想い託して






 佐倉霧は軽い頭痛と共に目を覚ました。
 何か大変な事が起こったようなそんな覚えがある。
「っつ…!」
 体中がひどく痛む。
 気を失う前の微かな記憶。
 崖を転がり落ちていた。
(違う……それもあるけど…)
 その前にもっと大事な事が……
 私はあの二人に見事に騙されて……それでまたあの男───吾妻玲二に助けてもらって……
 そういえば吾妻玲二はどこにいるのだろうか?
 辺りを見渡す。
「よう……気がついたか。この台詞も2度目になるな、つくづく奇妙な縁だ」
 探して見れば驚く程近くに玲二は居た。
 岩肌に背をもたれて気だるそうに霧を見つめている。
「あまり無理に動かない方がいいぞ。さすがに今回は無傷って訳にはいかなかったみたいだしな」
 霧は奇跡的に骨折などはしていなかったが、体中に無数の擦り傷が出来ていた。
 それでも十分幸運だったと言える。
 玲二が助けてくれなかったら間違いなく霧は死んでいただろうから。
 そういえばまだ助けてもらった礼を言っていなかった。
「……ありがとう」
 前回の分助けられた分も含めて礼を言っておく。
「どういたしまして……と。取りあえず傷は消毒しておいた方がいいな。
 悪いが自分でやってくれるか。
 こっちもさっきの戦いで疲れて動けそうもない」
 消毒液とガーゼを玲二が投げて寄越す。
「服、脱ぎますから後ろ向いてて下さい」
「……体捻るのも辛いもんでね。少しの間目を瞑るからそれで勘弁してくれ」
 不満はあったが玲二の様子を見ると無理強いも出来ず霧は渋々ながらもそれで承諾するのだった。

 言葉が止まり無言になる。
 そうすると嫌でも先程の出来事が脳裏に甦る。
「私はあの時死んでいた方がよかったのかもしれません」
 思わず出た呟き。
 後ろにいる人物からの返答はない。
 寝てしまったのだろうか? それでもいい。元々答えを望んでなどいない。
 自分の体についた傷を消毒しながらも言葉を続ける。
「私さえいなかったら九郎さんも捕まる事もなかった。私さえいなかったらあなたもこんな目に会わずに済んだ」
 いつの間にか涙が零れていた。
「裏切られるくらいなら誰も信じなければいいのに……一人で生きていけばいいのに……私はそれすら出来なくて…!」
 自分が無力であるがばかりに誰かを傷つけてしまう。
 それならばいっその事いなくなってしまったほうが──

 手が自然に動いていた。
 イタクァを持ち、銃口をコメカミに押し付ける。
 ここまで来たら後は引き金を引くだけ。
 指を少し動かせば銃弾が飛び出し、命が終わる。
 もう誰も傷つけなくて済む。裏切られなくて済む。
 こんなつらい思いをするくらいならば自ら命を絶った方がましだった。

 そう思っているのに……なぜか指は動かなかった。
 凍りついたように引き金に指をかけた状態から微動だにしないのだ。
 再び涙が零れた。
(私は……意気地なしだ……)

「気は済んだか?」
 背後から声。
「目……閉じてるんじゃなかったんですか」
 この男は今霧がした事の一部始終を見ていたのだ。
「すまん。話かけられたから大丈夫だと思って開けた」
 玲二はあっけらかんと言った。
「……なんででしょうね…こんなにつらい事ばっかりなのに、どうして私は生きてるんでしょう」
 分からない。自分にはもう何もないはずなのに。生きているだけで誰かを傷つけてしまうだけなのに。

 沈黙が続く。
 しかし霧は失望などはしなかった。
 答えなど元々期待してはいない。
 只、この島に来てからずっと押し殺していた思いを誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない。
 このまま玲二とは別れようと思って立ち上がった矢先だった。
「君が生きている理由…か。馬鹿がこの島に沢山いたからだろう? 俺も、君が言った九郎って奴も、自分の事なんか省みずに他人を助け
たいヒーロー願望の持ち主の馬鹿だって事だ」
 霧を呼び止めるように玲二は言葉を発した。
「自分で自分を馬鹿だって言う人は初めて見ました」
「ここで君をこのまま行かしたら本当の馬鹿になってた所だけどな」
 皮肉を皮肉で返され、霧は苦笑する。
「でもな、本当の所はそんなもんだと思う。
 本当はさ、君を一時的にせよ助ける事が出来た時点で満足するべきなんだと思う。
 けどさっき言ったように俺みたいな馬鹿はその後の事まで責任を持ちたがる。
 後悔するんだ、『どうして守ってやれなかったのか』って。
 …だから君が九郎っていう奴に、俺に、少しでも感謝してるんだったら君は絶対に生き延びてくれ」
 玲二は長い言葉を終え、息を吐いた。
「一つ聞いていいですか? どうしてさっき私を──引き金を構えた私を止めなかったんですか?」
 玲二は霧の質問に困った顔をする。
「これから後の事は俺には責任持てないからな……だから君がその道を選ぶならしょうがないとも思った」
「それはどういう意味──」
 そこまで口に出して気がついた。
 玲二の影が不自然な色をしていることに。
「あ……」
 なんで今まで気がつかなかったんだろう。
 冷静に考えればあの至近距離での爆発で二人共無傷な訳がないのだ。
「あなたは──!」
 どう見ても致命傷だった。
 どう見ても致命傷だった。
 本来ならば霧が負うべきだった傷。
 それもこの男は引き受けた。
 血溜まりが少しづつ広がってゆく。
 とうの昔に覚悟は出来ていたのだろう。
 あくまでも動揺する様子はない。
「すまないが沙乃に会ったら代わりに謝っておいてくれるか。
 それと……もしエレンって子に会えたら伝えてくれ」
「そんな…やめて下さい……そんなの自分で伝えて下さい…」
 玲二はゆっくりと目を閉じた。
「君だけは生きてくれ」
 それはエレンに向けた言葉なのか、霧に向けた言葉だったのか…
 ともかくそれが吾妻玲二の最後の言葉になった。

 霧は玲二の言葉を噛み締める。
(私は…生きなきゃ)
 少なくとも彼の言葉を伝えるまでは死ぬわけにはいかない。


【吾妻玲二@ファントム・オブ・インフェルノ(ニトロプラス) 狩 状態 死亡】
【佐倉霧@CROSS†CHANNEL 狩 状態○(擦り傷多数だが行動に支障なし) 装備品 回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』残り弾数不明(13発以下)
 手榴弾 暗視ゴーグル×2 食料・医薬品等】

(それぞれの選択後)



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