ねがぽじ投入






 初音は沈黙していた。黙祷をささげるようにも、座禅を組んでいるようにも見える。
 私は蜘蛛。蜘蛛は巣をはり、そこを根城に人々を食らう。
 とはいえ、協力の代償として多少力を使った今、それはさほど大きいものではない。
「まあいいわ。そのうち、この先行投資が気にならないほど、強大な力が得られる。ふふ、それまでの辛抱かしら」
 彼女が愛しそうにその爪を眺めていた時、ふと温かい物がよぎった。
 ――獲物がかかった。
「ふふふ・・・ただ魔法使いを集めるだけじゃ、生娘は集まりませんもの。一般も・・・まきこまなければね」
 いろいろあったものの、何とか普通の学生生活していたわけだけど、
「で、ここどこ?」
 うっそうと生い茂るジャングル、というか見慣れない虫もいっぱいいるし。
「ラジオ電波が受信できないとなると、人里離れた密林か、それとも・・・」
「それとも?」
「異世界か」
 にや、と遠場 透が人の悪い笑みを浮かべる。
「えええぇぇーーー!!」
「姉、うるさい、だまれ」
「は、はい(汗)」
 妹のひなたに叱咤され口篭もる。彼女・・・は広場まひる。
「で、どうするの? これから」
 香澄がラジオを片付けている透に言う。
「なんのあてもない以上、ヘタに動かないほうがいいなぁ」
「でも・・」
 ぐぅぅぅーーー。
 みんなの視線が一斉にまひるをむく。
「あの、お・・・お腹すいちった」
「はぁ、あんたは脳天気でいいわね」
「あは☆」
「誉めてない」
「そ、それよりさ、さっきの声、なんだったんだろ?」
『声?』
 香澄と透が見事にハモり、香澄がロコツに嫌な顔をする。
「姉、私たちだけみたいよ」
「え?」
「そうね、本来、用があるのはそのふたりだけだから」
 すっ、と闇に同化していた姿が現れる。
 厳密に言えば、見えたのはまひるとひなただけだ。残り二人は突然の声に狼狽している。髪を掻き揚げながら近づく少女は、初音だった。かなり近づいたところで、やっと香澄がその存在を理解した。
「あの、ここはどこなんでしょうか? あなたは?」
「ママトト、平たく言えば異世界かしら。それと私は初音」
「異世界?」
「まひる、ひなた・・・合ってるかしら?」
「え?」
 初音は香澄の言葉を無視し、ふたりを交互に指差した。
「えと、あたしって有名?」
「来て貰えるかしら?」
 有無を言わさずまひるの手を取り、引っ張る。
「ちょ、ちょっと、なんなんですかいきなり。だいたいここはどこなんです? 貴女は一体? それに、」
 必死に抑えていた感情が露になり、パニックになりながらもなんとか言葉を紡ぐ。
「邪魔よ」
「痛っ」
 初音にすれば軽く払った程度だが、そもそもの膂力が違う。香澄は思い切り飛ばされ、幹に頭をぶつけた。
「か、香澄!」
「生娘でない人と、男に用はないの」
「やめろー!!」
 ビリッ
 まひるの制服が裂ける。中から鳥のような右翼が姿をあらわし、力強く波打った。
「きゃっ」
 不意の圧力に初音が飛ばされる。
「思ったよりやるわね」
「まひる、逃げるぞ」
 香澄に肩を貸していた透が叫んだ。
「逃がさないわ。魔法が使えても非協力的なら殺しても可、でしたよね」
 嬉しそうに初音が笑う。魔法を使える者はここの住人にするため、基本的に手出しをしてはけないことになっている。が、もとより懐柔の意思などない。神経を逆撫で、恐怖に引きつる弱者をいたぶるつもりだ。
 走る一団、追う初音。比翼のまひるはバランスが悪いのか、いまにもこけそうだ。
「す、すけるぅ、あいつなんなの?」
「とおる、だ。俺に聞かれてもなぁ」
 至極のんびりとした口調で言う。
「透、まひるが戦った方が早いんじゃない?」
「なっ」
 ひなたの言葉に香澄が非難の視線を向ける。
「正論だ。でも、負けたら?」
「そ、それにまひるを危険な目にあわせるだなんて」
「ふぅ、もてるっていいわね」
「あはは・・・」

 べちゃびちゃ
 足音が変わる。湿地帯に入ったらしい。透が振り返ると、かなり余裕の表情で初音がつけていた。
(遊んでやがるな)
 透はポケットから大き目のフィルムケースを取り出し、立ち止まった。
「と、透?」
「先に行ってろ」
 透はフィルムケースの蓋を開け、中身を水溜りに投げ入れた。宙を舞った塊は、水につかると発煙しながら爆発する。
 それを確認した透は、きびすを返しみんなの後を追う。
「あ、あんた何したの?」
「カリウムは水と反応し水素を発生させる。反応時の熱によって発煙、目くらましとなる。でもまぁ・・・」
 透が大きくため息を吐く。
「無意味だったらしいな」
「そんな」
 煙の中からは常が姿をあらわした。黒いセーラー服は汚れているが、無傷なのだろう。
「びっくりしたわ・・・貴方も、魔法が使えるのかしら?」
「ち、力は、強くても頭は弱いらしいな。化学実験だよ」
「そう、安心した」
 初音は跳躍し、一気にまひるの首をつかんだ。三段跳びの要領で木々を伝い、距離をとる。
「な、なにを」
「ひなたって子もいいけど、まずはあなたから」
 初音はその爪を露にすると、まひるの服を引き裂いた。
「あ〜れ〜、お代官様〜」
「ふふ、面白い子。さて」
 と、まひるの下半身に目を落とした初音が唖然とする。どれくらい驚いたかというと、目を点にしてギャグキャラと化すほどに。
「あ、あなた男?」
「えと、一応・・・女じゃないです(汗)」
「・・・・・・」
 酸欠の金魚のように口をパクパクさせる初音に、まひるがどなった。
「ていうか、さっきはよくも香澄を殴ったな!」
「ちょ・・・」
「うりゃぁぁーーー!!」
「きゃっ」
 まひる渾身の一撃は見事に不意をつき、初音を吹き飛ばした。
「香澄ぃ!」
「まひるーー!・・・きゃっ」
「へっ? うわっ」
 まひるが自分の姿を見て、叫ぶ。そう、彼女・・・もとい彼の服はぼろぼろで大事なところが全開だった。
「う〜ん、男の裸見て昂奮できる自分が素晴らしいと思う」
「馬鹿言ってないで、あんたの上着、貸してあげたらどう?」
「それもそうだな」
 透は学ランを脱ぐとまひるに渡した。
「ありがと、すける」
「とおるだ」
 学ランにそれを通す。ワンピみたいになってしまった。
「で、あいつは何?」
「う〜ん。まひるの存在自体が異様だけど、さっきの女――初音だっけ――もなぁ。異世界、っていうのを信じるほかないか・・・」
「そ、そんな」
「でもまぁ、来れたんなら戻れるでろ。さっきの女の言葉からして、黒幕がいる見たいだし、そいつをとっちめれば」
「と、とっちめるたって」
 香澄が狼狽する。が、それを言い終わる前に、まひるが叫んだ。
「あたし、やる」
「まひる! あんた、なに言ってるのよ」
「だって、香澄を傷付けた奴は、許さないから」
「じゃあ、俺とまひるは賛成。ひなたは?」
「わたしは・・・・・・わたしはまひるを守るから。命に代えても」
「ひなた・・・」
「で、どうする香澄さん?」
「わ、わかったわよ、私もなんとかがんばってみる」
「よし、決まりだ。んじゃま、いっちょがんばりましょうや」

【広場まひる(♂)、広場ひなた、桜庭香澄、遠葉透、ゲーム「ねがぽじ」(Active)より、参加】



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