ツッコミのない生活






 ザクッ
 ザクッ

 ……傍らに横たわっている男。
 この男の先程の力は何だったのだろうか?
 ……残像を残した瞬間移動。
 ……その手から迸った閃光。
 人間……か?
 少なくてもただの人間ではない。
 俺がこれまで戦ってきた相手にも、いろいろな者達がいた。
 しかし、それらも所詮は人間にすぎない。
 ……この男はどうだ?
 先程の戦い方は、果たして人間のものと呼べるのだろうか?

 ……俺は、とんでもない所に来てしまったようだな……。

 ザクッ
 ザクッ

「……ふぅ」
 ようやく、女の死体を埋める穴を掘り終えた俺は、血でべとべとに濡れた、牛の怪物の斧を投げ捨てる。
 いくら他人とはいえ、そのまま捨て置くのも……そう思っての弔いだった。
「……ぐぁ……」
 側に突っ伏していた男が声を漏らす。……どうやら気がついた模様だ。
「……動くな。……いや、動けないだろう?」
 実際男は動ける状態ではなかった。
 今の不可思議な能力の反動だろうか?
 さっき倒れた時、様子を見てみたが、体中の複数箇所に打撲傷が見受けられた。
 更に言えば、あのミノタウロスと対峙した時のような気は全く消えていた。
 ……同じ人間だったとは到底思えない。
 俺の言葉を聞きながらも、男は無理に起き上がろうとする。
「……あんたこそ……ふらふらしてるぞ? 朝飯は……ちゃんと食ったのか?」
 ……男が言うように、俺の怪我も軽いものではない。
 肋骨の損傷に、『神速』の発動による極度の肉体負荷。
 自分がふらふらしていることさえも気付いていなかったくらいだ。
「それに……つばさは俺が……見送らなくちゃ……な」
 男がそう言うと、ゆっくり立ち上がった。
 その後俺達は、つばさという少女を即席の墓に埋葬した。
 俺も男もふらふらだったため、作業が終わるのに多少時間が掛かってしまった。
「……ありがとうな」
 男が言う。
「……人として当然のことをしたまでだ」
 俺はそう返した。
 正直、俺の中には罪悪感が残っている。
 つばさという少女が命を落とすことになったのは、俺の油断が招いた結果だった。
 ……そう思う。
 男は膝をつくと、少女の墓前で手を合わせる。
 ……静寂が辺りを包んだ。
 俺は上から男の表情を窺おうとする。
 ……男の頬はもう、乾いていた。

「そういえば……」
 急に男が寝転ぶ。
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
 ……そういえば、自己紹介もしていなかった。
 俺はゆっくりと腰を下ろす。
「ああ……。俺は……高町恭也だ」
「……そうか。我が名は桜井舞人。鉄でできたロボットの体を求めて、機関車で宇宙をさすらう旅人だ」
「ああ……。よろしく」
 そしてまた沈黙。
 男――桜井は何か不機嫌そうな顔をしたが、俺は気にしなかった。
「……一つ、聞いていいか?」
 桜井が口を開く。
 俺はうなずき、後を促す。
「……高町は……ここの人間か?」
 ……恐らく桜井は、こう聞きたいのだろう。
 ――帰る方法はないのか、と。
「悪いが俺はこの島に住んでいるわけではない。たぶん、俺もお前も同じく、望まずしてこの島に呼ばれた者だ。
 ……帰る方法も当然わからないな」
「そう、か――」
 桜井は寝転んだまま曇り空を見ていた。
 きついことを言っただろうか?
 親友だったであろう少女に、自分は必ず帰ると約束した直後だ。
 俺みたいな人間に会ったところで、帰る方法が分からなければ状況は変わらない。
 ――ふと、俺は先程桜井が見せた、不可思議な能力について尋ねてみようと思った。
「……桜井。さっきのミノタウロス……というか、牛の化け物を倒した時に使った力は何だ?
 いわゆる『気』とも違ったようだが……」
「あれはだな。いわゆる『気』とも違って、なぜか知らんが俺が初めて使った得意技だ。いわゆる十八番(おはこ)だな。
 桜井家に昔から代々伝わる必殺技で、俺が一代目だ。これから俺はあの技を桜井家の伝統にしようと思う」
「……そうか」
 ……何か言ってることが矛盾だらけで、桜井と話すのは疲れる。
 言語障害でもあるのだろうか?
 体の方は極度の疲労と打撲以外に特に外傷もなく、生死に関わるほどでもなさそうだが……。
 なぜかまた、桜井は何か不機嫌そうな顔をしたが、俺は気にしなかった。
 ……結局先程のことについても、何もわからなかったが、もう一度聞くのもためらわれた。
「さて、と……」
 俺は苦痛に顔をゆがめながら、ゆっくりと立ち上がった。
 立ち上がる俺を桜井の目が追う。
「……どうするんだ?」
 桜井が俺に尋ねてきた。
「……どうもこうもない。お前はつばさとかいうあの女に、自分は絶対に帰ると約束したんじゃないのか?
 ……ならばやることは一つじゃないのか?」
 埃を払うと、俺は桜井のほうをちらりと見る。
 桜井は必死に起き上がろうとしていた。
「……当然、俺は帰る方法を探す。……高町。手伝ってくれて……ありがとな」
 恐らく桜井の言う『手伝い』とは、つばさという女の弔いのことだろう。
 ふいに美由希のことを思い出す。俺はあいつも探さなくてはならないのだった。
 ……あいつなら大丈夫だろう……。そう信じることにした。
 俺は軽くため息をつく。
「……つばさが死んだ原因は俺にもある。それに結果的にではあるが、お前は危ないところを助けてくれた。
 曲りなりにも剣士である俺が、二重の重荷を背負ったまま別れることはできない。……一緒に行かせてくれ」
 桜井は立ち上がろうとする姿勢のまま、俺の顔と、腰に帯びた二本の刀を交互に見た。
「よかろう……。手を抜くでないぞ」
 無駄に重々しい声を漏らし、桜井はやっとのことで立ち上がる。
 そしてゆっくり俺に近づくと、手を差し出してきた。
 俺はその手をしっかりと握ろうとした。
 ……お互いに弱々しい握手をする。
 ……やはり、桜井はこの様子ではもう先程のような力は使えないだろう。
 と、なると、もしもの時は俺がやるしかないわけだ……。
 やがて手を離すと、俺は振り向き、ゆっくりと歩き出した。
「……歩けるか?」
 そう言って俺は背後に目をやる。
 桜井は、ただ土が盛られているだけの粗末な墓を横目にしていた。
「あぁ……」
 こちらに向き直る。
「走ってだってやるさ!」
 ……そう言うと桜井は、大きな斧を杖にして、ゆっくりと歩き出した。

【高町恭也 状態△】
【桜井舞人 状態×(ほとんど回復せず) 装備:鉄の斧入手】
【二人は行動を共に 目的:帰る方法を探す】



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