はじめてのだっそう






「ねぇ…まいなちゃん?」
ゆうなは自分と同じように肩身が狭そうにしているまいなに話しかける。
「おちつかないね…」
彼女の目の前で三日月が逆立ちしていた。

彼女らがいる建物は、あのハゲ親父がいうところの幼稚園らしいが・・・
その内部を見て2人は絶句した。
そこはもうあらゆる自然の摂理や物理法則を無視したようなきらびやかとも禍禍しいとも付かない
誇大妄想の果てというべき世界だったのだから。

ここの主とか言うハゲ親父のしゃべっていたことについてはさっぱり分からなかったし、
聞いてもいない、たしか感性がだの情操教育だのと言っていたような気がするが、
幼稚園のみならず、窓から見える建設中だとかいう病院や役場も、こんな風なのだからかなり怪しい。
ただ少なくとも上機嫌でしゃべる姿を見る限り、このトンチキな世界が理想郷だと本気で信じているようだ。
「HAHAHAオジョウサーン、ノープロブレムネー、マダマダ未完成、ノットコンプリートネー」
勝手にしゃべってそう結ぶと、ハゲ親父は部屋から出ていってしまった。

そんな中でゆうなはちょっと背伸び気分で、こっそり母親の書斎で読んだ小説を思い出していた。
たしか天才がゆえに狂人となった大富豪が絶海の孤島に精神異常者たちの王国を築こうと企てる話だ。
自分たちがいる部屋、窓から見える風景、それらはその小説を読んで想像した王国のそれに近かった。
あのお話の最後って…確か…

と、さっきまで肩身の狭そうだったまいながいきなり立ちあがる、とシーソーになっていたソファが刎ねあがり
片方の端に座っていたゆうなはそのまま空中に投げ出され、巨大なバスケットゴールのネットに
すぽんと吸いこまれていく。
あたふたとネットから降りようとしているゆうなを待つことなく、まいなは大声で叫んだ。
「ゆうなちゃん良く聞いて…今からあたしたちはここから脱走するのよッ!」
「そんな大声で脱走なんて言ったらだめよ」
といいつつもゆうなも脱走には大乗り気だった。
こんな場所にいたら自分が朝倉ゆうなではなく、別の何者かになってしまいそうだ。

と、いうわけで2人はさっそくこの物狂わしい王国からの亡命を決意したのであった。
で、2人はようやく最初に連れこまれた城の前まで辿りついていた。
道中、建物のみならず町割りまでもがとんでもなく、2人は何度も迷ったが
それでも途中誰にも見つかる事は無かった。

「ゆうなちゃん、ここをくぐっていこ」
まいなが指差した先の壁に穴が開いていた、2人がそこをくぐると目の前には花園が広がっていた、
2人は花を摘みながら先を急ぐ、と今度は目の前に白いテラスハウスが見えた。

2人はテラスハウスにそっと近づくと窓から中の様子を伺う、とそこには天井から吊り下げられた
巨大な鳥篭に閉じ込められた少女がいた。
少女は鳥篭の中で椅子に揺られながら編物をしている、その幻想的な光景にしばし2人は時間を忘れた。
まいながそのことに気がつき、ゆうなの襟を掴んで先を急ごうとした時だった。
少女は編物の手を止めて、唇にそっと人差し指を当てると、彼女らを手招きしたのだった。

少女は深山奏子と名乗った。
ゆうなとまいなは奏子から出されたお茶を飲みながら、ぽ〜っと奏子を見つめている。
「どうしたの?」
微笑む奏子にまいなが答える。
「お姫様みたいだなって思って」
「ふふっ、ありがとう」
たしかに奏子が閉じ込められている鳥籠の中は絵本の中でしか見た事が無いような豪華な調度品で
飾り立てられているし、奏子自身もなかなかの美少女なのでお姫様に見えても不思議は無い。

と、その時だった、廊下から足音が聞こえる。
「ケルヴァンさんよ!早く逃げて!」
奏子はキャンディBOXから飴玉を両手に握れるだけ握り出すと、格子の外へ手を伸ばし、
2人へと手渡す。
「奏子さんは逃げないの?」
奏子は微笑を絶やさないまま答える。
「お姫様は王子様が来てくれないと逃げられないの」

ゆうなとまいなはキャンディをポケットに詰め込むと、そのまま外に飛び出そうとしたが
その直前、奏子に向かって頭を下げて大きく手を振る、奏子もそっと手を振ったのを見てから
2人は外へ飛び出していった。

そして2人があわただしく去っていった後、奏子は悪戯っぽく呟いたのだった。
「でも私の王子様は姉様だけどね」


一方のケルヴァンだが、彼もまた奏子について考えていた。
彼女にもしものことがあれば、怒り狂った初音が何をしでかすか分かったものではない。
人質として利用できるその時までは心身共に健康でいてもらわないと困る。
これから先は多忙になる、今までのように監視が行き渡る事もなくなるだろう。
そのスキを突かれ良からぬ輩に利用される可能性が無いわけではない。

「止むを得ん、誰か護衛をつけるか…」


【朝倉ゆうな・まいな@はじめてのおいしゃさん(ZERO) 招 状態 ○ 所持品 キャンディ】



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