迷い込んだ客
「・・・俺はなぜ生きている」
俺は確かに美空に斬られて───
珠姫を死なせたくない。
そうなると己の内の邪神を殺すには恋人に自分を斬らせるという、ある種非情な手段をとらざるを得なかった。
自分の存在がこの世ならざる者を呼び、大切な者を危険に晒すと知った時彼は自分の死でその運命を断ち切った。
もとより一度死んだ身だ。
特に恐怖はなかったが、自分を斬った美空が傷つかないかそれだけが心残りである。
(さすがの我も危なかったぞ)
自分の内なる存在、邪神が語りかけてくる。
(守護者め・・・古の物語の結界を利用してくるとは)
(それより・・・俺はどうなった?死んだんじゃねえのか)
(たわけが!依代であるお前が死んだら我まで滅びてしまうであろうが。ここは別の時空だな・・
・思わず最も境界の結界が薄かったところに飛び込んでしまったが)
(お前のお仲間の世界・・・か?)
(そうであるならば都合がよいのだが・・・生憎そうでもないようだ)
ゴゴゴ・・・
──その時島が少し揺れた。
(どうやら気づかれたようだな、この世界の管理者が結界を強化しおった)
(前のタコの化け物の時見たいに力がろくに発揮できません・・・ってことかよ)
(まあ、生きていれば元の世界に戻ることができるかもしれぬぞ?)
(てめえさえ消えたらいつでも帰ってやるさ──)
どうせならあのまま死んでいれば美談になったのだが。
どうやら彼を取り巻く運命はそう甘いものではないようだ。
(もしかしたら・・・母さんがまたなんかやったのかもな)
ならば八雲辰人は生きなくてはいけない。
辰人の実の母親は、幼少の辰人、美空、珠姫の3人を救うために命を落とした。
母親の思いを無駄するわけにはいかない。
辰人は、元の世界に帰る方法を探すことに決めた。
一方・・・
「気づいたか?葉月」
「ああ、かなりの力の持ち主・・・我ら同様招かれざるものか」
「覚えがあるな・・・この気配、混沌か」
「知ってるのか」
「世界を・・・暇潰しの道具としてしか見てないいけ好かぬ輩よ」
「お主に嫌われるとは相当なものだな」
当然葉月の言葉は、さっきの伊藤乃絵美に対する蔵女の所業への皮肉なのであるが蔵女は気にしていないようだ。
「奴の力は危険だ・・・今のうちに排除しておくか」
「我らの目的のためには放っておくほうが都合がよいのではないか?」
「あやつは、非情に狡猾で己の退屈を紛らわすためだけに存在している。我の敵になれども味方にはならぬ」
それに・・・
「あやつの再生力は、どこぞの吸血鬼の比ではないぞ。お主の世界の不要物を消す刀以外に対抗できるとは思えん」
「先ほどの結界の強化で相当その力も落ちているのだがな・・・」
「奴とて条件は変わるまい。我に似た存在なのだからな」
不死にも近いその再生力。
ならば存在そのものを『消す』葉月の刀しか対抗する手段はなかろう。
「我が奴の気を逸らす。葉月・・・一撃で決めるのだぞ」
「言われるまでもない、もとよりその気だ」
(辰人!!敵意あるものが来るぞ)
(んだと!いきなりかよ)
身構えた瞬間、赤き爪を剥き出しに戦闘態勢に入っている蔵女が正面から突っ込んでくる。
(終焉をもたらすもの───何の真似だ!)
「久しいな混沌よ。すまんが取り込み中でな、旧交を温めあうということはできそうもない」
(我を消す気か!辰人!)
「少し黙って力を貸してろ!俺だってこんな場所でくたばる気はねぇ!」
辰人の爪と蔵女の赤い爪が幾度もぶつかりあい火花を散らす。
(忌々しい結界よ・・・亡者でも召喚し、けしかけてやろうにも力が足りぬ)
しかし辰人の爪が直接相手を切り裂くという性質に対し、蔵女の赤い爪は本来その用途に用いるものではない。
徐々に蔵女が押され始めた。
「むう・・・依代に宿る混沌がここまでの力を発揮するとは・・・」
蔵女が混沌を弱らせてその隙に葉月が止めを刺す算段だったのだが、辰人は予想以上に混沌の力を使いこなしていた。
蔵女の言動にも余裕の色が見れなくなっていた。
「俺にも死ねない理由があるんでな!あんたが何者だか知らねえが・・・悪く思うなよ!!」
辰人の爪が蔵女の爪を弾いた。
(しまった!爪を再生する暇が───)
「あんたの終焉とやらは自分に使うんだな!」
辰人の爪が蔵女の首を刎ねようと───「邪まなるものよ・・・消えよ!」
──!!
(辰人!後ろだ!)
葉月の刀が後ろから辰人に襲い掛かる。
内なる声の警告によって横に飛ぶ。
しかし葉月の剣速は避けきれるものではなく、左肩から腹部にかけて斬撃を食らってしまった。
(この力・・・リリスの眷属か!辰人、一端退くぞ!この力、真っ向から挑むには危険すぎる)
(くそっ・・・さっきから終焉だとかリリスとか訳分からんことばかり言いやがって!後で説明しろよ!)
葉月の斬撃を横っ飛びで避けたその勢いのまま辰人は全力で駆け出した。
「思ったより結界の影響が大きいな・・・刀の力も『削る』程度の力になってしまったか」
「まあ、捨て置いてもよかろう。既にやつに1人でこの島にいる者全員をどうこうできる程の力はあるまいて」
蔵女は爪の再生を終えて落ち着いたようだ。
「我はそう簡単には死なぬが・・・お主は刀以外は只の人を変わらぬのだ。リリスにどやされるのはごめんだからな
死んでくれるでないぞ」
「お主に身を案じられるか・・・複雑なものだ」
蔵女はそれを聞いてころころ笑った。
「お主が我のことをどう思っているかは知っているがあまり口にだすものではないぞ?」
しかし葉月はいたって真剣に
「性分なのでな、お主と反りは合わん」
(しかしこの世界・・・いや島か。何かあるな)
(何かって何だよ?)
(我も万能ではないのでな・・・しかし管理者たるリリスの使徒と終焉が行動を共にしているのだ何かある。
利用できるのかもしれんぞ)
(その前にこの傷口を治して欲しいんだがな)
(さっきの刀・・・管理者リリスの力だが。世界にとっての不要物を消す力がある。それの影響で力が更に落ちた)
(不要物を消す・・・ねぇ)
だったらあの刀に消されてしまった方がよかったのもしれない。
この内に眠る邪神ごと。
(しかし本来食らえば一撃で我とて消滅するはずだが・・・それができなかったということは
この世界の結界は奴らにも影響を及ぼしているということだ。奴らの力とて完全ではない。勝機はある)
そうだ───美空のところに帰らないと・・・な。
まずは・・・この傷を治すことだ。
削がれた力は戻らないだろうが、傷は一晩もあれば回復するだろう。
八雲辰人は内なる邪神と共に元の──美空のいる世界に帰ることを決意するのであった。
【八雲辰人 狩 状態 △(結界の強化と葉月の刀により力激減) 所持品なし】
【蔵女 招 状態 ○ 所持品 赤い爪(能力)】
【葉月 招 状態 ○ 所持品 刀】
現在の八雲辰人の能力
攻撃方法は蔵女同様爪によって行う。
爪以外の攻撃方法はなし。
原作にあった亡者召喚は力の不足により不可能。
再生能力はモーラ、ギーラッハと同様。
力が戻る可能性
結界の消滅。(=ヴィルヘルムの死亡)結界の解除により葉月の刀によって削がれた力も回復する。
しかし力が戻った場合邪神の力により元の世界に帰ると思われるので残す場合はそれなりの動機づけを。
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