綻び






「ふぅ、ようやく着いたか」
 武器庫と、その周辺の警備兵が照らす明かりを遠めから見て、歳江はホッと息をついた。
 宵闇のなかを行くと言うのは、やはりそれなりに緊張する。まして今、彼女は一人なのだ。

 と、その肩に手がかかる。
「よっ、どうした、お仲間は?」
「!?……ドライ殿か」
 驚きの表情がでてしまったらしい、ドライが肩をすくめた。
「ああ、びびらせちまったか。悪ぃな」
「私は怯えてなど……!」 声を荒げようとして、歳江はフッと笑った。
「いるかもな……」
「ん? どうした?」
「驚くべき強敵と渡り合った。力が及ばなかった。それだけだ」
 自嘲の笑みをもらし、歳江はそういった。

「ふん……で、お仲間は?」
「任務に当たっている。私一人の刀がその戦いの時に欠けてしまってな。
その補充をするところだ。ドライ殿は何故ここに?」
 ともに武器庫へと歩を進めながら、歳江が問う。

「ん? 初音のクソババァにケチ付けられちまってさ。
気分直しに武器でもあさろうかってね。……って、あん?」
 眉をひそめる。
「警備兵、増えてねーか?」
「うむ、言われてみれば……」
 手近な兵を止めて、事情を聞く。
「アインのやつが、ねぇ……」
 目を細め、獰猛な笑みを浮かべるドライに、兵は多少の戦きを感じながら答えた。
「ハッ、我々は全滅させられた守備隊の後任にと、ケルヴァン様の命で中央より派遣されました」
「ふん……だから、兵力増強ね……入らせてもらうぜ」
「どうぞ。すでに友永和樹様が来られてますが……」
「友永和樹?」
「ケルヴァン様の配下の方だとか」
 歳江とドライは少し顔を見合わせると、二人して武器庫の中に入っていった。

「あんたが和樹っての?」
 ドライに声をかけられ、書き物をしていた和樹は目を上げた。
折りよく、調べものが今終わったところだ。
「歳江さんにドライさん?」
 ケルヴァンの手によってよみがえったゾンビだ、とケルヴァンクラスタがそう告げた。
「お初にお目にかかる。新撰組副長、土方歳江と申す」
「お初、ってね」
 対照的な礼を歳江とドライは見せると、歳江は刀の棚へ、ドライは銃の棚へ移動する。

「あんたはなにやってんの? ケルヴァンの旦那の配下が、事務仕事?」
 銃を適当に物色しながら問うドライに、和樹は少し迷ってから任務の一部を明かすことにした。
「……今僕は、召還者エレンに関する任務に当たっている。直接に、ではないんだけど」
「へ……ぇ……」
 案の定、ドライはその名に反応した。獰猛な笑みを浮かべる。
だが、任務の詳細を話してもらえるとは思わなかったのだろう。
「で?」
 肩をすくめて先を促す。
「戦闘の可能性を考えると、彼女が今持っている装備を知りたくて。
だから、紛失した武器のリストを作っていたんだ」
 ドライは呆れたように武器庫を見回した。それなりに広い部屋の壁にや棚に各種武器が取り揃えてある。
「そりゃすげーや。手間がかかっただろ?」
「カタログがあったけど、僕達用に集められたこの世界から言えば異世界の武器だからね。名前とか無茶苦茶で。絵図があったから何とかなったけどね」
「ったく、マメなこった」
「いや、戦いで敵を知ることは大事なこと。感心な心がけだ、和樹殿」
 歳江が口を挟んできた。すでに気に入った刀は見つけたらしい。
 和樹は、しかし首を振った。
「ありがとう……だけど、それどころではなくなったんだ」


 首をかしげる二人に、和樹は今出来たばかりのリストを手渡す。
 歳江には、銃器類に関する知識に疎い彼女には、そのリストはピンとこなかったらしい。
かわりにドライが、ピューと口笛を吹いた。
「なんだこりゃ……一人で持ち出せる武器の量じゃねーぞ? 
第一アインはどっちかというと軽装を好むはずだぜ?」
「うん。これは複数の人間が持ち出す武器の量だ。しかも一人や二人じゃ足りない」
「どういうこった?」
「多分だけど……エレンがこの武器庫を襲撃してから、
後任の警備兵が配備されるまでに、かなりの時間差があったんだ。だからその間に……」
「召還者どもが忍び込んで、武器を持ち出したってか? 間抜けすぎるぜ」

「……和樹殿、これは危険な武具なのか?」
 眉をひそめ問う歳江に、和樹は静かに答えた。
「持ち出された武器の中には、サブマシンガンやショットガンもある。
この火器を前にしては、歳江さん。例え常人が使用したとしても、状況しだいでは
あなたでも殺害される可能性があると、警告しておく」

「ハードだね、全く。ああ、なるほどな!」
 リストの中に、デザートイーグルとコルトパイソンの名を見つけて、ドライが鼻で笑った。
「ここでおいたしやがった奴らに会ったぜ。そいつらは素人だったけどな」
「……その人たちはどうなった?」
「一人は初音が上前をはねやがって、もう一人は逃がしちまった。
チッ、しまったな。こんなことなら仕留めときゃよかったな」
 和樹はゆっくり首を振った。低い声で告げる。
「それは本当に仕留めるべきだったね。それを持ち出した可能性があるんだ」
「あん? ――――な!?」
 和樹に指差され、リストの最後を目にしたドライは、今度は口笛を吹く余裕すらなく絶句した。

「コンポジション4……プラスチック爆弾だと!? ご丁寧に雷管と起爆装置つきか!!」

「……なんなのだ、それは?」
 歳江の問いに、和樹は棚の一角から、紙粘土のようなものを取り出した。
煉瓦二つ分ぐらいのサイズだ。
「……これはここに残されていたものだけど」
「チーズの塊か紙粘土にしか見えぬが……」
「ところが、雷管……この金属の管をこいつにぶっさして電気信号を送ればドカン! だ。
タイマー回路までついてやがるからな。爆発させるだけなら素人に毛のはえた程度の知識で出来ちまう」
 ドライが腕を芝居がかった調子で広げた。和樹がその先を続ける。
「これ一つでこの倉庫が破壊できる。そして、盗まれた爆弾の量はこの数倍だ」
「これなら、初音のババァでも吹っ飛ばせるんじゃねーか?」
「それよりも……!」
 はじめて和樹が冷静な声を崩した。
「まさかと思いたいけど……中央を覆う結界維持装置が破壊される可能性があるんだ」
 ドライと歳江が顔を見合わせた。やがて、おずおずと歳江が口を開く。
「しかし……そんな危険なものを、ヴィル・ヘルム殿達が結界の外に用意するだろうか?」
「これは可能性なんだけどね……ヴィル・ヘルム様は俗に言う科学文明を嫌ってらっしゃる。
ひょっとしたら、この手の兵器に関しては疎いかもしれない」
「初音の奴は論外だな。ケルヴァンは?」
「魔道兵器の大家だね。だけど、異世界の兵器にまで精通しているとは限らない。
それにこの倉庫にある武器全てを、精細に調べることなんてしたんだろうか?」
「じゃ、なにか? あいつら、あたし達のために異世界から適当に武器もってきやがって、
そいつがどんなもんなのかっての、分かって無かったってのか?」
「可能性、だけどね……少なくとも、歳江さんは見た目だけではこの爆弾の危険性は理解できなかった」
「……確かに。今でも信じられぬ」

 ドライが本格的に笑い始めた。
「はは! いっそ結界でもなんでも破壊しやがれ!
なぁお前ら! 中央の奴らが魔獣だの、魔力食いだのに襲えわれて
慌てふためくところ見たいとは思わない――――」
「思わないよ!! あそこには!!」
 ドライが言い終わる前に、和樹が叫んだ。それから首を振って、続ける。
「……色々、大事なものがあるから。とにかく……」
 顔を上げる。

「あくまで可能性だ。結界の方は考えすぎかもしれない。
でもとにかく、ケルヴァン様へ報告を。
人を派遣してもらってここの武具は全て中央に輸送しよう。
それから、このリストを、外の人に頼んで一刻も早くケルヴァン様のもとに――――」

「――――待て!」

 ドライが鋭い声を出した。その口が引きつるように笑みの形を作る。
「おかしいぜ……警備兵達の気配が消えやがった」

「な―――!?」
 絶句する二人を尻目にドライはハードボーラーを構え、
戸口から外に首を出し、直ぐに引っ込めた。

ヒュンッ

 それでもギリギリだった。戸口の外側の上に隠れていたのだろう。
そのままドライが外にでていたら脳天を勝ち割るようなタイミングで、
ドライの眼前を戦斧が走る。

「古典的な手を!!」
 内心冷や汗を流しながらも、ドライはハードボーラーの銃口を
着地したばかりの少女――――小柄な身体に不似合いな巨大な戦斧を持った少女だ――――に向けた。

 だがトリガーをひく前に、少女は信じがたい速さで接近。その斧をドライの首筋に叩きつける。
「させぬ……!!」
 飛び散る火花、閃光。ギィンという、金属音。
 これも寸前だった。割って入った歳江の日本刀が、火花を散らし戦斧を受け流す。
「ドライさん!」
「おう!」
 和樹の投げたイングラムM10サブマシンガンをバックハンドでドライが受け取る。
間髪いれず発砲。

「……ち……」
 だが、少女は舌打のようなものと共に、外に出て横に飛び、銃口の死角にはいった。

 和樹は、ドライと歳江ごしに外に、倉庫で見つけた閃光弾を撃つ。

 闇の中夥しい警備兵の死体と、三人の影が浮かんだ。
 先ほどの戦斧を持った小柄な少女、トカゲのような体躯を持つ大剣使い。
そして、長身のショートカットの女性だ。

 閃光にそれなりに驚いたのだろうか、まずは三人の襲撃者は間合いをとり、
影の中へ消えた。

「ケルヴァン様!!」
 その機に、和樹は電覚を使用。ケルヴァンと連絡を取る。
『和樹か。なんだ――――』
「武器庫が再度襲撃を。守備隊は全滅しました」
『……なに!? 倍の戦力を差し向けたのだぞ?』
「残存兵は僕、土方歳江、ドライの三人です。襲撃者も三名を確認」

 閃光弾で視認した襲撃者の様子を手早く説明すると、ケルヴァンは歯噛みした。
『ママトトの武将達……既に集結していたのか! 赤い死神がいないのがまだ救いだが……!
 和樹! お前ら三人はそこで武器庫を死守しろ。
2時間で私自らが手兵を連れておもむく。それまで持ちこたえて見せろ』
「言うのは簡単だぜ!」
 ケルヴァンの指令を伝えると、ドライが毒づいた。
「和樹殿、彼我の戦力は?」
「ケルヴァン様の口調から考えて……互角、かな。楽観的に考えて」

「ハッ!」
 ドライが笑う。
「なあ、お前ら。あたしには絶対にぶっ殺してやりたい女と、絶対に手に入れたい男がいる。
お前らにはそういうの、あるか?」

「わが刀は屈辱に塗れたままだ」
 刀を構え、歳江が答えた。
「なにより、あの頼りない局長一人に新撰組を背負わせるのはあまりに不憫。
仮初の命といえど、ここで失うわけには行かぬ」

「……僕もだ。僕も果たさなきゃいけない約束がある」
 倉庫で見つけたウージーサブマシンガンを構え和樹も答える。
「守ると約束した人がいる。まだ行動を停止するわけにはいかない」

「OK! そうこなくっちゃな!!」
 ドライが犬歯を見せてニヤリと笑った。
「気合入れろよ! お前ら!!」
「不意打ち……失敗したわ」
「かなりの手練のようね。外にいた連中とは違うということね」
 ライセンの報告に、ミュラが答えた。
「関係ねぇぜ!! シェンナの仇うちだ!!」
 吼えるヒーローに、ミュラが落ち着け、と声をかける。

 だが、怒りに燃えているのはミュラも同じだった。
さきほどシェンナの変わり果てた姿を見たときの衝撃は、今も心に残っている。
「相手は守備に徹するようだね」
「……厄介ね」
「ええ。でも私達は勝つわよ」
 静かな声でそう呟き、ミュラはグッと拳を握り締めた。

 シェンナの死を知れば、きっとナナスは傷つく。
そして自分のことを責めるだろう。
自分が悪いのだと。イデヨンを利用された自分が悪いのだと。
 それがミュラには許せない。
「許せないのよ……!!」

  襲撃者は三人。
 ――――義憤に燃え、主に忠を尽くすママトト屈強の猛将達。

迎撃者は三人。
 ――――仮初の命を与えられ、それでも己の願いを持つ屍人と機械人形達。

戦いの幕があがる――――

【土方歳江、ドライ、友永和樹: 鬼、状態良】
【ミュラ@ママトト: 狩 状態良 所持品:長剣】
【ライセン@ママトト: 狩 状態良 所持品:戦斧】
【ヒーロー@ママトト: 狩 状態良 所持品:大剣】
【流出した武器数不明。C4爆弾所持者不明】



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