想い、遠くへ…
「恋ちゃん・・・まだ気が付かないんですか。」
「・・・・・・。」
さっきから藍ちゃんの様子がおかしい。
「藍ちゃん?」
「えっ?あ、ああ、申し訳ありません。」
「大丈夫・・・ですか?顔色があまり優れないようですが・・・。」
心配そうな百合奈先輩の問いかけに藍ちゃんは慌ててブンブン手を振る。
「大丈夫ですわ。でも・・・恋ちゃんは・・・」
視線を落とした先には恋ちゃんが・・・大輔ちゃんの妹がいた。
ブレザーで隠してあるけど、恋ちゃんの右腕は・・・。
「移動・・・出来そうにありませんね・・・。」
そんな百合奈先輩の一言に藍ちゃんは意を決したように告げた。
「先輩たちは・・・移動して下さい。私は、恋ちゃんが意識を取り戻してから参りますから・・・。」
「本当に・・・良かったのかな・・・。」
私は気がかりなことがあった。
さっき、移動前に恋ちゃんを藪の中に移動させようとした時の事――。
「本当に、行っていいの?」
私と百合奈先輩は、ここから離れることとこの孤島らしい場所の正確な大きさなどを確認するため、島の中央へと向かうことにした。
それには今だ目を覚まさない恋ちゃんが問題になる。
仕方なく、藍ちゃんに任せようとしての一言だった。
「ええ、構いませんわ。」
事も無げに言う藍ちゃんに私は何だか疑問を感じた。
「・・・藍ちゃん、さっきから、ちょっと変・・・。」
「え?そうでしょうか・・・。変わりませんわ。」
ううん、変わった。
普通なら・・・いつもの藍ちゃんなら、恋ちゃんがこれだけひどい負傷をしていれば必ず取り乱していると思う。
なのに・・・。
「この辺りで、いいのではないでしょうか?」
百合奈先輩が私と藍ちゃんに声をかけた。
「そうですわね・・・。ここでしたら人目に付きませんし・・・。」
そう言って藍ちゃんは額の汗を拭う。
「じゃあ・・・ここで一旦、お別れですね。」
「はい。また島の中央でお逢い致しましょう。」
柔和な微笑み。
私はその奥に何故か恐怖を感じた。
「さあ、橘さん、行きましょう。」
「橘さん・・・」
湿地帯を抜け、木々のまばらに生える林に入ってきたところで百合奈先輩が辺りを気にしながら囁く。
「鷺ノ宮さん・・・呪いがかかっています。」
「呪い?」
私の問いかけに百合奈先輩が頷く。
「ええ・・・。どういったらいいのか解りませんが・・・。それに似た雰囲気を、感じました。」
「私も・・・ちょっと、怖かったんです。」
「あのまま――」
それは、とても悲しい表情で・・・。
「あのまま、あの場所にいたら・・・鷺ノ宮さんの重圧に、耐えられなかった・・・。」
「百合奈先輩・・・。」
「私は、やはり弱い人間ですね・・・。」
そういってうつむく百合奈先輩と私に男の声。
「弱い人間など・・・死ねばいい・・・。」
「誰っ!?」
木陰から白衣の男がスッと現れた。
「動くものは・・・全て・・・コロス・・・」
ゆらり、とこちらに一歩近づくとバッグから聴診器を取り出す。
「殺すっ!!」
「きゃあっ!!」
ロープのように使うのであろう事は明白だった。
私は首に聴診器がかかる寸前で屈み込み、足を払った。
「くっ!」
そして、バランスを崩した男の背中を思い切り突き飛ばす。
「これが・・・敵・・・動くもの、全て――敵ぃっ!!」
再び私の所へ襲い掛かろうとしてきた男を百合奈先輩が体当たりで体勢を崩す。
「橘さんっ!今のうちにっ!!」
「はい!」
私たち二人は弾かれたように駆け出した。
しかし、相手が倒れていたとはいえ背を向けたことは油断だった。
「逃がさない・・・!逃がすものかああああっ!!」
後ろから聞こえる声がまだ離れていないことを物語っている。
ガシャーーーンッ!!
「きゃあああっ!!」
「百合奈先輩っ!?」
横を走っていた百合奈先輩の後頭部に何か薬品が入っていたであろう小瓶が直撃した。
「くっ!?め、目が・・・っ!!」
もう・・・逃げられない・・・。
私は覚悟を決めて振り向いた。
霞んでいるだろう視界でそれに気付いた百合奈先輩も立ち止まる。
「橘さん・・・貴方だけでも・・・」
「そんな事、出来ません。大輔ちゃんに笑われちゃいます・・・。」
じりっ、じりっと徐々に間合いを詰められる。
(大輔ちゃん・・・大輔ちゃんならこんな時――どうするの?)
私は髪留めにそっと触れる。
大輔ちゃんのシャツの一部であるそれは、私に何も教えてはくれなかった。
(どうすれば・・・)
「・・・でだ・・・。」
「えっ?」
よたついた動きでまた一歩こちらに近づく。
「なん・・・でだ・・・」
「何の事、ですか?」
「何であの子たちがこんな目に遭うんだあああああぁぁっ!!」
口にした言葉に反応した一瞬、百合奈先輩が男の体当たりで思い切り宙を舞った。
「ぐ・・・ぅ・・・・・・。」
背中から落下した百合奈先輩が呻く。
「どうして!どうしてっ!!」
「やめてえええぇっ!!」
私は何の策もなく、百合奈先輩と馬乗りになって先輩の首を絞める男に向かって走った。
「ただ、普通に暮らしたいだけなのにっ!それなのに何でっ!?」
「う・・・っ、う――。」
「先輩!」
「お前も敵かぁぁっ!!」
意識がフッと途切れたような気がした。
強烈な裏拳は私を藪の中まで跳ばす。
「帰るんだ・・・みんな・・・一緒に・・・・・・。」
声が私の方へと近付いてくる。
(大輔ちゃん・・・大輔ちゃんっ!!)
「邪魔な奴を殺して――二人を連れて!」
男の姿が、藪の中に現れる。
「俺は帰るんだあああああっ!!」
「いやあああああああっ!」
飛び掛ってきた、その刹那――。
静寂が、辺りを包んだ。
まるで、夢のように・・・。
でも・・・。
「く・・・ぐっ・・・・っ・・・」
静かな、男の声と、
手にしたクモの爪先から感じる、肉を貫いた感触が・・・現実に私を引き戻した。
「あ・・・あぁ・・・・・・」
爪を伝わって手の中に感じる、人の体温・・・。
自分の手が、ゆっくりと、スロー再生のように赤く染まっていく。
・・・恐かった。
震える手を、爪から離す。
「う・・・そ、だ・・・・・・。」
自らの腹部を貫通した爪を抱え、よろめきながら後退する男。
「お、れは・・・帰るん・・・だ・・・」
「そう・・・だ・・・。まい、な・・・ちゃ、んと・・・ゆうな・・ちゃ・・・ん・・・と・・・」
何かに引っ張られるように、その首から上がカクンと後ろに曲がる。
「いつ・・・も・・・の・・・・・・――。」
いつもの・・・日々に――。
確かにそう、口が動いた。
そうだ・・・・・・。
ああ・・・。
同じなんだ・・・・・・。私たちと――。
「同じ・・・ヒト・・・なんだ・・・・・・。」
「橘さん?大丈夫・・・です、か・・・?」
百合奈先輩が、鮮血に染まった手を放心状態で見つめる私を心配して声をかけてくる。
「私・・・ヒト・・・殺し、ちゃった・・・・・・」
百合奈先輩はゆっくり首を振り、
「違う・・・。ヒトでは・・・ありません・・・。呪いを・・・祓ってあげたのです・・・・・・。」
「せん・・・ぱい・・・。」
ぎゅっと抱きしめてくれた。
こんな、私を。
ヒトを殺した、私を。
血に染まった・・・私を・・・。
大輔ちゃん・・・私、どうしたらいい・・・?
どうすれば・・・この悪夢から――逃れられるの?
「教えて、よ・・・・・・。」
もう大丈夫だと、そう思ったはず。
でも――。
溢れ出る涙を、私は止めることが出来なかった・・・。
【上村雅文:死亡】
【橘 天音:所持品なし 君影 百合奈 状態:×】
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