生ける屍






「私は…生きていようが死んでいようが…同じなのだ・・」
低く、重い声で男は言った。
ボロボロに擦り切れた衣服、微かに血の跡がこびり付いたヘルメット。
弾を全て使いきり、銃剣と化した38式歩兵銃。
誰が見ても、ついさっきまで苛烈な戦場にいたとしか思えない格好をした男だった。

男の名は、長崎旗男。
魂を戦場に置き忘れた、生ける屍。
静かな森の中
辺りには、言葉を紡ぐ長崎自身と、そしてもう一人。

「戦友(とも)は皆死んだ―殺された・・・私だけが生き残った・・・・幾多の屍を踏み越えて帰った故郷は焼け野原になっていた―ウィミィの空襲によって・・・・家族も皆死んだ・・帰るべき家も灰になった・・」
そこで言葉を区切り、長崎は虚ろな瞳を目の前にいる青年に向けた。
「私には何も無い・・この世界に飛ばされるまで私は森の奥にいた・・静かに、朽ち果てるために・・・今もまた私は森の中に居る・・何も、変わらない・・・」
「・・・」
青年は、何も言えなかった。
男の語る内容の凄まじさに圧倒されたからではない。
長崎の語る内容が、彼にとって余りにもリアルだったからだ。

彼は、学生服の上に妙に古風な趣の上着を纏い、左手に無骨な、それだけに殺しの道具としては洗練された一振りの剣を携えていた。
名は、高嶺悠人。
異世界に突然召還され、ラキオスと呼ばれる王国において、義妹、佳織を人質に戦を強制され、今日に至るまで彼を助けるスピリットとともに戦場を乗り越えている。
そして、悠人がこの世界に飛ばされる数瞬前の過去で、彼はかつて元の世界で共に日々を過ごしてきた二人の親友と巡り合っていた。
敵同士として

「(今日子・・光陰・・)」
彼は義妹の為に、幾人(スピリットはあの世界において人とは見なされてはいないが、彼にとっては同じ事だ)もの敵を己に与えられた、『求め』と呼ばれる神剣を振るい、屠ってきた。
そのことは、彼にとって苦痛だったが、妹の為と割り切る事ができた。
今となってはその妹も他国に奪われてしまっている。

「(もし・・あの二人を殺して・・・そして、佳織が死んでしまったら・・?)」
俺も、ああなるのだろうか?
「違う!」
我知らず悠人は叫んでいた。

「俺は絶対に今日子も光陰も殺さない!佳織だって助けて見せる!みんなで生きて元の世界に帰るんだ――!」
「ふん、まるで悲鳴だな」
不機嫌そうな声とそっくりの表情で、男が突然草むらから姿を現した。

「誰だ――!?」
反射的に身を翻し、神剣を構える悠人の姿を冷めた目で見ながら男は言った。
「慌てるな、別に危害を加えるつもりは無い」
その気があれば既に貴様は三度滅している、誰にも聞えないように微かな声で呟いた後、悠人が警戒しつつも構えを解いたのを確認してから軽やかな動作で二人の前まで移動する。
黒い高級そうなスーツに身を包んだその姿は一見一流企業に勤めるサラリーマンにも見えなくは無い。
男は悠人を値踏みするかのようにじろじろ見ている。

長崎旗男には一瞥もくれない。
先ほどの会話を聞いていたのかも知れない。
どちらにせよ旗男は変わらず生ける屍だ。
「俺の名は飯島。とりあえず状況はお前達と同じだ」
そう短く言ってから、飯島と名乗る男は辺りを注意深く見渡して、わずかに舌打ちした。

「話は後だ、とにかく一度場所を変えるぞ」
「おい、いきなりなにを・・・」
「お前はまだ気が付いていないのか?」
露骨な嘲笑を隠そうともせず飯島は言った。

「ここは戦場だ。俺はここに来るまで幾度も殺し合いをの跡に遭遇した。そして今、貴様の大声を聞いた何物かがここに接近している。遭遇したくはないだろう?」
悠人は突然現われた男の言葉に顔をこわばらせる。
この世界に分けもわからず落されて、直ぐに長崎と会った。
お互いが全く別の世界にいたことを確認し合い
ならば元の世界に帰る為に協力しようと提案した所、長崎が徐に重い過去を語り始めたのだ。
未だ彼はこの世界で何が起きているかを全く知らなかった。
だが、彼も又幾多の戦場をくぐり抜けて来た戦士である。
すぐに思考を切り替え、辺りの敵の気配を探ろうとしてすぐにあることに気が付く
「(そういや神剣以外の気配は探れないんだよな・・バカ剣)」
胸中でため息をつく、その背後に低い声が投げかけられた。
「何をしている・・・あの男はもう移動しているぞ」
「あんた・・?」
一瞬、悠人の顔に驚きの表情が浮かぶ。
無理も無い
先ほどここでこのまま朽ちていく――そう宣言した長崎旗男が悠人を促してるのだから。
「・・・行くぞ」
悠人の戸惑いなどまるで意に介さず旗男は機敏な動作で飯島の後を追った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
慌てて自分の後を追う若者の顔には、どれだけの困難にも屈しない力強い意思が確かに漲っていた。
それこそが、長崎旗男を動かす切っ掛けであったと、彼自身まだ実感してはいなかった。
今のところ彼はこう思っていただけだ。
「(戦場なら・・私も死ぬことができるだろう・・)」

【飯島 克己@モエかん: 狩 状態良 所持品:ワイヤー】
【高嶺悠人@永遠のアセリア: 狩 状態良 所持品:永遠神剣・第四位『求め』】
【長崎旗男@大悪司: 狩 状態良 所持品:銃剣】



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