郎は武の問いに答える。
「九郎って言うのか、あんた。最期に何か言い残す事は無いか?
たまは何も言えないまま死んじまったけど、言いたい事があるのなら聞いてやるよ」
しかし九郎は黙ったまま、その言葉に答えようとはしない。
「言い残す事は無い、と」
カチャリ、と音を立てながら、サブマシンガンを構え直す。
「ふ、ふふ……」
「あ? 何がおかしい!」
不意に九郎は笑い出した。
「笑うのを止めろ!」
武がそう言っても、笑い声は止まらなかった、むしろ、だんだんと大きくなっていく。
「止めろ!」
武の叫びが辺りに木霊する。
すると、九郎はピタリと笑うのを止めると、今度は少し歩いて、丁度武の正面になる場所で立ち止まる。
「いや、あんた達があまりにおかしくてな。俺は、こう見えても結構命のやり取りってのをしてきているんだよ。中には、化け物みたいな、いや化け物ともやりあった事もある」
「だから何だって言うんだ!」
九郎は、ふぅ、とため息を吐く。
次の瞬間、彼の手にはそれまで腰にぶら下がっていた『クトゥグア』が掲げられていた。
武の背に戦慄が走る。
「あんた達は、そいつらと決定的に違う部分がある。一つ、殺気が無い。内心、本当は殺したくない、なんて思っているんだろ?」
「そんな事……!」
「二つ」
武が何かを言おうとするが、九郎はそれを無視するように話を続ける。
「俺がこうやって銃をあんたに向けていても、あんたも、まわりにいる仲間も、その手に持つ武器を使おうとしない。甘すぎるんだよ。本当なら俺はもうニ、三回は死んでいるよ」
九郎は綾峰と榊の顔を見渡した。
「三つ。あんた達は……優しすぎる」
九郎はそう呟くと、手にしていた『クトゥグア』を地面の上に置いた。
そのまま、自分の両手を頭上に掲げると、一歩だけ武の近くへ足を踏みだした。
「仲間の為に。そんな考えを持っている奴等を、俺はこの手で殺せない。……実を言うと、俺も結構甘いんだよなぁ……。アルがいたら、何言われるか判ったもんじゃないけどな」
上げた手の片方を動かして、自分の頭をポリポリと掻く。
「さっき、最期に一言、なんていったな? じゃあ、これが俺の最期の言葉だ。俺はあんた達の仲間を殺したりなんかしていない。……痛くしないでくれよ?」
九郎は手を上げたまま、ゆっくりと両目を瞑った。
「白銀君……。もしかして、この人本当に……?」
榊が、武の顔を覗い見るようにしながら、そんな事を呟いた。
綾峰は、やはりいつもの表情のまま九郎の事を見つめている、しかしその手は固まったまま動こうとはしていない。
「お前……本当に」
手に持ったマシンガンを下げて、武がそんな言葉を呟いたのと、遙の叫び声がその場に響いたのは、ほぼ同時の事だった。
『!?』
その場にいる全員が、遙の方へと視線を向ける。
そこには、足を抑えてうずくまりながら苦しんでいる遙の姿があった。
【鳴海 孝之 君が望む永遠(age): 狩 状態良 所持品:コルトパイソン】
【涼宮 遙 君が望む永遠(age): 招 状態 △ (右足銃弾貫通) 所持品:拳銃(種類不明)】
【大十字 九郎 デモンベイン(ニトロ+) 状 ○ 持ち物 イクタァ、クトゥグア(共に銃)招】
【榊 千鶴 マブラヴ(age) 狩 状 ○ 持ち物 マグナム銃 装填数 6発】
【綾峰 慧 マブラヴ(age) 狩 状 ○ 持ち物 弓 矢10本、ハンドガン 15発】
【白銀 武 マブラヴ(age) 招 状 ○ 持ち物 サブマシンガン 装填数 2000発(およそ二分間打ち続けられる)】
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