誓いと別れ
「あの建物が武器庫なのか?」
白銀武が眼を細め、遠くの方にある建物を見やる。
「人が見当たらないわね……。武器庫というのだから、見回りの人くらいいると思うのだけど……」
榊がそんな呟きを漏らす。
彼女の言う通り、建物周辺に人影は無かった。
それがママトトの武将達の襲撃で警備兵が倒された為だと、彼等が判らぬのも無理は無いが。
「まあともかく行ってみようよ。とりあえず僕達には、それしかないんだから」
尊人が皆に向かって笑いかける。壬姫の死から一番早く立ち直ったのが彼、鎧衣尊人だ。父親に世界中に連れ回されている、という経験から、人の死というものにはなれているのかもしれない。
とはいえその笑みはぎこちなく、いつもの彼を知っている者から見れば、無理をしているという事がはっきりと判る。
「……そうだな。迷っていても仕方がねぇし。よし、行くぞ!」
武は皆に向かってそういうと、また止めていた足を動かし始めた。
「しっかし、随分すっきりしちまったなぁ……」
辺りを見回してポツリと呟く。
ママトトの武将達の襲撃や、それによる戦線逃亡者によって、ほとんどいなくなってしまった警備兵の姿。
武器庫周辺は、ひっそりと静まり帰っている。
「本当に、すっきりしちまったなぁ……」
ドライは先ほどの台詞をもう一度繰り返す。
「ドライさん」
「おう、和樹か。どうだった?」
和樹がドライの言葉を聞くと、ゆっくりと首を横に振る。
「武器のいくつかが使用不能に陥っていた。襲撃に備える為に武器庫から外に出していた物の幾つかは無事だったけど、倉庫内の弾丸や火薬の類は全滅していた」
「水でも撒きやがったか、あの野郎……」
ドライは足元にあった小石を力の限り蹴り付ける。
苛立ちを隠さぬまま、己の頭をガリガリと掻いた。
「ママトトの奴等、やってくれるよ……。さて、この基地をこれからどうするかね。二度も襲われて、ケルヴィンの旦那も大変だろう……」
「ドライ殿、和樹殿! 向こうから誰かが……」
歳江がドライの言葉を遮るようにして二人の名前を呼ぶ。
彼女の指し示す先には深い森がある。
「また襲撃かぁ? かんべんしてくれよな……。和樹、サムライ。油断するんじゃねぇぞ!」
ドライの言葉に、他の二人は黙って頷いた。
「お前等。両手を上げて動くんじゃねぇ」
武達が森を抜けるとほぼ同時に、暗がりからそんな声が聞こえてきた。
「誰だ!」
冥夜が腰の刀に手をかけようとするが、その動きは一発の銃声によって遮られる。
「動くな、って言ってんだ。とりあえずこっちの言う事にゃ従った方が得だと思うぜ? あたし以外にも、お前等を狙っている奴がいるんだからな」
武達は、その声のいうがままに両手を上げ、視線だけを周辺へ飛ばす。
「いい子だ。そういうガキは嫌いじゃないぜ。さて、それよりも質問だ。どうしてこんな所に来ている? 襲撃者にしては、武装が貧弱だよな?」
「……俺達は初音っていう女から、ここに来れば武器を貰えると聞いて、それで……」
「初音ぇ? 聞いた事無いな。そいつ、どんな奴なんだよ?」
武達の表情に戦慄が走る。
「長い黒髪のセーラー服を着た、俺達と同じくらいの年齢の女の事だよ! マジで知らないのか!」
武が焦りながら言葉をまくし立てる。
「いいや、知ってるさ。サムライ、和樹。どうやらこいつらはマジでババァ関係の人間らしいな。とりあえず警戒は解いてもよさそうだ」
声のする暗がりから一人の女性の姿が現れる。金髪の少女、ドライの姿が。
今までまったく気配の無かった場所からも、二人の人間の姿が現れた。
「三人……!」
冥夜が呟く。彼女が気配すら感じ取れなかった人間が二人もいた。ドライを含め、腕の立つ人間三人を相手に、武側でまともに戦えるのは冥夜一人。
「タケル。何が起ころうと、そなた達は私が守る」
「冥夜……お前」
「おまえ、おまえ、おまえ……」
こそこそと話す武と冥夜の姿を見て、ドライが思わず大きなため息をついた。
「いちゃつくのは後でやってくれや。で、ババァに言われて武器を貰いに来た、お前らの目的はそれでいいんだな?」
武達はそろって頷いた。
「しかし、残念だが、お前等に武器は渡さない、つか、渡せないって言った方がいいか?」
「どういう事だよ! 俺達は……!」
「待てよ。ほら、あそこに建物が見えるだろ?」
ドライは武の言葉を遮ると、自分の後方を指差した。
「あそこに山ほどあった武器は、親切な方々によって無茶苦茶にされてしまいました。よってあんた達に貸し出せるほどの武器は無い、OK?」
そう言ってからニヤニヤと笑うドライに向かって、綾峰が一歩足を踏み出してから口を開く。
「あまりは? 本当に全部駄目になったの?」
ドライはその言葉を聞いて大げさに肩をすくめる。
「鋭いねぇ。あんたが言う通り、確かに多少はある。だが、それはあたし達のもんだ、あたし等としても武器や火薬は必要だからね。どうしても武器が欲しかったら、他の武器庫や、或いは中央にでも行くんだな。まあ、大変な重労働だとは思うけどね」
「俺達にはどうしても武器が必要なんだ! 頼む、少しでいいから分けてくれ!」
武が叫ぶ、すると、今まで黙っていた和樹が初めて口を開いた。
「何故君達はそんなに武器が欲しいんだ?」
「……仲間を。大切な仲間を殺した男がいる……。俺達は、俺達の手でそいつの事を……」
ドライが、ヒュ―、と口笛を鳴らす。
「貴様! 我等を愚弄する気か!」
冥夜が刀に手を伸ばす。
ドライは苦笑しながら、銃を構えていない方の腕を振る。
「いやいや、違うさ。復讐か、いいねぇ、実にいいねぇ。お前等、気に入ったよ。オイ、和樹、サムライ! わたしはこいつ等に武器を分けてやる事に決めた! 文句はあるか?」
和樹と歳江は二人揃って首を振る。
「僕は無い。大切な人を守りたいという気持ちは、なんとなくだけど判るから」
「私も同様だ。仲間の仇を取る事は、武士として当然の事。その者達に手を貸さぬ理由は無い」
ドライは武達の方へ向き直ると、ニヤリと笑みを浮かべる。
「向こうの建物の近くに、残った武器が収められている箱がある。その中から、好きなだけ、とは言えないが、一人一つくらいなら持っていっていいぜ」
「あ、あの……! 本当に……いいの?」
「ん? 不服かい?」
純夏の言葉に、ドライが顔を動かさずに視線だけを向けた。
「あ、違う……けど」
「どうした? くれるって言ってるんだから、ありがたく頂いておこうぜ」
「そ、そうだね……」
武の言葉に、純夏は頷いた。しかしその動きはどこか不自然だった。
「あんた達、サンキューな。大切に使わせてもらうよ」
武がドライの方へ向かってそういうと、彼女も片手を挙げてそれに答える。
「ああ、健闘を祈る……ってな。ああ、そうそう。武器を選んだら、一応わたし達に確認だけはさせろよな。その時に使い方も教えてやるよ」
武はドライとそんな言葉を交わしてから、武器庫の方へと歩き出した。
他の仲間達もその後に続く。
しかし各々の表情が明るくなる中、純夏の表情だけが暗かった。
「綾峰さん、貴方弓なんて扱えたの?」
サブマシンガン、拳銃、ナイフや手榴弾等、先ほどドライが口にした箱の中には、幾つかの銃刀が収められていた。
数が少ないといったが、それは元々あった全体の数から鑑みると、という事だったのかもしれない。
その中で、綾峰慧が手にしたのは、一つの弓だった。
「前に珠瀬に少しだけ教わった事がある」
「そう……」
思わず榊の口調が暗くなる。
アガリ症で、大会ではいい成績を残せなかったが、珠瀬壬姫の弓はかなりの腕前だった。
慧はこう言っているのだろう、珠瀬の仇は珠瀬自身が取る、と。
「それに一応これも」
良く見ると、綾峰の腰の辺りが少し膨らんでいる。
「貴方らしいわ……」
一つだけという約束をいとも簡単に破る、その綾峰の行動に榊は思わず苦笑する。
「榊は?」
「わたしは銃器なんて扱った事無いもの。そこにあったものから適当に選んだんだけど……」
S&W、44マグナム。
その銃の持つ破壊力は絶大、しかもスライド式の為扱いやすい。
反面、その絶大なる威力の反動故に持ち手を選ぶという性質も持つ。
無論、女子供にはまったく向いていない銃である。
「ふーん」
綾峰は気の無い返事を返す。
二人共、銃というものの知識は持ち合わせていなかった。
「武。なんかこうやって、武器を選んでいたりすると、バルジャーノンを思い出さない?」
尊人が武に向かって笑いかけながら、そんな言葉を口にした。
バルジャーノンとは、武達の元の世界で流行っていた、対戦式のアーケードゲームの事だ。
「ああ、そうだな」
武も思わず笑みを返す。
しかし笑みを浮かべていた尊人の表情はすぐに暗くなった。
「……僕達、元の世界に帰れるかな?」
武は、尊人の顔に視線を向ける、そしておもむろに手を伸ばすと尊人の髪にその手を置いた。
「……帰れる! 当たり前だろ!」
「わっ! やめてよ、武! 頭、痛いってば!」
武は手を動かすのを止めると、選んだ武器を持って立ち上がった。
その手に持つのは、イングラムM10サブマシンガン、サプレッサー(減音器)付き。
その反動は大きいが、かなりの連射性能を持つ。
サプレッサーがついているため、耳栓をしなくとも使える、良銃と言っていいだろう。
一方尊人が選んだのは、ワルサーPPKと呼ばれるハンドガン。
かのジェームスボンドも愛用していたといわれる銃を、何故尊人が選んだかというと、使いやすいから、という事らしい。
「さて、行くか!」
「うん!」
二人は頷きあってから、近くにいる仲間達の元へ戻っていった。
「……御剣さんは武器を選ばなくてもいいの?」
「私にはこの皆流神威(みなるかむい)があるからな。むしろ鑑。そなたはは選ばなくてもよいのか?」
「……私は」
純夏が何かを言いかけるが、その言葉は、集まってきた武達の声に掻き消された。
「よう。俺達は一応武器を選んだぜ。お前等は?」
その言葉に榊と綾峰が頷いた。
「じゃあ後は、冥夜と純夏だな。……どうした、純夏」
「やっぱり……」
暗い表情のまま、俯いていた純夏が、武の顔を見つめる。
「やっぱり復讐なんて……! 壬姫ちゃんもそんな事望んで無いよ!」
心の内に溜めていた感情が爆発したかのように、純夏は叫んだ。
その叫びを聞いた武達に、少しの間沈黙が訪れる。
「……じゃあ、鑑はやらなくてもいい。私一人でやるだけだから。他にもやりたくない人間がいれば好きにすればいい、私も好きにする」
その沈黙を破ったのは、綾峰だった。
綾峰は無表情のまま、純夏を見据える。
「綾峰さん!」
榊が綾峰に詰め寄る。
しかし、その榊の剣幕にも綾峰の表情が変わる事は無かった。
「だが、鑑の言う事にも一理ある」
「冥夜……」
冥夜は、一歩前に進むと皆の顔を見回した。
「私は、そなた達と出会ってから、まだ日が浅い。とはいえ、共に幾ばくかの時を過ごしてきたのだ。珠瀬が最期に何を望んでいたか、今、鑑が何を考えているか、それらの事くらいならば私にも判る。鑑は、珠瀬の願いを無駄にするな、と。そう言いたいのだろう?」
純夏は涙を流しながら、首だけを振って肯定する。
「おんやぁ? 喧嘩かい?」
いつの間にか近くに来ていたドライが、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、武達の事を眺めていた。
それに気づいた武は無言で彼女へ近づいていく。
「なんだ? 何か用か?」
ドライの質問に首肯してから、武は口を開いた。
「この辺りで一番安全な場所っていうのはどこにあるんだ?」
『!?』
武とドライを除く人間が息を呑む。
ドライは、そうだねぇ、と呟いてから、ニヤリと笑って口を開いた。
「一番安全なのは、この島の中央さ。その場所にゃ、いけ好かない奴等が大勢いるが、その分防衛設備も中々のもんだ。
だけど、あたし等はまだ用事が残っているから、道を教える事ぐらいしか出来ない。もしそれでも行きたいってのなら、自分達でそこに向かいな。
何、一度あんた達に武器をやるっていったんだ。復讐に使わないからって、今更返せとは言わねぇよ」
「そうか……、皆、聞いてくれ!」
武は皆の方へ顔を向けてから言葉を続けた。
「俺達はここで二手に分かれようと思う。この人数だと二組くらいが丁度いいか? ともかく、たまを殺したあの男を追いかけるチームと、俺達が元の世界に戻る為の方法を探すチーム、その二つが今の俺達にとって、多分ベストだと思う」
「武ちゃん!」
純夏の悲痛な叫びを、しかし武は無視するかのように話を進めた。
「まず、俺と尊人は分かれた方がいいよな。男手は分けた方がいいだろうから。俺は、あの男を追う、だから尊人は世界に戻る方法を見つけてくれよ、いいか?」
尊人は、多少うろたえながらも、肯定の返事を返す。
「私は白銀のチーム」
綾峰が、まだ何も言っていないというのに、白銀の傍に近づいた。
「ならば、私は鎧衣の方へ行こう。おそらく武殿は、鑑もこちらにつけるつもりなのだろうからな。戦力は分けた方がいいだろう」
「サンキューな」
「サンキュー、サンキュー、サンキュー……」
ぽぅっとした表情で、冥夜は武の言葉を繰り返す。
「……なら、私は白銀君のチームという事ね。綾峰さんと一緒というのが心配だけど、まあ、我慢してあげるわ」
「我慢するのはこっちの台詞」
「何ですって!」
武は、まあまあ、と二人の間を遮るようにして立つと、最後に純夏の方へ顔を向ける。
純夏は、俯いたまま泣きじゃくっていた。
「嫌だよぅ……! 武ちゃんと離れ離れになるのは、嫌だよぅ……!」
武はそんな事を呟く純夏の近くへと立つと、そっとその頭に手を置いた。
「馬鹿。俺は……、俺達は絶対に離れ離れになんかならない! 違うか?」
「だけどっ! ……私、いつも思うの。もしかするとこの世界は偽物で、本当の世界じゃ私と武ちゃんは、幼馴染でも何でもない、他人なのかもしれないって……」
「それでも、だ。たとえ俺達が全然知らない他人だったとしても、絶対に俺達は一緒になれる! 元の世界に帰っていける!」
「武……ちゃん」
純夏は、俯いていた顔を上げて、武の顔を見る。
その顔は笑っていた。
「だって、俺達は……、仲間なんだからな!」
中央へ向かう、純夏、冥夜、尊人。
珠瀬の仇を追う、武、綾峰、榊。
彼等は、また会うという約束を交わしてから、各々の目的の為、別の道を歩む事になった。
【白銀 武 招 状 ○ 持ち物 サブマシンガン 装填数 2000発(およそ二分間打ち続けられる)】
【鎧衣 尊人 狩 状 ○ 持ち物 ハンドガン 装填数 20発】
【御剣 冥夜 狩 状 ○ 持ち物 刀】
【榊 千鶴 狩 状 ○ 持ち物 マグナム銃 装填数 6発】
【綾峰 慧 狩 状 ○ 持ち物 弓 矢10本、ハンドガン 15発】
【鑑 純夏 狩 状 ○ 持ち物 ハンドガン(あの後貰った) 装填数 20発】
【ドライ、和樹 歳江 以前と変わらず】
尚、装填数以外の予備弾は無し。
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