紅の雪となりて――






「だいじょうぶ・・・ですか?」
恐る恐る声を掛けてくるゆうなちゃんに私は出来るだけ笑顔で言った。
「大丈夫です・・・。」
だが、実際はどこが大丈夫なのか自分でも不思議なくらい衰弱していた。

――あの子を殺せば呪いが晴れる・・・。あの子を殺せば・・・。

――大輔さんに見つめてもらえる・・・。

(違う!違うっ!!)
自分の浅ましい本心に対抗することは容易ではなかった。
もう・・・限界だった・・・。
「ゆうなちゃん、二人を・・・迎えに行ってあげて・・・。」
「でもぉ・・・」
「お願い・・・。」
「・・・・・・。」
何度か後ろを振り返りながらゆうなちゃんは二人の後を追うように林の中に消えた。


「百合奈先輩、こんなところにいたのか。」
一人になり、気を緩めた時にそんな声がかかった。
「え?」
私は声のした方を振り返る。
「大輔・・・さん・・・。」
「何、そんなに驚いてるんだ?生きてた事がそんなに不思議だった?」
そこにいたのは間違いなく大輔さんだった。
「どうして・・・」
「どうしてって・・・やっぱり、百合奈先輩の事が心配だったから・・・。」
そういってはにかんだような笑顔を見せる。
「大輔さん・・・。」
「百合奈先輩を残して死んでられないよ。」
大輔さんは私の所まで来ると、座ったままの私に目線を合わせるように屈み込む。
「まだ、百合奈先輩の絵を描いてないしさ。」
「大輔・・・さん・・・。ありがとう・・・。」
再び逢えた事と大輔さんの優しさに涙が止まらなくなる。


「笑ってくれる約束だろ?泣かないでくれよ・・・。」
「はい・・・。すみま、せん・・・。」
「ほら・・・」
涙を拭ってくれる。
いつも以上に優しく感じた。

「百合奈・・・。もう泣くな。」
・・・!
「どうした?」
「・・・違います。」
急に正面から見据えた私を怪訝そうに見つめ返す大輔さん。
「何が?」
「貴方は・・・大輔さんじゃない・・・。」

「何言ってるんだ?俺は――」
「違う!私が望んでいるのはこんな事じゃない!!」
私を名前だけで呼んで欲しい――。
それは、まだ大輔さんには言っていない本心だった。
それを知っている・・・大輔さんじゃない・・・!

――手近にあった太く鋭い木の枝。

私はそれを手に取ると、躊躇う事無く自分の腹部に突き刺した。

「馬鹿な・・・!何やって――」
最後まで言い終える事無く、その姿が消える。
「橘さん・・・ごめんなさい・・・。私は・・・――」


「おねえちゃん!あれ!!」
まいなちゃんの悲鳴に近い声で、私は想像だにしない光景を見ることになった。
「百合奈・・・せん・・・ぱい・・・」

――それは月光の中に浮かび上がった、オブジェの様だった。
身体を弓なりにしならせ、顎を仰け反らせて、今にも仰向けに倒れ落ちそうな姿。
その視線は遥か虚空を彷徨っている。
その儚い命を削り取っているような血溜まり。

そして――腹部に突き刺さった太い枝。

「百合奈先輩!!」
駆け寄って倒れる寸前に抱きかかえる。
「しっかりして!」
「たち・・・ばな・・・さ、ん・・・。」
「おねえちゃん!」
「死んじゃヤダよぉ・・・っ!」
二人も先輩にすがって泣き叫ぶ。
「ごめん・・・なさ、い・・・。私、は――」
口を開く度に鮮血が流れる。
「ダメ!しゃべっちゃダメ!!」
その言葉に先輩はゆっくりと力なく首を振った。
「私は・・・大輔さんが、羨ましかった・・・。」
私を見る視線が合っていない。
もう・・・
「始めは・・・私の絵を描いてくれる、という、そんな・・・ゴホッ!ゴホッ!!」
「おねえちゃん!おねえちゃんっ!!」
ゆうなちゃんが泣きながら百合奈先輩の背を擦る。
「貴方がいて・・・大輔さんは、幸せそうだった――辛かった・・・憎かった・・・。」
冷たくなりゆく手が私の頬に触れる。
「でも・・・最後に・・・こうして、橘さんと、話せて・・・」
「あ・・・あぁ・・・」

「だ――」
突如、背後に聞こえた声に「誰?」と言う間もなく――。
「そ、そんなこと・・・――。」
「藍・・・ちゃ、ん・・・。」
そこには両手で口を押さえて立ち尽くす藍ちゃんがいた。
「信じて・・・信じていましたのに・・・っ!」
「違う!これは――」
「私の唯一の助けになってくれる方でしたのに!!」
藍ちゃんはそう叫んで森の中に消えていった。
「たち・・・ばな、さん・・・もう、私は――」
その瞳が私に「藍ちゃんを追って」と言っているような気がした。
「百合奈先輩・・・」
「最後まで・・・あり、が――」

言い終えるより早く。
月明かりが照らす森の中で。
私の手の中に合った温もりが、一瞬にして消えた。

――紅の、雪となって・・・。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
藍はしばらく走ると、大きめの木の下で走るのを止めた。
そしてそのまま座り込む。
「ヤケになったらあきまへんで、姉さん・・・。」
胸元から這い出してきたケンちゃんが諭す。
「分かって・・・いますわ・・・。」
その口元が――。

・・・微かに笑っていた。

ケンちゃんはそれに気付かずに背を向けて、まるで教師が生徒に言い聞かすように話し始める。
「こないな状況下で、普通の精神状態でいられるほど、ヒトっちゅーもんは強く出来てないんですわ。」
「そうですわね・・・。」
藍には納得できた。
そうだ。あの橘さんでさえ、人を殺すんだ。
それは自分の侵した罪を、罪とは認識させない力として十分だった。
だから・・・。
「フフフ・・・。」
「どないした――」
振り向きかけたケンちゃんの腹部を銃弾が貫く。
「な――!?」
「クスクスクスッ・・・。」
「なん・・・で・・・です、の・・・?」
藍を助け、支えようとしていた小さなインコは、その場で絶命した。
「ここでは生きる事が全て。貴方のようなヒトを扇動する存在は邪魔なのですわ・・・。フフフッ・・・。」
すっきりしていた。
手元の銃を眺める。

――そう、私には、力がある。

「生きるための、力が・・・。」

【君影百合奈 死亡】
【ケンちゃん 死亡】




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