不惑
ヒュカッ
昼なお暗い寂々とした森林に響く、乾いた音一つ。
同時に木の幹に一本の矢が突き刺さる。
「あ……あにすんじゃ、ぼけぇ!」
罵声。
ヒュカッ
「っ!?」
その余韻が収まるのを待たず、罵声の主の一瞬前までいた場所に
次の矢が打ち込まれる。
「(チィッ、面倒な事になったさ!)」
罵声の主はそう思うと身を低く伏せ、草陰に隠れる。
それは、野生の森林にいるには非常に似つかわしくない格好の少女だった。
赤と白のツートンカラーを基調とした、あちこちにフリルがあしらわれたエプロンドレス。
首には白い羽のブローチが赤いリボンで飾られている。
更に目を引くのは少女の髪。
染色した不自然なものではない、キューティクルも鮮やかな金髪が上方左右で結ばれている。
しかしその外見だけで少女を可愛らしいと思った者は、彼女の厳然たる意思と
闘志を秘めた瞳を見て愕然とするだろう。
大空寺あゆ、それが彼女の名であった。
「(この森林の中……そんなに遠くにはいないはずさ……)」
あゆはじりじりと匍匐前進しつつ、そう考える。
「(危険だけど……仕方無いさ!)堂々と出て来るさ!臆病もんが!」
叫ぶと同時に身を翻らせる。
ヒュカッ
果たしてその直後に大地に突き立つ矢。
「(方向……右っ!)」
飛来した方向を認識し、とっさにそちらに向かって身を低くして突進する。
「(……見えた!)」
数十m先、大木の枝に立つ人影が一つ。
「うがあああーっ!」
雄たけびを上げ更に加速するあゆ。
対して人影は慌てて次の矢を構え、放つ。
ヒュ……ガン!
あゆの真正面に叩き込まれる矢。
だが、同時に彼女は小脇に抱えていたスチール盆を前面に構えていた。
衝突音。
結果、鏃は盆に書かれた『すかいてんぷる』の文字を歪めるに留まる。
「すかいてんぷる特注盆の硬さ、舐めてんじゃないさ!」
瞬間、あゆは大きく腕を振り被った。
「猫のうんこ……」
弓のように体がしなり、
「踏めーっ!」
手にした盆を投擲する。
「!?」
流石にこの攻撃は予想外だったのだろう。
丁度背中の矢を取り出そうとした所にそれは直撃し、人影は木の枝から落下した。
「くっ……!」
かすかに聞こえるうめき声。
下が落ち葉のクッションになっていたとはいえ、そのダメージは浅くはないのだろう。
すぐには動けないのか、人影は体を抑えたまま動こうとはしない。
「今さ!」
残り僅かの距離を、あゆは一気に跳躍した。
「うらあぁぁぁっ!」
着地地点の人影の顔面(もしくは背骨)を叩き折らんと、折り曲げた両足に全身の力を込める。
そして、あゆはついに人影の落下地点に到達した。
「死ねや、こんちくしょうが!」
その外見とは全く似つかわしくない怒声と共に、あゆは両足を……
「……あ!?」
叩きこもうとしたが慌ててそれを止めた。
とはいえ跳躍の勢いは止められる筈も無く、そのまま人影の上に飛び乗り、組み伏せる体勢になる。
―――それは、和服を着た少女であった。
和服と言っても女性が着るような振袖などではなく、むしろ男性が着るそれに近い。
長い黒髪は簡素に結ばれ、今は落ち葉の上に大きく広がっている。
その顔立ちは繊細に整っており少女特有の可愛らしさと女特有の色気を備えていた。
『和服の女武者』―――そんな馬鹿げたフレーズがあゆの頭の中を通過する。
だが、和服の少女の方も彼女の姿を認識し驚いたようであった。
苦しそうな呼吸で、自分の上にのしかかるあゆを見上げる。
「こ……子供!?」
「あ……あんですとー!?」
あゆの怒声が、森に響いた。
「本当にすまなかった!」
数分後、戦闘が行われた場所から少し離れた開けた場所に二人はいた。
切り株の上に座るあゆに対し、和服の少女は地面に額を摩り付けて土下座している。
「いかに焦燥していたとは言え幼子を敵と見紛うなど万死に値する非礼!
もし許せぬと言うのであれば、今ここで腹を……!」
「幼子って言うんじゃないさ!……ま、いいから頭上げるさ」
本当に切腹しかねない勢いの少女に、あゆはあっさり言った。
「許してくれると言うのか?だが……」
「あんたが必死だったってのは分かったし、ま、あたしも別に無傷なんだし気にすんじゃないさ」
自分の命の危機を『気にすんじゃないさ』の一言で済ませると、あゆは改めて少女に向き合った。
「それより……『敵』って何さ?」
「それは……」
少女の話は極めて断片的ではあったが、それでも幾つかの事はあゆにも理解できた。
彼女も自分も、ある日突然この場所に召還されてしまった事。
ここが、今まで自分達がいた場所とは全く異なる場所であるという事。
そして―――捕獲か殺害かは分からないが、自分達を狙う『存在』があるという事。
和服の少女は、返り血を浴びた羽織を着た数名の女剣士が何かを追っているのを見たそうである。
あゆ自身、直接誰かを見た訳ではなかったがこの島全体を覆う悪意のようなものは感じ取っていた。
「……気に入らないさ」
ぼそりと呟く。
「人を勝手に呼んでおいて殺そうとするなんざ人間のする事じゃないわね。ほんと」
そう言って、ひょいと切り株から立ちあがる。
「……叩き潰すさ、そんなもん」
今の自分には敵の正体や目的についての知識も無ければそれに抗し得る力も無い。それはあゆ自身充分理解している。
だが、発せられたその言葉には一片の迷いも混じってはいなかった。
迷いは怯えを生み、弱さを作る。
ならば迷うまい、例えそれが死道であろうとも。
「となると、まずは拠点だわね……」
形の良い顎に手を当て、思考を開始する。
「あの……すまない」
その時、まだ両膝をついていた和服少女があゆにおずおずと言った。
「その……せめてもの詫びに、しばらく行動を共にして良いだろうか?」
「別にいいさ、そんなの」
「しかしそれでは余りにも無礼!ここで何も礼を返さずに去られたとあっては、
私は山本家の墓前に立つ事叶わぬ!」
「……好きにするさ」
「かたじけない!」
再度頭を深深と下げる少女。
「……そういや、まだ名前言ってなかったわね。アタシは大空寺あゆ。
『あゆ』か『大空寺』でいいさ。それで……アンタは?」
「あ……不覚!名も名乗らずに私は……っ!」
「だからそれはいいさ」
「すまない……山本、山本五十六。それが私の名だ」
「……………それ、本名?」
【大空寺あゆ/君が望む永遠(age) 状態:○ 種別:狩 装備:スチール製盆】
【山本五十六/鬼畜王ランス(アリスソフト)状態:○ 種別:狩 装備:弓矢(弓残量16本)】
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