笑顔の価値
「はあ・・・」
なんでこう自分はドジばかりなのだろう。
ケルヴァン様に起動させられてから1週間である。
その間に、失敗した仕事は両手はおろか足の指を含めても数えきることはできないであろう。
頭についているハンド型マニピュレイターの指10本も使ってみたが・・・むなしくなっただけである。
いろいろとやらされては見たものの、ケルヴァン曰く『ものすごい成果』(当然皮肉である)のためにお茶くみ要員と化していた。
給仕用アンドロイドであるリニアは効率よく仕事ができるように頭に人間の手を同じ形の機構を持っていたが、
彼女にかかればそれはいかに効率的に失敗をやらかす機構に成り下がっていた。
自分を修理し保護してくれたケルヴァンに対して恩義を感じ、役に立とうと張り切ってはいるものの全ては空回りしていた。
先ほどケルヴァンから、明日から客人が増えるだろうと聞かされている。
(ケルヴァン様達がなんかやってたのが始まるのかな・・・)
リニアはケルヴァン達が何をやっているのか知らないが、
ケルヴァンの性格から思うにリニアの道徳観では悪いことをしているのであろう。
奏子へ出したお茶のカップを回収し、キッチンに戻る間中リニアはそんな事を考えていた。
昼間にそんな事を考えていたせいなのか。
どうしても寝付く事ができずに、ふと部屋の窓から外を見上げた。
その時だった、空から流星が地上に向かって降り注いだ。
思わず「きゃっ」と悲鳴をあげてしまったがもう次の瞬間には、流星雨は降り終わっていた。
光学式視覚再生装置の故障だろうか?
(疲れてるんですね・・・私)
そう判断してリニアは、再びベッドに入り込んだ。
そもそも機械の部品が故障したのなら寝たところで直ったりはしないのだが・・・
先ほどの光景のインパクトが強くてその事に気づくことすらできなかった。
自分の視覚装置の故障だ。
そう思っていた。
翌日の朝に、キッチンで倒れた少女を見つけるまでは。
「えっと・・・もしもし?」
思わず頬を突付いてみるが反応はない。
(え・・・ま、ま、ままままさか死ん・・・)
「恭ちゃん・・・」
少女から言葉が発せられると同時にリニアの思考は中断した。
ほっ・・・
思わず安堵の溜息をついたのも束の間、少女は意識を取り戻したわけではない。
何より少女がそこに寝ていると自分の仕事ができないのだ。
仕事というのはガラス拭きとお茶くみのことではあるが
少女は目覚める気配はない。
元来リニアの性格上放っておくこともできない。
リニアは自分の部屋に連れて行こうかと少女を持ち上げる。
(お、重い・・・)
これは少女─高町美由希の名誉のために言っておくが・・・リニアが非力なだけで美由希が特別重いということはない。
ついでに少女が大事そうに抱えていた刀も、持って行く。
時間はかかったが美由希を自室のベットに横たえることができた。
刀は・・・危ないのでベットの下にでも置いておこう。
(これでお仕事ができる・・・)
大労働を終えたリニアであったが彼女の仕事はこれからが本番であった。
もっともお茶くみとガラス拭きなのであるが。
キッチンに行く途中でケルヴァンと会った。
「あ、おはようございます。ケルヴァン様」
「ああ・・・そうだ、リニア今日の奏子へのお茶だかな」
「はい」
「持ってこなくてもいいぞ」
「え!私・・・なんかしましたか!?」
また何かやってしまったのだろうか、しかもこのお茶酌みは、事実上最後の砦ともいえる。
(とろくて、機転が利かなくて、あげくにぽんこつだが・・・淹れる茶だけは美味いな)
4日前に言われたケルヴァンの台詞が脳裏をよぎる。
「そういうことではない。単純に今日だけいらないということだ」
「自室で大人しくしていろ。それが仕事だ」
「え?お掃除は・・・」
「今日から客も増える・・・明日のために茶を淹れる練習でもしておけ」
「・・・はい・・・わかりました」
気の毒になるくらい凹んでいるが、ケルヴァンは全く意に介さなかった。
自室に帰る途中でふと思い出した。
そういえばキッチンで発見した少女の事の報告を忘れていた。
(お掃除道具を部屋にしまってからでも、いいですよね・・・)
かなりいじけが入っている。
部屋に戻り道具を片付け、これから報告に行こうと思い立った時であった。
「あれ・・・?ここどこ?」
高町美由希は目を覚ました。
えっと・・・ここはどこなのかな?」
高町美由希と名乗った少女は少々混乱気味である。
美由希は兄である恭也と剣の稽古をしていたはずだ。
「えっと、なんていったらいいんでしょうか・・・」
リニアはリニアで返答に窮している。
自己紹介は互いに先ほど済ませていた。
その時に小太刀は美由希に返した。(大事そうに受け取るのが印象的であった)
「と、とにかくですね。ここは安全な場所ですから、しばらく無理しないで寝てて下さい」
(安全・・・?安全ってどういうことだろう?ここは安全って事はここ以外に危険があるってことだよね)
「あ、リニアご主人様に美由希さんのこと伝えてきますね」
美由希が疑問を口に出そうとした瞬間リニアは、部屋の外に駈けていった。
(場所を聞くってことはこの屋敷の人じゃないから・・・もしかしたらお客さんかもしれない)
だとしたらケルヴァンに部屋を用意してもらわなくてはいけない。
リニアは足早にケルヴァンの部屋に向かった。(途中で4回も転んだが)
「ケルヴァン様!」
勢いよく部屋に飛び込んだ──つもりだったがドアに鍵がかかっていて頭からぶつかってしまった。
「っ〜〜〜〜!」
声にならない呻き声をあげるが立ち直りは早かった。
「あ・・・あれ?不在って」
扉には不在の札が、リニアを嘲笑うかのように揺れている。
普段のようにガチガチに緊張で固まっていたなら・・・扉の前で一度立ち止まっていたらこのような醜態を晒すこともなかったであろう。
起動して初めて臆せずにケルヴァンの元に行こうとしたにはあまりにも酷すぎる仕打ちだった。
(リニアには知る由もないがこの時ケルヴァンは朝倉姉妹の保護に行っていた)
リニアはケルヴァンの部屋の前で途方にくれていた。
(一度部屋に戻ろう・・・)
美由希の様子をなんだかんだと言って気にはなる。
先ほどは狼狽して思わず病人を放りだしたままケルヴァンの部屋に来てしまったが・・・。
やっぱり美由希に自分のわかる範囲でここの事を説明しよう。
それから・・・
(ケルヴァン様に・・・)
そういえば美由希が客人でなかった場合どうなるのだろう。
さっきから客人だとばかり思っていたがそんな事は考えても見なかった。
今朝キッチンに行く時に庭で女の人達が口論していたり、とてもきれいな女の人を廊下で見かけたりしたけれど
あの人達は・・・ケルヴァン様と同じ感じがする。
何か・・・不吉というか不安というか。
具体的には知らずともケルヴァンの性格からして、よくないことなのであろう。
もしかしたら、人が死ぬかもしれない。
それに比べて・・・
「私は・・・高町美由希。あなたは?」
そう言いながら微笑んだ美由希の笑顔には、自分の不安を・・・消し去ってくれるような雰囲気があったのだ。
アンドロイドである自分がこんな曖昧な感情を元に主を出し抜くような真似をしてもいいのだろうか。
「リニア」
不意に背後から声。
声の主はケルヴァンである。
「あ・・・お、おかえりなさいませ」
よからぬ事を考えていた少々言葉がどもった。
だがケルヴァンはその様子をとって見て別の結論を出したらしい。
「また何かやらしたか・・・その報告はいらん」
「そ、そうですか」
普段から失敗の報告ばかりしていたために、様子がおかしかったのが露見しなかったのはうれしいやら悲しいやら。
「それと仕事ができたぞ」
「本当ですか?」
まだスクラップにならずに済むようだ。
「客人がきたのでな。部屋で寝ている、2時間たったら見張りと交代してやれ」
「はい、わかりました」
「それと目を覚ましたらすぐに私に報告するように」
リニアは表面上こそうれしそうにしていたが内心は複雑であった。
主たるケルヴァンに隠し事をしようとしている。
(でも・・・美由希さんに安全だっていっちゃったしね)
美由希の身が安全であるとわかればその上でケルヴァンに報告すればいい。
与えられた仕事に関してはまだ時間の猶予がある。
その間に美由希の安全を確認して・・・
(でも・・・もし・・・)
もし・・・ケルヴァンが美由希に危害を加えるようなら?
リニアは頭を振ってその考えを振り払った。
(それならその時で考えたらいいですよね)
リニアはまだ気づいていない。
ケルヴァンが美由希に危害を加える可能性があるように、美由希が客人である可能性だってあるのだ。
しかし無意識にリニアはケルヴァンと美由希の性格からそれはありえないという結論を出していた。
リニアはケルヴァンに美由希の存在を隠し通すことを───主の意に逆らうことを既に決心していた。
【リニア@モエかん(ケロQ) ? 状態○ 所持品 なし】
【高町美由希@とらいあんぐるハート3 招 状態○ 所持品、小太刀(龍燐)】
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