科学の申し子






彼─江ノ尾忠介は人生で最大クラスの感動を味わっていた。
「まさかこの僕をアブダプション(誘拐)するなんてね・・・どこの異星人かは知らないが科学への挑戦と受け取ろう」
自室でいつも通り遺伝子組み換え実験を行っていた彼は、突然解剖中の蛙から噴出した光によって気づいたら『ここ』にいた。
『ここ』とは全く見知らぬ森の中である。
「しかし・・・まさかあのpkjtqg@mfla(あまりにもグロいため当局の検閲削除、
補足:遺伝子実験に使われた生物らしい)異星人の仲間だったとは」
・・・
「突っ込みがないと悲しいじゃないか、靖臣」
しかしこの森の中には彼以外の人影はなかった。
「こういう理不尽な状況には絶対巻き込まれていそうな靖臣がいないとは。まるで一人で話して狂人みたいだよ」
こんなことをいうとお前の存在が理不尽だ、とか元々狂人だろうと突っ込みが入るのだがこの場でそれができるものはいない。
普段つるんでいる彼の悪友はここにはいない。

不幸中の幸い、言っていいのだろうか。
彼の周りには術式用の道具のケースが、いくつかの中身の満たされた小瓶。
そして彼の暇つぶし用に作ったコンクリートの地面に穴をあけることができる改造エアガン(当然違法だ)。

しかし彼はそんなものには目もくれないであるものを探している。
「・・・困ったものだな。ノートが見当たらないとは」
研究者の命ともいっていい研究成果を記したノートだけが、その場にあった物で見当たらない。
「成る程・・・あれが目的だったわけか」
別にUFOがどうとか、なんでもプラズマとか言い張るような人間ではない彼はもっと現実的な可能性を考え始める。
そして・・・結論は間もなくでた。
「まさかこの江ノ尾忠介より先に物質転移装置を完成させている人間がいるとは!
ぜひ科学のあり方について話し合いたいものだ・・・」
現実・・・的な・・・可能性・・・を・・・

まあ、あながち物質転移装置というのは間違ってはいないのだが。
しかし彼はそれにいきつくまでの理論が無茶苦茶であった。
その場にあったものを全て回収し、(なぜか彼の白衣の中に物が全て納まった)エアガンを構え───撃つ。
木の幹に無数の穴があいた。
さすがに貫通まではしていないようであるが、彼の目的は銃が使えるかどうかを確かめる事だったので威力は気にしない。
こんな辺鄙な場所だ。
野犬が出るかもしれない。
自衛のための武器はあるに越したことはない。
彼はこの世界での第一歩を踏み出した。

ぐじゅ

ぐじゅ?なにか踏んだようだ。
彼は足をあげその下にあったものに視線を向ける。
ああ、そういえばもう一個あの場にあって彼が持っていないものがあった。

蛙だ。
忠介がこの島における第一歩を踏み出してから10分程。
忠介は歩みを止め、ある作業に没頭していた。

「ほう・・・これは興味深いね」
しかしそれでいて彼のメスの動きは止まることはない。
辺りには焦げたような臭いが充満しているが彼は忠介は一向に気にした様子はない。
この異臭の発生は・・・彼の行動の結果、すなわち、
メスで斬ることができなかったミノタウロスの頭を少し塩酸をかけて溶かしたことである。
このせいで小瓶の中身は半分になってしまったが・・・それでも見合う成果はあったようだ。
このミノタウロスは桜井舞人が魔力を覚醒させた際に倒したものであるが、それは忠介の知るところではない。
「しかし・・・見事だ。頭部は外見上牛の物であるにもかかわらず、脳の大きさは人間そのものだ」
そして恐らく・・・これは解剖していないので見解であるが、人間の物ではなく闘牛の筋肉が頭以外の部分にはあるのだろう。
忠介は、これほどまでの見事な遺伝子改造を施すことはまだできない。
「ふむ・・・発展しすぎた科学は魔法と区別できない・・・か。先人はよく言ったものだ」
このミノタウロスはまぎれもなく魔法が生み出したものではあるのだが・・・それに気づくことができない程、科学によってでも不可

能ではないと考える事ができるくらい発展した科学が悪いのであろうか。
「それでは、僕はもしかすると試されているのかもしれないね。僕をここに呼んだものは・・・僕の研究を盗むことではなく
、才能を、その成果を吟味して・・・」
(僕に託そうとしているのか?)
忠介の頭脳が、今までとは違う結論を導き出し・・・忠介は狂ったかのように笑いだした。
「はっはははっはっは・・・・」

一転、真顔に戻る。

専門的に研究を重ねていた遺伝子技術。それをはるかに超えるものである目の前の物体。
いずれは自分の手で。そう考えていた、物質転送装置。
「どうやら・・・この島の主は僕と科学のありかたについて議論する気はないらしい」
自分よりはるかに優れた技術を持つこの島の主にとって科学のあり方を自分と議論する必要はないのだ。
そういうことは、ある分野で1番の科学者達がやるものだ。
一般的にはどうだか知らないが彼はこのような考えを持っていた。
なぜこの島に呼ばれたのか、どうやらこの島の主は・・・彼に物質転送装置と遺伝子に関する技術を渡すつもりなのだ。
それが科学者江ノ尾忠介の誇りを傷つけた。
「この島の主は、僕には物質転送装置を発明できないものだと考えているらしい。それどころか遺伝子改造に関してもこのLvに到達できないと?」
眼下の物体を忌まわしげに見つめると道具ケースからバッテリーを取り出し、
電動ノコギリでミノタウロスの皮膚を切り取り始めた。
数十分後作業を終えた忠介は、ミノタウロスの皮膚を小瓶から取り出した液体で貼り付ける。
これで用意はいいだろう・・・。
荒事になる可能性とて否めないのだ。
そのおかげでバッテリーが切れ電動ノコギリは使えなくなってしまったが些細な問題であろう。

江ノ尾忠介は、この島の主に交渉しに行かなくてはならない。
この島より脱し・・・この島の主の研究成果を越える物を作り出さなくては。

【江ノ尾忠介@秋桜の空に :招 状態◎ 所持品、改造エアガン、手術用道具入りケース、
液体の入った小瓶3個(うち1個は、塩酸残り半分)、
ミノタウロスの皮膚を貼り付けた服(白衣ではない)】



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