インターミッション
鳴海孝之と涼宮遙は、襲ってきたドライから逃れる為に、森の中を必死で走っていた。
しかし、元々身体が丈夫な方では無く、また三年もの植物状態が続いた遙にとって、僅かな時間だとしても、全力疾走というものは苦痛以外の何物でも無かった。
そして、とうとう限界が来る。
「あぅ……!」
「遙っ!」
遙の足がもつれ、地面の上に転倒してしまった。
それを見た孝之は、すぐに遙の近くへと戻ると、彼女の手を取って、無理やり立たせようとする。
「遙、立てよ! 追っ手が来ているかもしれないんだぞ!」
「た、孝之君……。だって、足がもう……」
「だってじゃねぇよ! ほら、早く!」
孝之は遙の腕を引っ張るが、もはや既に遙の足は彼女の思う通りに動かなかった。
それを見た孝之は、自分が苛立っている事を隠そうともせず、さらに遙の耳にも聞こえるくらいの大きな舌打ちをする。
「おい、あんたら!」
「!?」
孝之達の耳に、突然男の声が聞こえてきた。
慌てて声のした方に振り向くと、そこに立っていたのは一人の男、三流探偵、大十字九郎、その人である。
白銀武達の前から逃げ出した九郎は、一組の男女のような人影を目に留めた。
もしかしたら、アルが誰かに保護されたのかもしれない。
この世界がどのようになっているのか、まだ何も知らない九郎は、その二人の人影にとりあえず声を掛ける事にしたのだ。
孝之は、腰に掛けていた銃を構えると、九郎にその銃口を向ける。
「だ、誰だ! お前も俺達を殺そうとするのかっ!」
「違う! 俺はあんた達に害を与えようとは思わない! 見ての通り、俺の手には銃も無い。だからその銃を下ろしてくれ!」
九郎は両手を上げてその場に立ち止まりながら、孝之を説得しようと試みる。
「孝之君……」
孝之の後ろから遙の不安げな声が聞こえてくる。
(そうだ。遙は俺が守らなきゃならないんだ、水月の為にも!)
ドライの前から、水月を見捨てるようにして逃げた孝之の心の中では、既に水月は過去のものとなっていた。
死んだ水月の代わりに、遙を守る、そんな決意。
「お前、本当に俺達に何かするつもりは無いのか?」
「あ、ああ! それは約束する!」
孝之の言葉に、九郎は安心したような表情を浮かべた。
「俺は、ただ一人の人間……、つーか、何て言えばいいのか……。ともかく、人を探しているだけだ。誰かを殺そうとなんてこれっぽっちも考えてない。この銃だって護身用だ、化け物相手ならともかく、普通の人間に向けたりはしないさ」
九郎は腰に掛かっている銃を指差しながら、そんな言葉を孝之に告げた。
「あんた、銃を使えるのか……。だったら、お願いだ! 俺と遙をどこか安全な所まで、連れて行ってくれないか、頼む! 俺達は今命を狙われているんだ!」
「命を?」
九郎の問いに、孝之は頷く事で答える。
「俺はこいつを守らなきゃならないんだ、水月の為にも……。だから!」
九郎の目に映る孝之の姿がある人間と重なる。
神の鎧を身にまとい、ただ一人孤独に戦う天使の姿。
「俺はさっきも言った通り、人を探している途中だ……」
「そんな……!」
孝之の表情が絶望で曇る。
「だから、そいつが見つかるまでは、俺はあんた達と一緒に行動しよう。だから、あんた達も俺の人探しに協力してくれ」
「あ、ああ、勿論だ! いいよな、遙?」
孝之は自分の後ろに視線を飛ばし、遙の姿を見る。
遙もコクリと頷いた。
「とりあえず、この森を抜けよう。俺が探している奴は、この森の先にいるような気がするんだ」
森の先の方を指差して、九郎が孝之達に告げる。
「あ、あの……。その探している人ってどんな方なんですか?」
遙がおずおずとしながら九郎に訊ねる。
「ああ。紫っぽい髪をした女だよ。見かけはガキなのに、やたら態度がでかいのが特徴といえば特徴か。心当たりは無いか?」
「……似たような奴は知っているけど」
「本当か!」
九郎が孝之に詰め寄る。
「い、いや。そいつの髪は紫じゃないし、そもそもこんな場所にはいないだろうから、あんたの探している奴とは違うと思う」
「そうか……。まあ、ともかく先に進もう。あんた達は狙われているらしいしな」
九郎の何気ない言葉だったが、孝之と遙の表情が一気に沈んでしまう。
速瀬水月。
孝之と遙、共通の友人で、二人にとって大切な存在だった。
彼女を見捨ててしまった事は、今でも二人の心を苛んでいた。
九郎は雰囲気を察したのか、一言、すまない、とだけ言葉を呟くと、森を抜ける為にその足を動かし始めた。
【鳴海 孝之 君が望む永遠(age): 狩 状態良 所持品:コルトパイソン】
【涼宮 遙 君が望む永遠(age): 招 状態良 所持品:拳銃(種類不明)】
【大十字 九郎 デモンベイン 状 ○ 持ち物 イクタァ、クトゥグア(共に銃)招】
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