無題
ドサリという大きな音が静かな森の中に響く。それまで何も存在していなかった場所に、一人の青年の姿が現れた。
「痛ぅ……。何処だここは? また『ブラックロッジ』の奴等が何かやったのか?」
地面に落ちてしたたかに打ち付けた腰を擦りながら、そんな事を呟く青年の名は大十字九郎。アーカムシティと呼ばれる都市の片隅に居を構える三流探偵である。
「『ページ』の世界とも違うようだし……。そういえばアルはどうした? アル!」
辺りを見回しながら、大声でアルの名前を呼ぶ九郎。少女の姿を持つ真なる魔道書、アル・アジフ。大十字九郎のパートナーで、彼の身に人ならざる力を与えた存在でもあった。
九郎はひとしきりアルの名を呼んでいたが、近くにはいないらしいという事が判ると、一度大きくため息をついた。そして現在の状況を確認しようと、立ち上がってあたりの様子を覗う。
「アルの力は感じる……、一応無事らしいな。だけどこのままじゃジリ貧だ、さてどうするか……」
そう九郎が呟いた時、突然少し離れた所に生えていた草むらがガサリ、と大きな音を立てた。
「誰だ!」
九郎は叫んでから、腰のホルスターにつけてある銃に手を掛ける。回転式拳銃『イタクァ』と自動拳銃『クトゥグア』。アルがいれば強大な力となるその二挺の拳銃も、現在ではただの銃でしかない。
「敵だったらやばいな……」
九郎はクトゥグアを手に取り、油断無く辺りを見回した。
『フー!』
突然妙な叫び声が聞こえてきた。草むらから現れたのは、昆虫のような甲殻で姿を覆っている漆黒の姿。
「な、なんだこいつは!」
九郎はその姿をみて思わずうろたえる。その隙を目の前の化け物は見逃さなかった。
『フー!』
化け物は甲羅で覆われている拳で殴りかかってくる。
「グハッ!」
その拳は九郎の肩に当たり、そのまま彼の身体は一メートルほど吹き飛び、そして木に当たった。
追い討ちをかけようと近づこうとする化け物を、九郎は痛みに耐えながら、離さなかったクトゥグアの弾を放つ。弾は化け物の胸に当たるが、その厚い甲羅に阻まれ致命傷にはなっていない。
「こいつ、Dr・ウエストの作った新型かっ!」
九郎は痛みを堪えながら立ち上がると、そのような事を呟いた。
実は目の前の化け物は、地球を狙う侵略者『ダイラスト』の尖兵、フーマンという量産型の戦闘員なのだが、九郎にそれが判るはずも無かった。
『フー、フー』
フーマンは油断無く身構えている。その表情からは、何を考えているか窺い知る事は出来ない。
「俺は……、俺達の生活を壊そうとするお前等を許せないんだよっ!」
九郎はもう片方のホルスターから、イクタァも取り出して構えた。
右手にはクトゥグア、左手にはイクタァ。
九郎はそれらを同時に放つ。
『フー!』
しかしフーマンは身を翻し、その弾を避けた。九郎の顔が驚きに染まる。
『フー、フー!』
その顔が面白かったのか、フーマンは笑っているような声を上げる。
「……なんてな!」
『フッ!?』
突如、フーマンに背後から大きな衝撃が襲い掛かった。
ブチャリ、と何かが潰れたような音が聞こえてくる。
それと同時にフーマンの首を貫いて背後から何かが飛び出してきた。
それは拳銃の弾、イクタァから打ち出した弾丸である。
クトゥグアとは、連射能力に特化している拳銃だが、イクタァに連射能力は無い。
しかしその代わりに、イクタァには目標への自動追尾能力と、術者の思考を弾丸の軌道に影響を与える力というものがある。
アルの力を借り受けマギウスと呼ばれる形態となれば、全ての弾丸を操る事もできるのだが、
今の九郎には、たった一つの弾丸を操るのが精一杯だった。
今の攻撃は彼の賭けだった、そして彼はその賭けに勝った。
フーマンの大きな身体はそのまま地面に倒れ、二、三度痙攣を起こし、そして動かなくなった。
「こんな奴がいるなんてな。……アル!」
九郎は最後にアルの名を呟くと、己のパートナーである少女を探すため、暗き森の奥へと駆け出した。
【大十字九郎 斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 持ち物 アル・アジフ(現在失っている)、回転式拳銃(リボルバー)『イクタァ』、自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』 状態 ○ 招】
【フーマン 超昂天使エスカレイヤー(に準ずる)(アリスソフト) 持ち物 なし 狩 状態 死亡】
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