INVISIBLE MURDER






 嘘でしょう? と佐倉霧は思った。こんなのは嘘でしょう? と。

   友達だった。
 誰よりも大切な存在だった。
 美希のためならなんでもできると思った。
 こんなわけの分からないところに飛ばされても、美希と二人ならきっとなんとかなると思っていた。
 何をしても美希を守ろう。そう誓っていた。

 それなのに……それなのに―――


―――数十分前。

「なんなのよあいつっ!!」
 佐倉霧は親友であり、フラワーズの片割れでもある山辺美希の手を引っ張り、
夜の森の中を走っていた。
「霧ちん……あいつシャレになんないよぉ〜」
「分かってる! 走って!!」
 泣き声をあげる美希に叱咤の声をあげながら、霧は必死になって走った。

 いきなりわけの分からない森の中へとテレポートした霧と美希は、
よく分からない状況に戸惑い、恐怖を覚えながら、せめて森の中からでようとさ迷い歩いていた。

  『ふぇ〜ん……霧ちゃん、ここどこぉ?』
『ほら美希、泣かないで。あっちに光見えたし、行ってみよ?』

   泣き虫な美希を励ましながら、特にあてもなく歩を進めていて。
 奇妙な赤い髪の男に会ったのがつい先ほどのこと。
 男が小脇に抱えている二人の少女のことをいぶかりながらも
ようやく人に出会えたと安心する霧たちに、男が口を開いた。
 言うに事欠いて、
『死ね』
 と。

 そうして抜き払われた剣にを見て、霧と美希は一目散に逃げだしたのだ。

「あいつ追いかけてくるよぉ〜」
「大丈夫だって! あんな子供を抱えていたんじゃ速く走れるわけ無いもの!!」

   だが、木々の間を抜け、開けた場所へ飛び出して、二人は凍りついた。

「嘘……」
「そんなぁ……」

 崖だ。
 夜の闇で底が見えない。そんな崖が二人の前にあらわれた。

「くっ……!」

 美希の手を引き、来た道を戻ろうとする。
だが、遅すぎた。
 すでに男が霧たちの目の前に立ちふさがり、その剣を突きつける。

「なんなのよあんた!」
 美希を背後にかばいながら、霧は男と対峙する。

「魔力保有者と、駆除対象者のペアか……やはり召還のシステム上、
こういうパターンが多くなるようだな」
 そう、男が呟く。
「何の話をしてるのよ!」
 震えながらまっすぐ相手の目をにらむ霧に、赤毛の男は苦笑した。
「勇敢だな。性格を考えれば、後ろの女よりお前の方が覇王の資質があるのかもしれんが……」
「だから何の話よ!?」
「別に話す必要もないが……まあよいか」
 赤毛の男は肩をすくめた。
「我々は、魔力を持った人間を集めている。覇王の候補者として、あるいは同胞としてな。
そういう人間を集めてみたのはいいが……」
 男は再度苦笑した。
「なんの価値も無いゴミが混じりこんでしまってな。今それを駆除している最中だ」
「な……」
 突拍子の無い話に絶句する霧。その背後で、
「あの……」
 美希がおずおずと口を開いた。
「それで……その魔力というのを持っちゃってる人は……?」
「無論、大事な存在だ。この島の中央の塔で保護される。こいつらのようにな」
 男は手元の二人の少女を軽く持ち上げた。

「あ、あんたら馬鹿じゃない!? 狂ってるわ!?」 
「ほう?」
 霧の声に男が軽く眉を上げた。
「だってそうでしょう!? 友達が、駆除だかなんだかしらないけど傷つけられて、
それでそんな魔力を持った人達が協力するはずないじゃない!
 私が魔力なんて持っていても、美希を傷つけるようなやつらに協力なんか……!」
「あの〜それでぇ……」
 美希が霧の言葉をさえぎって、男に質問した。
 いつの間にか霧の前に、すなわち霧を崖際に立たせるような位置に移動している。

「私と霧ちん、どっちがその魔力を持っているんですか?」
「お前の方だ、髪の長い女」
「あ、な〜んだ、そっか〜」

 明らかに安堵している美希の声の調子に、霧はギョッとした。
そういえば、いつの間にか美希は泣き止んでいる……

「ってことは、霧ちん殺しちゃえば、私助かっちゃうんですね〜♪」
「な……美希!?」
「そいういうわけで、霧ちんバイバイ♪」
「え……」

 ドンッ、と胸を押され、霧の身体が宙に舞った。
 ごめんね〜、と崖底に向って笑顔で手を振る美希に、ケルヴァンはいささかの戸惑いを覚えた。

(この女は先ほどまで泣いていたのではなかったのか?)

 友達の背に隠れて震えるその姿に、いくら魔力があろうとこれでは覇王の候補者にもなれぬ、
とケルヴァンは失望を抱いていたのだが。
(泣きまねだったのか? しかし……)

「あの〜」
 いぶかるケルヴァンの顔を美希が覗き込んだ。
「それで、私どうなっちゃうんですか? 保護、ですよね?」
「……ああ。中央にお前を送り、そこで保護することになる。こいつらとともにな」
「あ、やった〜! お食事でますよね? もう私おなかすいちゃって」

(ふん……これはなかなかに面白い。この女、覇王の資質を持っているのかもしれん)
 ケルヴァンは思わず胸の中にほくそえんだ。

 魔力はある。逸材だといってもいい。
 だがそれ以上にこの少女の性格がケルヴァンの興味を引いた。
 友をその手で殺しておいて、ケラケラと笑うことが出来るのだから。
 嘘でしょう? と闇の虚空を切り裂きながら佐倉霧は思った。
こんなのは嘘でしょう? と。

 友達だった。
 誰よりも大切な存在だった。
 美希のためならなんでもできると思った。
 こんなわけの分からないところに飛ばされても、美希と二人ならきっとなんとかなると思っていた。
 何をしても美希を守ろう。そう誓っていた。

 それなのに……それなのに美希は私を……

 心のどこかでは、美希がそうすることが不思議なことではないと分かっていた。
 どんな対象も大切に思うことが出来ない。
 それが美希の心の病、群青色なのだから。

(でも、それでも……!)

 それでも自分だけは美希にとって特別な存在なんだって、そう信じていたのに―――

 グシャリ、と地面に激突する音の変わりに、激しい水音が霧を包んだ。
水面張力によって身体が痛めつけられ、夜の水の冷たさが霧を凍らせる。

(もう……どうでもいい……)
 川の流れに流されながら、霧は思った。
(もういいよ。もう、このまま……)

 身体の力を抜いて、ただ流れに任せる。
 もう、何も考えたくなかった。

   死にたかった。

 だから、霧は、もう何にも抗わず、ただ目を閉じた。

それは皮肉なのだろう。

「玲二! あれ!!」
「チッ……まだ生きてるようだな」

 生を渇望し、川の流れにあらがい、体力を消耗していたのなら。

「冷たい……!」
「服を脱がして火をおこせ。外傷はおっていないようだが……」

 玲二達が霧を発見するその前に、 
彼女が望む死の抱擁が訪れいたはずなのだから。

【山辺美希@CROSS†CHANNEL……招。ケルヴァンによって保護】
【佐倉霧@CROSS†CHANNEL……狩。川に流され衰弱】



前話   目次   次話