無題
森の中で激しい戦いの音が聞こえる、
一方はセーラー服の妖艶な美少女…比良坂初音と、
もう一人はショートヘアの勝気な表情のこれもかなりの美少女だ。
キンキンと金属がこすれるような連続した音が聞こえる、剣のように伸びた初音の爪が執拗に
少女の服を斬り裂こうと襲いかかっていく、だが少女も自らの手に握った刀でもって必死の抵抗を試みていた。
「ねぇ…大人しくなさいな、ふふふっ」
容赦の無い攻撃を繰り出しつつ、言葉でも少女を詰る初音、その瞳は正視すれば正気を失うほどの
禍禍しい光に満ちていた、だが…
「魔眼か…だが俺には通用しないぜ」
少女はキッと眦を吊り上げて不敵に言い返す。
「まぁ!可愛い女の子がそんな乱暴な言葉遣いはいけないわよ」
自分の魔力が通じない、何故?内心に生じた焦りを押し隠すように、やんわりと少女を嗜める初音。
そこに一瞬の隙が出来る、それを見逃す少女ではなかった。
少女は初音の眉間めがけ手にした刀を投げつける。ぎらりとした刀身の光が初音の視界を遮る。
そして初音が視線を戻したときには少女の姿はどこにも無かった。
折角の獲物を逃がしたというのに初音の口元には妖艶な笑みが浮かんでいる。
面白い…狩りは獲物が抵抗すればするほど面白いものだ。
普段、無抵抗な人間を嬲り殺すことこそ、この世で最高の快楽と公言してはばからない初音といえども、
久々に心が沸き立つのを感じていた。
「ふふふ…必ず手に入れてみせるわ、それまでは今しばらく時間をあげる…くくっ、うふふふ」
一方、そこからかなり離れた砂浜の岩場で、ぜいぜいと息を荒げる少女の姿があった。
「牝グモ風情が俺に手を出そうだなんて100年はえーんだよ!」
少女がイライラとした口調で悪態をつく、だがそれは自分以外の誰かに向けられたような感じがした。
すると少女の脳裏に声が響く。
『ありがと…ごめんね、いつもいつも』
「気にするな、そういう契約だ、それに俺はお前でお前は俺なんだからな、郁美…これからも」
そこまで言ったところで少女の体ががくがくと痙攣しだす。
「そんな…まだ早い…」
そううめくような言葉を吐いたかと思った瞬間、少女の先程までの勝気な表情は消えうせ
打って変わっておどおどと弱気な表情になってしまった、これはどういう事なのだろうか?
少女の名前は小野郁美、ただし彼女には秘密があった。
そう、彼女の肉体にはもう一つの精神が宿っている、その正体は魔界の鬼にして将軍
名前は良門と言う。
彼がひょんなことから人界に落ち、郁美と契約を交わしその肉体に憑依してから、
もうかなりの時間が経過していた、途中色々なことがあったが2人はそれなりに上手くやってはいた。
いきなり表に出てきた郁美は、救いを求めるように頭の中で良門に呼びかける。
荒事ならお任せの良門と違い、自分はただの女子校生に過ぎないのだ…。
最初のころは片方が表に出るともう片方は深い眠りについていたのだが、最近はある程度の意志疎通なら
出来るようになってきている。
郁美は必死で良門を呼ぶ、やがて…
『ちくしょう…力が抜ける…しばらくは表に出てはこれないかもな』
『いいか…あの女には絶対に近づくな、あいつは俺と同じ魔界の者だ』
絶え絶えの声で良門は郁美に話しかける。
「そんな、あなたがいないと私」
郁美の目からぽろぽろと涙がこぼれる、最初は自分が2重人格になったのではないかと悩んだものだが
今では良門はかけがえのない相棒といってもいい。
『郁美…お前なら大丈夫だ、共に過ごした俺が言うんだ、自信を持て』
『もう…駄目だ…意識が…がん…ばれ』
うめくような声を最後に、それからいくら呼びかけても、
郁美の頭の中に良門の声が再び聞こえることはなかった。
「……」
どれくらいうつむいていたのだろう、彼女の脳裏では今までの日々が浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。
「本当に私、頼ってばかりだ…」
そうだ、今度は自分が彼を助ける番だ、泣いてばかりもいられない。
自分がしくじれば、自分だけではなく良門も死ぬことになってしまうのだ。
「私頑張るから…早く起きてね」
そう強く言って立ちあがり歩き出す郁美、何時の間にか頬を流れる涙は止まっていた。
【小野郁美@Re-leaf@(シーズウェア)】
前話
目次
次話