崩れゆく偶像
現実を認めたくない。
そんな事は今までだってそれなりにあったと思う。
でも・・・。
(これは――あんまりじゃない・・・。)
さっきの事は夢か何かだと思いたかった。
しかし、現実に私の右腕は・・・ない。
不思議とそれほど激痛ではない。
(・・・よく切れる刃物で切ると大して手が痛くないのと同じ、なのかな。)
そんな事を考える。
「・・・料理、か。」
薄曇の空を見上げたまま私は呟いた。
出来もしない料理を始めたのは、急に出来た兄、大輔のためだった。
いつも学食ばっかりで、でも、私に手料理を作ってくれて・・・。
ママが急に結婚すると電話してきたときは驚いた。
しかも、同じ学園内に兄になる男の子がいると・・・。
でも、正直言って嬉しかった。
今まで私は独りだったから。
・・・誰も私を愛してくれない。
そんな思いばかりがいつも胸にあった。
ママが写真家のアシスタントで世界を飛び回っているからか、私の側には愛情という言葉が欠けていたように思う。
家族がいると言うこと――。
それは、私が思っていた以上に素敵なことだった・・・。
だから・・・。
「・・・んく、・・・ひっく・・・・・・。」
堪えようのない悲しみだけが私を包む。
何も、考えたくなかった。
こんなところにいる事。
お兄ちゃんが・・・大輔が死んだ事も。
藍から聞かされたときは嘘だと思った。
質の悪い冗談だと思った。
もう、あの子供みたいな笑顔に会えない・・・。
時に優しくて、時に不安そうなあの人に会えない・・・。
・・・大好きなのに・・・愛しているのに・・・・・・。
「恋・・・ちゃん・・・。」
「あ・・・っく、・・・い・・・。」
そうだ。まだ、私はいい。
私には、まだ藍がいてくれる。
橘先輩の悲しみに比べれば・・・。
「藍・・・。」
気持ちを入れ替えると、私はゆっくり上体を起こし、長座の体勢になる。
「藍、みんなは・・・」
「皆様には・・・先に移動して頂きましたわ。」
藍がこれまでのいきさつを話してくれた。
クモ女を追い払ったこと、橘先輩と自分に何かが覚醒し、それがよく分からないこと・・・。
二人は島の中央に移動していることや、実はこの近くに小屋があるということも。
「私、見えてしまったんです。」
「見えた?」
はい、と藍が場に相応しくない笑顔で答えた。
「あの小屋の中・・・銃火器がありますわ・・・。」
木々の奥にポツンとある小屋を指差し、呟くように話す。
恍惚の表情とも取れる、藍の安心した顔。
・・・違う。
これは・・・藍?本当に、私の知ってる藍なの?
「恋ちゃん?まだ・・・痛むんですね・・・。」
深刻な表情の私を気遣って藍が言う。
「う、うん・・・」
とりあえずうまく誤魔化しておく。
「恋ちゃん、行きましょう?・・・立てますか?」
差し出された藍の手を、私は掴むことが出来なかった。
――生まれた、猜疑心。
「大丈夫、一人でも何とか歩けるわ。」
「そう・・・ですか?」
片腕がないことは今は忘れる。
バランスがとりづらかったけど、何となく藍に掴まりたくはなかった。
そのまま、小屋に向かって歩き出す。
「恋ちゃん・・・強いんですね・・・。あれだけの事があったのに。感動してしまいますわ・・・。」
背後で藍の声がする。
・・・恐怖。
その言葉が一番近いような、そんな不快感。
(やっぱり・・・何か違う!)
「藍――」
私が振り向いたのと、乾いた発砲音と共に”何か”が私の左胸を貫いたのは、ほぼ同時だった。
「何・・・で・・・・・・」
鼓動が一気に早くなる。
打たれた胸を中心に、焼けるような感覚が全身を覆っていく。
「私は・・・”力”を手に入れましたわ・・・。生きるための、力を・・・。」
藍は、微笑んでいた。
「恋ちゃんのお陰、ですわ。感謝しております・・・。でも――」
一旦ここで言葉を切る藍。
「私は――生きていたい・・・。そのためには、負傷者は邪魔なのですわ・・・。」
目の前が霞む。
痛みと、意識の薄れと――涙で。
「藍・・・そん、な・・・・・・。」
「だって、動くのが精一杯の人を抱えて走るわけには参りませんでしょう?」
信じられないことに、藍は笑った。
「重い荷物は捨てる。これは敵から逃げるときの常套手段ですわね・・・。」
捨てる・・・。
その台詞に何もかもが・・・壊された。
ママのせいで入らされた一流幼稚園。
みんな大人しくて、ただ良い子だった。
私は、独りで泥遊び。
それでも毎日楽しかった。
家族のいない、独りの家にいるよりはずっと。
そんな時、私が声を掛けたのが同じように独りでいた藍だった。
私たちはすぐに仲良くなり、つられるように周りとも仲良くなった。
藍とは、それからここまで・・・親友になった。
どこか私たちは似ていたのかもしれない。
でも、それだけじゃなかった。
家族のような・・・少なくとも、私は藍が本当の家族と同じくらい好きだった。
これからも、そうだと、信じてた――。
地面に倒れこんだ私に藍は再び銃口を向ける。
「何が、こうさせるのでしょうね・・・。私にも解りませんわ。」
何故だろう。藍は泣いていた。
この世界に飛ばされたことが悲しくて?
それとも・・・私を殺すことに・・・?
ううん。それは・・・ない。
そうだったら、きっと微笑まない。
表情と声は笑いながら、ただ、泣いていた・・・。
「もう、誰も、信じない――・・・。」
全身から力が抜ける。
暗く沈んでいく視界の中で・・・
「ち・・・がう・・・。」
私は、自分を否定した。
違う。信じられる人が、いる。
私は最後の言葉に、その人の・・・大好きな人の名前を、選んだ。
傍に・・・行きたい・・・。
「だい・・・す・・・・・・け・・・・・・――」
鬱蒼とした木立の合間を縫って、発砲音が響いた――。
【桜塚 恋:死亡】
【鷺ノ宮 藍 状態:○装備:武器庫から既に調達していた拳銃(種類不明)】
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