暗示
夜の闇も深くなった頃。
市街地の一角で、鳴海孝之、涼宮遙、早瀬水月の三人は休息をとっていた。
「遙、大丈夫よ。落ち着いて、ね?」
涙を流し、しゃっくりをあげる遙に水月が優しく頭をなでた。
「う、うん。でも……」
遙はイヤイヤするように首を振る。
「だって、ここ変だよ。あんなにいっぱい人が死んでるなんて!」
「でもさ」
今度は孝之が横から口を開く。
「そのおかげで、俺らこの銃をとってこれたんだぜ?」
数時間前。
銃声を聞いて、おそるおそるそちらに移動した三人が見たのは、
鉄でできた倉庫のような建物と、夥しい数の死体だった。
死体を見て遙はほとんど昏倒しかけ、孝之もまたすぐさま逃げようといったのだが、
水月が反対した。
『今、誰もいないみたいだし、何か手に入れといた方がいいわよ。
この島なんか変だし、武器あった方がいいと思う』
怖かったのは水月も一緒だったが、それでも彼女は死体から目をそむけながら、
一人で誰もいない武器倉庫に侵入していくつかの銃を手に入れたのだ。
銃の種類は良く分からなかったのだが……
だから、孝之の俺らという言葉は間違っている。
勇気を振り絞って銃を獲得したのは、水月だ。だが、彼女はそれを訂正するつもりはなかった。
死体を見てからずっと泣きどうしの遙を慰めてやる。それが先決だと水月は思う。
「こいつがあればさ、俺ら無敵だぞ。俺がなんにからでもお前を守ってやるからさ」
「そうよ遙。大丈夫だって。ほんとにね」
「う……うん。でも、でもね……!」
遙は孝之に抱きついた。
「怖い、怖いよ……私!」
「遙……」
「孝之くん、怖いの……もう茜にも慎二君にも会えないかもしれない!」
「大丈夫だっていってるじゃない……遙」
水月の言うことを無視して、遙は続けた。
「だって折角リハリビが終わったんだよ! やっと歩けるようになって! 孝之君とデートできるって思ったのに! それなのに……」
「馬鹿、デートなんていつでもできるだろ?」
「……ほんとに?」
「ああ、ほんとだ。ちゃんと帰れる。デートだってしてやる。約束するぞ。
俺がお前を守ってやるからな」
「孝之君っ……孝之くぅんっ……!!」
抱き合う二人を見て、自分はここにはいない方がいいだろう、と水月は思った。
だから、
「私さ、ちょっと見回り行って来るね」
そう小声で告げて、席を立った。返事はしてもらえなかった。
「怖いのは私だって同じよ!!」
一人きりになって、水月は叫んだ。
「何よ、何なのよ! 私はどうでもいいってわけ!?」
腹立ち紛れに、近くの壁を蹴飛ばす。
歯を食いしばって、耐える。だけど涙がこぼれるのをとめることは出来なかった。
孝之が好きだった。どうしようもなく好きだった。
遙は親友だ。事故から目を覚ましたことも、リハリビが上手くいったことも、
そして、自分から孝之を奪い返して、再び付き合うようになったことも、
紆余左折はあったものの、水月は祝福する気になっていた。
「でもこんなのって、あんまりよ!!」
一時は確かに、自分が孝之の彼女だったのに……
「水月……」
不意に後ろから声をかけられて、水月は固まった。
(孝之……!?)
慌てて涙をぬぐい、振り返る。
孝之は申し訳なさそうな顔をしていた。泣いていたのはバレバレってわけらしい。
「悪かった。でもさ……今は、ほら遙を落ち着かせるのが優先だって思ってさ」
「……分かってるわ、そんなの。遙は?」
「泣き疲れて、眠っちまったらしい」
「あっそ……」
「あのさ、水月。俺はお前だって大事だぜ?」
「え……?」
「そりゃ、もう彼氏彼女じゃないかもしれないけどさ、それでも俺達友達だろ?」
「それは、そうだけど……」
「なら、俺は遙だけじゃなくて、お前も守ってやる。
ピンチの時にはかけつける。それが友達だからな」
「孝之……」
潤む水月の瞳。その向こうで。
「いや、兄さん。カッコいい事言っている最中に申し訳ないけどさ」
グラマーな金髪の女性が音も無く現れて、
「悪ぃな、死んで貰うぜ?」
拳銃を構えた。
(まあ、ラッキーかな)
と、ドライは思った。駆除対象者の二人組み。魔力を持っているやつはいないようだ。
(保護なんて、かったりぃことやってられねぇしな)
とりあえず素人のようだし、サックリやっちまうか―――
そう思いハードボーラーのトリガーに指をかけるが、
「なによあんた!!」
そう叫んで、銃を構えようとする水月に、わずかに眉をひそめた。
(デザートイーグルだぁ? どこでそんなもんを?)
が、所詮は素人だった。銃声が一発鳴り響き、ドライは銃を構える前の水月の手を撃ち抜いた。
「あ……!? あぁ……!!」
デザートイーグルを取り落とし、痛みに耐えきれず倒れる水月。
ドライは、残る孝之のほうへ、銃口をむけた。
既に孝之は銃を構えているが、へっぴり腰もいいとこだ。
あの構えでこの距離じゃ何発撃たれてもあたりはしないだろうな、とドライは判断する。
だが、気になることもあった。
(今度はコルトパイソンねぇ……どこで手に入れたのか聞き出した方がいいかも知れねぇな)
だから、トリガーを引く前に、そのことを問おうとしてドライは口を開こうとしたが、
「み、水月……悪い! すまねぇ!!」
孝之は倒れている水月にそう叫ぶと、きびすを返して逃げ出した。
「孝之、ウソでしょ! 待ってよ!!」
水月の叫び声が、背中につきささるが、孝之はただ走っていた。
何も考えず走って、遙の寝ているところまでたどり着く。
「た、孝之君、どうしたの!?」
乱暴に起こされて、遙は驚きの表情を浮かべるが、孝之はその手を強引に引っ張った。
「い、いくぞ! 逃げるんだ!!」
「に、逃げるって、でも水月は……?」
「い……いいから走れよ!! 言うこと聞け!!」
「い、痛いよ孝之君……」
状況を飲み込めぬまま抗議の声を上げる遙を、それでも強引に走らせながら孝之は思った。
(俺……今、水月を見捨てたのか?)
恐怖感だけで満たされていた心に、徐々に罪悪感が侵食する。
(いや……違う! そうじゃない!!)
だが、孝之はその罪悪感を必死で振り払った。
(遙がいるんだ! あそこで水月と二人で死んでどうなるっていうんだ!!)
「孝之君、ねぇ、水月は……?」
「うるせぇ! 黙れ! 走れよ!!」
恋人に向かって怒鳴る。
(そうだ、俺は遙を守らなくちゃならないんだ!! 俺は正しいことをしたんだ!!)
必死に自分に言い聞かせながら、孝之は遙の手を引っ張って走った。
「お前……あっさり見捨てられちまったなぁ」
ドライは呆れてつぶやいた。あまりの裏切りっぷりについあっけにとられてしまった。
ガリガリと頭をかく。
無論、今からあの孝之を追って仕留めるはたやすい。
が、なんていうかやる気が萎えてしまった。
わずかながら水月への同情が沸く。
「なぁ、お前、こいつどこで手にいれたんだ?」
回収したデザートイーグルをちらつかせ、そう問うが、
「嘘……ひとどいよ孝之……」
水月は倒れたまま呆然とつぶやくばかりだ。
ドライは再度頭をかいた。
(チッ、気が滅入るぜ。あたしも男にゃ痛い目会ってるしな……)
だが、獲物は獲物だった。
ハードボーラーの銃口を水月の頭に突きつける。
「悪く思うなよ。 男を見る目のないアンタが悪いんだ」
そうつぶやき、トリガーに指をかけて。
「気が進まないのなら、止めておきなさいな」
音も無く現れた初音の声に、その指を止めた。
「初音、だっけか? 何のようだ?」
「その女性、水月といいましたかしら? 私に下さらない?」
「あん?」
「少し痛い目をあってしまってね……搦め手を使ってみるのもよいかな、と」
そう言って、初音は水月に近寄り、その顎をクイッと持ち上げて、顔をちかづけた。
「あ……ああ……」
キスするかのような距離で瞳を覗き込まれ、水月がつぶやく。
「ねぇ、水月。この島で何が起こっているのか……この事態の原因は何か教えて差し上げましょうか?」
「げ、原因……?」
「あのね、水月さん。私たちは魔力を持つ者達を必要としていてね。呼び出したの。
それでね。魔力を持つ人たちだけが呼び出されれば何の問題も無かったのだけれど、
今度は魔力を持った人たちが、別の人たちを巻き込んでしまったの」
「魔力……巻き込んだ……」
水月は初音の目に魅入られたまま、つぶやく。
「そう、彼らは自分の親しい人、近しい人たちを巻き添えにしたのね。
あなたの側に誰かの声を聞いたという人がいなかったかしら?」
「遙……」
初音はほとんど優しいと言っていい声で続けた。
「そう、その遙さんがあなたを巻き込んだのよ」
「遙が……巻き込んだ……?」
「そう、そのあなたの苦しみも、胸の痛みも、男に裏切られたことも全て……」
「遙、のせい……」
徐々に、水月の瞳が空ろになっていく。
「悔しくないのかしら? さぞかし無念でしょうねぇ……」
「遙、遙、遙、はるか、はるか、ハルカ、haruka………」
空ろな目で、うわ言の様に遙の名をつぶやき続ける水月に、初音は妖艶に笑い、ひとまず身をはなした。
ドライが顔をしかめ、問う。
「……暗示か?」
「あら、よく存じましてね?」
「サイスの糞野郎が似たようなことやってたしな……
そいつは自分の命令に従う暗殺者を作っていたが、あんたはどうするつもりだ?」
「そうねぇ……」
微笑。
「生娘でないのは残念だけど贄にしてもよいし……
あるいは蜘蛛を宿らせて駒にしてもよいかしら。
あるいは暗示のみで人の身のままで操るというのも一興かしらね?」
「……不愉快だぜ、ババァ」
「御黙りなさいな、生娘」
苦々しい顔で暴言をはくドライに、初音はむしろ愉快気に返答した。
「それとも、その鉄筒で私を止めてみる? それもまた一興よ?」
「…………」
ドライはギリッと歯をきしませたが、やがて肩をすくめた。
「あたしの知った事かよ。好きにしやがれ」
そう、言葉を吐いて、闇の中へ消えた。
【涼宮遙@君が望む永遠(age): 招 状態良 所持品:拳銃(種類不明)】
【鳴海孝之@君が望む永遠(age): 狩 状態良 所持品:コルトパイソン】
【早瀬水月@君が望む永遠(age): 狩 状態暗示 所持品:なし】
【ドライ@ファントム: 状態良 所持品:ハードボーラー×2、デザートイーグル】
【比良坂初音@アトラクナクア:状態良 所持品:なし】
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