無題






ピンポーン・・・・・・

<はい?どなた様でしょう?>

いつもの様にインターホンを押すと、これまたいつもの様に決まった返事が返ってきた。
「あ、大輔ですけど・・・。」

<あら、おはよう。ちょっと待ってね、今、鍵開けるから。>

「おはよう大輔ちゃん。ごめんなさいねぇ、いつもいつも・・・天音ったら私がいくら起こしても全然起きてくれないんだから・・・」
少しの間があって玄関先に現れた天音のおばさん。
そのいつもの小言に軽い笑いを返しながら俺はその横をすり抜ける。
「じゃあ、起こしてきますね。」
さっさと2階に上がってしまわないとまた「こんなんじゃお嫁の貰い手が〜〜」などと始まりかねない。
朝早くから長々と話している暇など、おばさんには悪いがなかった。

コンコン・・・

一応ドアをノックして一言。

「天音ぇ〜朝だぞぉ〜。」

・・・当然ながら返事など皆無だ。
「入るぞ〜。」

「天音っ!?」
――開け放たれた窓。
――乱雑に散らばった本。
吹き込む風に、カーテンがバタバタとその身を揺らしている。

いつも見慣れた天音の部屋とは明らかに異なっていた。
「天音っ!」
「一体どうしたの・・・?えっ!?天音っ!!」
騒ぎを聞いておばさんが部屋に入ってくると、表情が凍りつく。
「ちょっと、周り見てきます!」
俺は脱兎の如く駆け出した。
階段を一気に駆け下り、表へ出る。
(まさか2階から下に?馬鹿な・・・。)
仮にも運動神経がいいとは思えない天音がそんな無茶をするわけがなかった。
(だとしたら・・・天音・・・・・・)
誘拐される理由も見当たらないが、最悪の場面が脳裏を掠める。

「大輔ちゃん、どうしたの?」

自分の家の前まで来たとき、ちょうど隣の家から悠姉さんが出てきた。
「悠姉さん!天音、見なかった!?」
「えっ?橘さん・・・?」
悠姉さんは一瞬、悩んだようにしてから口を開いた。
「えっと・・・確か御薗神社の方にフラフラと・・・・・・。」
「御薗神社?分った、ありがとう悠姉さん。」
「あっ、待って!私も行くわ!!」
「悠姉さんはいいよ・・・嫌な、胸騒ぎがするんだ。」
俺の言葉に悠姉さんは真剣な眼差しをこちらに向けた。
「教師が生徒を放っておけるわけないじゃない。それに・・・大輔ちゃんに何かあったら私・・・・・・。」
こういう時の悠姉さんはテコでも動かないことは十分に判っている。
「解ったよ・・・。」
「天音!!」
境内に駆け込むと、視界に撫子学園の制服が飛び込んできた。
「天音!しっかりしろっ!!」
一目で天音の様子がおかしいのが見て取れる。
ぼんやりした瞳が虚空を彷徨い、足取りも立っているのが不思議なくらい不安定だった。

「離れて下さい。」

ゆっくりとした、それでいて強い意志を持った言葉が投げかけられたのはその時だった。
「百合奈先輩・・・?」
普段からは考えられない巫女姿の百合奈先輩は続けざまに告げる。
「呼びかけにも・・・何の反応もありません・・・。それに――」
「――それに?」

「”呪い”の力を感じます。」

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・大輔ちゃん走るの速い・・・。」
悠姉さんがようやく俺に追いついて境内に入ってきた。
「”呪い”って・・・そんな事で天音が・・・。」
信じろ、というほうが難しい。
だが、百合奈先輩が言うと本当のような気がしてくるから不思議だ。
「天音、いい加減に目を覚ませよ。遅刻しちまうぞ?」
普段のように声をかけてみるが当然、反応はない。

いや――反応は、あった。

ゆっくりとした動作で振り向いた天音の口から、明らかに異質な声が漏れる。


「……共に……行かん」

「えっ?」
その場にいた全員が同じ言葉を発した瞬間だった。

天音が、悠姉さんが、百合奈先輩が・・・
一瞬にして視界が眩い閃光の中に投げ出された。

・・・エレベーターが動き出したときのような軽い浮遊感。

一種、美しいような光の中で、俺はそのまま意識を失った――。



【麻生 大輔・橘 天音・篠宮 悠・君影 百合奈@Canvas〜セピア色のモチーフ〜@(カクテルソフト)】



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