デリリューム
「せっかくだけど…」
「そんなことより家に返してほしいよ」
目の前の2人、アーヴィとハタヤマの返事を聞いて、アイはため息をつかずにいられない、
大体からして無理があるのだ。
いきなり親兄弟・友人たちから引き離されてこんなわけのわからない場所に連れてこられた上に
我々と共にステキな世界を築きましょうと言われて、はいそうですかと納得する馬鹿がどこにいる。
あまりにも虫が良すぎる話というものだ。
んなもん関係ないからとっとと家に帰してくれと言うのが普通だろう。
おそらく考えたやつは自分の考えのすばらしさに酔って、客観性を欠いているとしか
言い様がない。
それでもこの馬鹿げた話に協力しないと今度は自分の代わりに秋俊がここに放り込まれる。
それを思うとアイの胸は張り裂けんばかりに痛む。
不本意だが仕方がない…目の前の女とぬいぐるみには死んでもらおう。
所詮行きずりの他人の命など何の価値も無い、自分には秋俊が全てだ。
アイはロッドを構え、戦闘態勢を取る。
アーヴィもそれを見て、ハタヤマをかばうように前に出るのだった。
決着は一瞬でついた
例によって一撃で決着を付けようとしていたアイの機先を制するようにアーヴィの魔法がアイにヒットする。
それはダメージ皆無の火花のようなものだったが、魔法に集中していたアイの集中を乱すには十分だった。
詠唱のスキを付かれて動きが止まったアイの懐に飛び込み、雷を纏った拳をアイの胸に押し当て、
一気に放つ、これで終わった。
決してアイの魔法使いとしての能力がアーヴィに対して劣っているわけではない、
むしろアイの力量はアーヴィの力を大きく凌ぐ。
常に全力勝負が要求される魔物相手と戦ってきたアイと、限られた力でいかに効率よく多くの敵を倒すのか、
それが求められる戦国の世で戦ってきたアーヴィ、その差が出ただけだ。
アイの動きを封じたアーヴィは止めを刺すべくまたその手に光を宿す
彼女らの目的が目的なだけに交渉は不可能だ、後顧の憂いをなくすため、敵はすみやかに討つ。
美しい顔をしてはいるが、アーヴィはやはり戦国の将だった。
「ま!待って!」
そこへ猛然とハタヤマが割って入る。
「なんで殺すのさ、別にそこまでしなくてもいいじゃないか」
「ね、君ももうこんなことしないよね?ね?」
「お願いだよ…許してあげて」
アーヴィはアイの顔を見つめる、その瞳は未だに戦意を失ってはいない。
それにその表情は敵からの情けを屈辱と受け取っているのが明白だ。
やはりここは殺すしかない…。
「だめだよ…殺しちゃだめ、どうして、みんな仲良く出来ないのさ…」
ハタヤマはアイの体に覆い被さるようにして、必死でアーヴィを説得する。
アーヴィには理解できなかった、なぜこのぬいぐるみは見ず知らずの他人に対してここまで出来るのか。
だが、これと似たシーンがあったように思える…あれは確か。
(そうだ、兄さん)
アーヴィはナナスのことを思い出していた、ナナスもよく口にしていた。
「誰も戦で死ぬことのない平和な世界がきっと来る、と」
いつの間にかアーヴィの手から力は抜けていた。
目の前のこの少女がまた誰かに牙を向くことは確実だが、それでも兄の想いを、
誰もが戦わなくてすむ、そんな世界を作ろうと戦場よりも過酷な戦いを挑もうとしている兄の
理想を思い出してしまった以上、もうアーヴィにアイを殺すことは出来そうになかった。
アーヴィは無言でアイに背中を向けて立ち去ろうとする、その背中に冷たい声が飛ぶ。
「後悔するわよ…」
「もうっ!君もそんなこといっちゃだめ!君は笑ってればきっともっとかわいいはず…」
そこまで言って、ハタヤマの視界が赤く染まった、いや視界だけではなく体も…
アイの手から伸びたロッドがアーヴィの腹部を貫いていたのだ。
「ほらね、後悔した」
アイはまだ余力を残していたのだ、確かに最初の一撃は不覚だったが、
やられたふりはフェイクに過ぎない。
アイはアーヴィを串刺しにしたまま、ロッドをぐいっと持ち上げそのまま彼女を谷底へと放り投げた。
まるで糸の切れた操り人形のように転落していくアーヴィ。
残されたハタヤマは自分の全身を朱に染めるものが何なのか理解できなかった。
何かのかはしっかりと眼に焼き付けられていたというのに、
なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
自分の責任だ自分のせいでアーヴィがアーヴィがアーヴィが、
悪いのはぼくぼくぼくぼく、ちがうちがうおまえだおまえだ。」
全身に激痛が走る、自分の体がメッタ刺しにされているのだ…だが体の痛みより
心の痛みの方が遥かに応える。
それは裏切った痛み、裏切られた痛み、自分の体が熱い、自分の中の何かが叫んでいる。
やっちまえやっちまえやっちまえ、うらぎられたうらぎられたうらぎられた。
でもちがうちがうちがう。
断っておくが、彼とアーヴィは別に恋人でも何でもなかった、出会ってまだ一日も過ぎていない
だがそれでもそれでも…。
ずくんずくんずくん、その何かがマグマのように自分の前面へと出てこようとしている。
もう抑えられない。
「ゆ…ゆるさない」
血を吐くような叫びと共にハタヤマの全身から針のような触手が飛び出した。
闇魔法メタモル…己の姿を自由に変化できる魔法だ。
ハタヤマヨシノリ、その潜在能力の高さは誰もが認めるところだったが、
その力は最悪の形で覚醒した。
アーヴィを殺された怒りと自分の甘さへの後悔、目の前の少女への憎悪
それらが闇魔法を媒介に一気に爆発したのだ。
そしてこの瞬間、この島に集ったすべての招待者たち、いわゆる潜在的魔力保持者たちは
ハタヤマの慟哭に感応し、頭をハンマーで殴られたような衝撃を感じていた。
そしていまやハタヤマは形容し難い異形の何かへと変化してしまっていた。
その姿をあえて言うなら、そう、前衛芸術家ならこう名づけるだろう、絶望、と
「命の価値を見誤るからこうなったのよ」
アイは目の前の惨状を見ても他人事のように呟く。
「でもこれで心置きなくあなたを殺せるわ、すぐに楽にしてあげるから」
アイの眼がくわっと見開き、紅の瞳が爛々と輝く、それは戦いの喜びに満ち溢れた
まさに戦士のそれだった。
ハタヤマが己の罪にもがき苦しんでいたころ、そこから数十メートル下でなんとアーヴィは生きていたのだ
腹部を貫かれ谷底に突き落とされた彼女だったが、地面から約50センチの所で
奇跡的にも木に引っかかり即死を免れていたのだった。
だが危険な状況には変わりはなかったが…魔力を帯びた攻撃で傷口を灼かれたのが幸いした。
おかげであれほどまでの出血はすでに収まっていたが、腸が腹から飛び出してぶらんと垂れ下がっている、
このままだと腹膜炎で苦しみながら死ぬことになるだろう。
こうなると意識があるのが恨めしい、なにやら頭を殴られたような衝撃を受けた後は
何をしても気を失えなかった。
弱肉強食は戦国の世の掟、つらくとも仕方ない、その順番が回ってきたというだけの話だ
彼女もまた将として多くの者たちに理不尽な死を強いてきた。
少し早すぎる気がしないわけでもなかったが・・・
「兄さん…」
それだけを口にすると彼女は心の整理を始めた。
狂乱する異形の怪物とそれをあしらうように翻弄する魔法少女
その様子を司令室で見ているのはケルヴァンだ。
彼の見た限りでは、もはやハタヤマは助からないように思えた。
怒りと絶望と後悔で暴走している上に、闇魔法がそれに拍車をかけている。
その原因となったアーヴィはかろうじてまだ生きているようだが、だからといって
ハタヤマの怒りが解けるはずもないだろう。
むしろいまさらのこのこと出ていけばたちの悪い喜劇にしかならない。
もっともただで済ませることが出来る者を一人だけ知ってはいたが…
その者、ヴィルヘルムがどう動くのか、ケルヴァンの興味はその一点にあった
ケルヴァンは作戦執行前夜を思い出す。
「我が理想世界を形成する愛すべき民は、これことごとく我に賛同するのが当然!
そこには疑問など存在の余地も無い!彼らはすぐに知ることとなる、自分が選ばれし民だという名誉を」
と一同を前にヴィルヘルムは高らかに宣言する。
「しかしそれでも中には納得出来ない者もいるかもしれませぬが、それについてはどのような処遇を?
ケルヴァンの言葉にヴィルヘルムは不快げに応える。
「我が高邁たる思想を即座に理解し得ぬ者は、我が理想の礎と成らざるを得ぬだろう」
「その言葉に嘘偽りはございませんな」
「無い」
アイが指摘した通り、ヴィルヘルムは自分の理想に酔いしれていた、彼の脳内世界では
彼に逆らう者など存在しないのだろう、
そして彼はヴィルヘルムがハタヤマを高く評価しているのを知ってもいた。
さて、どう出るか。
自分の定めたルールに従い見殺しにすればそれはそれでよし、
麗しき師弟愛とやらでハタヤマを救えば、朝礼暮改という反逆の大義名分が出来る。
どう転んでも損はない。
画像ではすでに何本もの触手をアイの魔法によって切断されながらも、未だに慟哭の叫びを上げながら
暴れまわるかつてハタヤマだった何かの姿が鮮明に映っていた。
「記憶を消してくる可能性もある、映像はちゃんと記録しておけよ」
【ハタヤマ・ヨシノリ@メタモルファンタジー(エスクード):所持品なし、状態 異形化・暴走 招】
【アーヴィ:所持品:魔力増幅の杖、状態瀕死 招】
【アイ:所持品:ロッド 状態良好 鬼】
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