春日せりなは静かには暮らせない






「何なのよ…もう」
行けども行けども森、自分の見慣れた町並みはどこにも存在しない。
豪快を絵に描いたような少女として幾多の逸話を持つ春日せりなといえども、
今の状況には困惑を禁じえない。
いつもの面々と遊んでいたらいきなり声が聞こえて、気がついたらここにいた。

「はっ、もしかして私は伝説の勇者様って奴?それでもってこの森を抜けたら村があって
そこで私は救世主として…」
そこから先は言うのをやめた、いくら何でも虫が良過ぎる話だと我ながら思ったから。

だが春日せりなが考えるほど、この世界は甘くはなかった。
事実、いつまでたっても森を抜け出せる気配は無かったし、しかも出迎えは魔王の搾取に苦しむ
善良な村人などではなく、死体だったのだ。

標本や写真なんかじゃ決してありえない生の死体…しかも…。
胃の奥からすっぱい何かがこみ上げてくる…それでもせりなはその無残な、いや異常な死体から目を離せない。
何が異常かと言うと、その死体はまるで焼き魚のように、きれいに手足や胴体の肉や内臓だけが無くなっており
言わば理科室の骨格標本の上に制服を着せ、女の子の顔をくっつけたような死体だったからだ。

その女の子の顔はまるで眠るように安らかだった、ピンクの髪をしたまるで猫の耳のような癖毛が特徴的だ。
身に纏っている軍服チックな制服は、せりなにも見覚えがあった。
「白稜柊…私より頭悪そうに見えるけど勉強できたんだね」
生きている本人が聞いたら間違い無く気分を悪くするであろうセリフを、せりなは口にしていた。
我ながらこんな言葉しか出てこないのを不思議に思いながら。

「今…お墓を作ってあげるね」
それから後は、せりなもこれくらいしか口に出すことが出来なかった。
せりながようやく珠姫の遺体に土をかぶせ終わった時だった、不意に自分の背後から声が聞こえた。
「春日せりなだな?」
「……」
背後からの問いかけにせりなは何も答えない。
「春日せりなだな?」
「いきなり後ろから初対面の人を呼び捨てる礼儀知らずに答える口は持ってないの」
声をかけた相手は、せりなの言葉に暫し沈黙したが、やがて苦笑すると
今度は改めてせりなの正面にから言葉をかける。

「これは失礼した、非礼平にご容赦頂きたい、己の名はギーラッハ、故あって迎えに参った」
迎えという言葉を聞いて、やはり自分は勇者かもっ、と一瞬甘い期待を寄せるせりなだった。

「…というわけだ」
「で、断ったら?」
せりなの問いにギーラッハは即答する。
「その結果は、貴様の足の下にある骸が良く知っているだろう?」
「ふぅん…」
暫しの沈黙、そしてせりなの肩が小刻みに震えた瞬間、彼女は文字通り爆発した。

「冗談じゃないわよ!逆らったら人をこんな風にするような連中と命惜しさに仲良く暮らせるほどね!
この春日せりなは腐っちゃいないのよ!!」 
せりなはまっすぐな怒りの感情を込めた視線でギーラッハを睨みつけている。
「ならばこの瞬間より、己と貴様は敵ということになるがそれでもいいのか?」
ギーラッハの手が剣に伸びる。
「望むところよ!!」
せりなも手に持った棒を構える、その様子を見てギーラッハは困惑を禁じえない。
(この娘、己が恐ろしくは無いのか?それとも何も考えていないだけか?)
ギーラッハは不思議と目の前の娘に興味を覚え始めていた。
「やめろ…その得物をそれ以上振りかざせば、己は貴様を斬らねばならなくなる」
ギーラッハの瞳に気合が篭る。
だが、その眼光に威圧されながらもせりなはさらに構えた腕に力を込めたのだった。
(日中でしかも手加減しているとはいえ、己が眼力に抵抗するとは…)

どれくらいの時間が経過しただろう、やがて。
「まぶしいな…」
そう一言呟くと、ギーラッハはそのまませりなに背を向け、その場から立ち去って行く。
その背中にせりなの罵声が飛んだ。
「ちょっと!そっちから喧嘩売って逃げるの!!」
振り向くことなくギーラッハは応える。
「警告はした、おそらく己と貴様では戦いにもなるまい、いかに務めとは言え決まりきった勝負事など
 己には下らぬ児戯よ」
「だからって放っておいてもいいってこと!!激しくむかつくわね!」

その言葉を聞いてギーラッハが振り帰る、そしてその瞳がさらに鋭く光った。
その光を見た瞬間、せりなの身体から力が失われていく…。
(これが…実力の差って事!?)
先程のものとは比べ物にならぬほどのプレッシャー、まさに歴戦の戦士のみが持ちうる必殺の威圧だった。
「それでも貴様がもし抵抗する事を選ぶならば己も全力でお相手しよう、だが考え無しに命は無駄にするな」
ギーラッハの腰の剣がかちゃりと冷たく鳴る。
せりなは、ぱくぱくと金魚のように口を動かす事しか出来なかった。
「また会ったときは容赦せん、その時、いやそれまでに討たれるようであれば、それは貴様がそこまでの
 器だったというだけだ…己を失望させるな」
未だに金魚状態のせりなを置いて、ギーラッハは悠然と立ち去るのであった。
それから、せりなは珠姫の墓の前で座りこみ、何かを考えていた、いや考えるふりをしていた。
そうだ、考えるまでも無いことではないのか。
少しでも多くの人を助ける、そして皆で生きて帰る。
誰かの死体を見るくらいなら、誰かを守って自分が死体になる方がまだマシだと思った。
例え自分が生きて帰れなくても構わない。
(みんなごめん、もう会えないかもしれない…でも、それでも他のみんなを助けたいの!)
こうしてせりなは立ちあがると、森の出口を探して力強く歩き始めるのだった。


【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態 ○ 所持品なし】
【ギーラッハ@吸血殲鬼ヴェドゴニア(ニトロプラス) 鬼 状態 ○ 所持品ビルドルヴ・フォーク(大剣)】



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