桜の花はまだ咲かず
……いやあ。今日もすがすがしいほど晴れ渡った曇り空だ。
これもこの、地上に降りた堕天使こと桜井舞人(さくらいまいと)くんの日頃の行いの成果にちがいない。
……背中には緑色に生い茂ったなんかの草。高く伸びた気になる木々が、重い空を円形に切り取っている。
さて、と……。
ここ……どこ……?
いやいや迷子ではありませんよ、そこのお嬢さん。
ある日舞人くんは、いつものように街外れの小高い丘に散歩しに行きました。
そしたら気を失いましたとさ。めでたしめでたし。
仰向けの状態から、上体を常態に立て直す。……周りには見慣れない森が広がっていた。
……はは〜ん。これは、あれだな。『壮絶! 第三回舞人くんドッキリポックリ大作戦!』
このイベントで何度死に掛けたか……。ホントにこんないたずらはもうずっと待ってました!
「お〜い! 相楽山彦(さがらやまひこ)殿下〜! お前は完全に包囲されている! 早く出てこないと俺のマグナムが火を噴くぜ〜!」
……し〜ん……。
そうか、そっちがその気ならこっちも……。
「てりゃ〜! 桜井舞人死ね〜!」
がこ〜ん。
「あ」
……ぐわ、頭が……。
……今行きます。天国のおふくろさん……。
………………
「いや、ごめんごめん。ここはこの世界がうらやむ美少女、八重樫(やえがし)つばさちゃんに免じて許してあげて」
「ぷ、ぷじゃけるなよ!? お前、あれだ! うっかり、死んでもいないおふくろに天国でヤキいれられるとこだったぞ、コラ! 快く許しましょう」
「あははは。ま、わざとじゃないんだから当然でしょう」
……こ、こいつ。さっき思いっ切り俺の名を叫んで、死ねとまで言ってなかったか……。
この八重樫つばさは、俺の通う桜坂学園の、同じ二年坊だ。八重樫とは入学以来の付き合いで、ずっと同じ屋根の下で授業を受けている。
馬鹿話においても気が合い、ほぼコンビのような阿吽の呼吸が完成されつつある。……が、学業成績が常に学年トップなのが欠点だ。
「ま、それはこっちに置いといて」
お決まりのジェスチャーを交え、また八重樫が口を開く。
「ここ、どこか知ってる?」
このアマ……。何を言い出すかと思えば、面白くもない質問を……。ためしているのか、この俺を?
「それはもちろん、かの福山雅治氏がその歌声で天下に名を轟かせた、桜坂市に相違ありません!」
「ブー」
は……? 何をこのアマガッパが……。
「ここはたぶん、……桜坂市じゃない。それどころか……日本でもないと思う」
は〜ん。そうきたか……。このアマリリスが……。ところでアマリリスって何?
「は! 八重樫隊長殿! ここはもしかして、我々が捜し求めていたかの幻の大地ムー大陸では!?」
「……さあ、ね。わからない、わ」
……? なんだこの更年期の夫婦みたいな冷めたリアクションは?
「八重樫隊長殿! そうと決まればさっそく探索に出発であります!」
「桜井舞人」
手を引こうとする俺の手を振り解き、八重樫が湿気た面を向ける。いつもの八重樫じゃない。
「……ここはホントに私たちの知ってるところじゃない。……知らないところに来ちゃったんだと思う」
そう言う八重樫の顔は、今にも泣き出しそうだった。こんな八重樫、俺は今まで見たことがない。
桜坂市じゃない、という言葉は信じられない。すぐに八重樫が『なんちゃって』なんて言うに違いない。
……しかし、そんな俺の期待というかなんというかは、目の前の少女の低い嗚咽によって打ち砕かれた。
「……いくぞ。……こんな八重樫は、見たくない」
涙を拭く八重樫の手をもう一度しっかり掴む。
「……なんちゃって」
……顔を上げた八重樫の顔には涙の跡さえなかった。
こ、このアマナットウが……!
「ぷ、ぷじゃけるなよこのバカチンが! もうお前なんて知らん!」
「あははは。じょうだんじょうだん。怒るな桜井舞人君よ」
掴んだ腕を放し、俺は八重樫を置いて先へと進んだ。
「でも!」
八重樫が後ろで叫んだ。立ち止まった。
「異世界に来たのは本当。これだけは……信じて」
……涙声だった。振り返らなくても、今度は分かる。確かにあの八重樫が泣いている。
信じないわけにはいかなかった。
「……さあ! 八重樫隊長殿! 道は長いであります! さっさと来るであります!」
俺にできることは、こうしてふざけることくらい……。
「……そんなことはわかっている! 舞人くんこそ遅れるでないぞ!」
だから……。こうして返事が返ってきたとき、俺はほっとした。
八重樫が笑顔で走ってくる。あのいつもの小生意気な笑顔で。
違う世界に来たのなら……
元の世界に戻ればいい
【桜井舞人・八重樫つばさ、ゲーム「それは舞い散る桜のように」(バジル)より、参加】
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