見えない未来(あした)
川に沿って歩くということは、水が確保出来るという利点がある。
しかし、それは逆に考えれば敵にとってもそのルートを予知し易いということだ。
俺たちは川から少し離れた地点を歩くことにした。
足元が土から徐々に苔むしたスポンジ状に変わってきたところから察するに、どうやら湿地帯に入ってきたらしい。
正直、足の負傷はかなりのものだっただけに足元が柔らかいのは助かる。
「ああん、もうっ!何でこんなにベタベタするのようっ!」
恋が顔に張り付いてくる前髪を必死に払いのけながら愚痴る。
「仕方ないだろ、湿地帯に入ったみたいだし。それに、川沿いを歩いてまたあのクモ女に会いたいのか?」
「うっ・・・。それは・・・」
「だろ?だったら文句言うんじゃない。」
「むぅ・・・。」
状況が状況なだけにやけに素直に引き下がる。
(普段もこうなら可愛い妹なんだがなぁ・・・)
そんなことを考えて苦笑する。
「アンタ・・・よくこんな状況で笑ってられるわねぇ〜。」
半ば呆れ顔の恋。
「こういう時だからこそ、だろ?あれからみんな神経尖らせて歩いてるからさ。」
「大輔ちゃん・・・。」
天音が申し訳なさそうにこちらを見る。
「ちょっと、休もうか?ここなら何か来てもすぐに逃げられそうだし。」
俺たちは出来るだけ現実から離れた話に興じた。
天音の寝坊話、学園祭の出し物、悠姉さんが話す、俺の昔の話・・・
そんなくだらない話をしている時だけはいつもの日常と何ら変わりないように思えた。
ただ一つ、足の痛みを除いては。
「あら、恋ちゃん。」
藍ちゃんが恋を呼んで目の前の水溜りを指差す。
「お魚がいますわ。」
「え?・・・ホント。こんな世界でも魚なんているのねぇ〜。」
二人は話しながら水溜りの方へ足を運ぶ。
「あんまり離れすぎないようにな!」
一応、釘は刺しておく。
恋は、はいはい、分かりましたわお兄様、と軽く受け流しながら靴を脱ぐ。
「おいおい・・・深くないのか?」
「お兄様、足首くらいまでしかございませんわ。ご安心を。」
藍ちゃんがすかさずフォロー。
「橘せんぱ〜い!百合奈せんぱ〜い!一緒に魚捕まえませんか〜?」
「え?私も・・・ですか?」
「えっ?私?」
恋のいきなりな誘いに天音は自分を指差して俺に聞く。
「いってくればいいじゃないか。二人とも。大丈夫、何か来ても俺がいる。心配ないよ。」
二人にに諭すようにそう言った。
「そう・・・ですね。では行ってきます。」
百合奈先輩はそういうと二人の下へゆったりとした動きで歩いていった。
「私は・・・大輔ちゃんの傷の方が心配だよ・・・。」
天音・・・。
俺は天音に気づかれないよう、無理に笑顔を作ると大丈夫と答える。
「うん・・・じゃあ、行ってくるね。」
「ああ。焦って捕まえようとして転ぶなよ?」
「大丈夫だもん・・・。」
頬を膨らませて否定する辺りが何とも子供だ。
「この間だって転んでパンツ丸見えだっただろう。どこが大――」
「ダ、ダメだもん・・・っ!!」
顔を真っ赤にしてうつむく天音。
「ダメだもんも何もお前が悪いんだろう、あれは。まあ、とにかく大丈夫だから行って来い。」
天音の頭を撫でてやる。
「うん・・・。改めて、行ってきます。」
天音に笑顔が戻ってよかった。ああじゃないと俺まで気落ちしてしまう。
「・・・優しいんだね。」
「えっ?」
魚に良いように玩ばれている四人を眺めながら悠姉さんが呟く。
「さっき。・・・大輔ちゃん、無理に笑顔作ってた。」
「・・・・・・。」
悠姉さんの瞳に吸い込まれるような錯覚がした。
「そんなことないよ。」
「お姉ちゃんの目はごまかせないよ?」
声は明るいが、その表情は曇っていた。
「傷・・・かなりひどいんだね・・・。」
「・・・うん。もう、正直言って歩くのが精一杯なんだ。でも――」
俺は悠姉さんを見つめ返して言い切った。
「あいつらには・・・そう感じさせないでやってほしいんだ。」
「大輔ちゃん・・・。」
「あいつらには辛い思いをしないで、元の世界に戻って欲しい・・・。」
既に自分の中で覚悟は出来ていた。
「そんなこと・・・言っちゃダメだよ・・・。」
悠姉さんが悲しげな声で言う。
「みんなで、戻らなくちゃ・・・。おじさんや雪乃さん、それに、亡くなったおばさんだってみんな大輔ちゃんのこと心配してるよ。」
「・・・そうだね。アイツのおばさんも、心配してくれてるだろうな・・・。」
俺の視線に気づいた天音がこちらに微笑みかける。
その笑顔は純粋で・・・とてもここが異世界だとは思えなかった。
「橘さん・・・大切にしてあげなきゃダメだよ?」
「え?」
驚いて悠姉さんの方に向き直る。
「橘さん・・・大輔ちゃんの事、大好きなんだね。見てると分かるよ。」
「アイツは・・・小さい頃から一緒にいるから、家族みたいなもんなんだ。だから、きっと肉親に対する愛情のようなものを俺に感じてて・・・」
こんな所でする話じゃないが、やっぱり何処で話してもこの話題は嫌なものだった。
「天音は・・・それを俺に対する愛情と勘違いしてるんだと思う・・・。」
「そうかな・・・。私はそうは思えないよ?」
(・・・うらやましいな。あんなに好きって表に出せるの――。)
「えっ?何?」
「ううん。何でもない。」
何だったんだろう?悠姉さん・・・。
とにかく、そろそろ移動しないとまたあのクモ女に追いつかれでもしたら今度こそ命はない。
「そろそろ行こうか。」
「うん、そうだね。」
俺と悠姉さんは揃ってはしゃいでいる四人に声をかけようと水溜りに向かった。
【全員湿地帯にて休憩。】
前話
目次
次話