嘘で固めたペルソナ






(落ち着いて、落ち着いて…って波乱万丈すぎだよここ〜!
心の準備もないままいきなり修羅場にーッ!)
 身の安全。血と肉の光景。その両天秤で揺れる思考を、美希は何とか制御しようとしていた。
(弓女に手を貸すとしても、どうすればいい…? 男の方を狙うのは危なすぎるし…)
 あの弓女なら、自分が斜線上にいても躊躇無く撃って来そうな気がする。
 思考できる時間は長くない。
 こうしている間にも、女達はどんどん廊下の先へと走っていく。
(…って、あの方向は…)
 瞬時に、美希の脳裏にこの建物の見取り図が思い浮かぶ。
 自分で歩いた時の記憶が確かなら、出口までは少し遠回りになる。
 向こうにも階段はあるが、ここからの最短距離は美希のいる方の階段を下りることだ。
 しかも、女達は二人で一人を抱えるようにして走っている為、そのスピードは遅い。
(先回りは、可能)
 思った瞬間、美希は背後の廊下に走り出していた。
 走りながらも、思考だけは忘れない。
(考えて、考えて…。これはチャンスなの。百回に一回もない超レアイベントなんだから!)


「お前ら無事か!」
「ちぇいさーーーーーっ!!!」
 廊下の角から悪司が姿を現すと同時に、あゆの蹴りが飛んだ。
「うお! 何しやがる!」
「何しやがるじゃないさ、このボケェ!! あんだけ気ィ付けろ言ってたアンタがへまってどうするさ!!」
 一気にまくし立てる。
 それを受けて、悪司の顔が苦渋の表情に歪んだ。
「…それについちゃ、面目ねえ。だが、とにかく今はここから脱出するのが先決だ。俺の後について来い。
…そっちは一人増えてんな、俺に貸せ」
「は、はい」
 リップは支えていたライセンの顔を見る。
 声を出すのも辛そうだ。必死に、内からの衝動に耐えているようだった。
 悪司は手早くリップからライセンを引き受け、背に背負う。
 が、リップの次の言葉に一瞬だけ動きが止まった。
「悪司さん、カレラさんは…?」
「そうさ大将、あのコスプレ痴女はどうしたさ?」
「……」
「…大将?」
「…後から来るっつった。だから先に行くぞ」
 二人は悟った。
 つまりはそういうことなのだ。
 九郎と同じ。自分達を逃がす為に、その場に残った。
 助けに行こう、と喉まで出掛かった言葉を寸前で飲み込む。
 先ほど見せた悪司の苦渋の表情。
 誰よりも、真っ先に助けに行きたいのは悪司のはずなのだ。
 だが助けに戻るその行為は、カレラの覚悟を、意思を、完全に無にする行為。
 そしてそれは、九郎にも同じことが言えた。
「…はい、行きましょう」
「まったく…カッコつけばっかりさ」
 中央になど来なければよかったのかもしれないと、そんな考えが頭に浮かぶ。
 結果論だとは分かっている。
 来なければ、ライセンを連れ出すことも出来なかった。
 だが、悪司が、あゆが、リップが、カレラと九郎を死の危険に晒してしまったことも、紛れも無い事実だった。
(畜生…カレラに何かあって見やがれ。絶対にただじゃすまさねぇぞ!)
(大丈夫さ…あの痴女がそう簡単に死ぬわけないさ…)
(大十字さん…ごめんなさい)
 憤りと、後悔と、懺悔と、決意と、諸々の感情を胸に秘め――
 そして彼等は走り出した。


(来る…)
 廊下を駆ける音が近づいてくる。
 先回りして廊下の角で待ち伏せていた美希は、目を閉じて一つ深呼吸をする。
(大丈夫、できる)
 悪司の声は建物中に聞こえたらしく、そこかしこでざわつく音がする。
 兵達も出動しているかもしれないが、ここにはまだ到着していなかった。
 気を落ち着ける為に、もう一度深呼吸。
(…ん!)
 目を開ける。
 先ほどまで微かにあった焦りや不安の表情が完全に消え、いつもの美希の表情に戻っていた。
 そして美希は、廊下へと一歩を踏み出した。

「はえ!?」
「おわっ!?」
 美希の声と悪司の声が同時に響く。
 突然目の前の角から出てきた美希に衝突しそうになったが、悪司はなんとか止まることに成功した。
「っと、大丈夫か? ねーちゃん」
 目の前でぺたんと尻餅をついた美希に、悪司は声をかける。
 びっくりしたのか、美希のその表情は固まっていた。
 演技ではない。実際、美希は驚いていた。
(一人増えてる…)
 しかも屈強な男だ。恐らく、あの声の男。
 こんな短時間で合流されるとは思わなかった。
 女二人なら何とかなる気がしていたが、この男の行動一つで自分の計画は水泡に帰すかもしれない。
「ん? アンタその制服…ひょっとして日本人?」
 あゆが美希の制服を見てそう声を漏らす。
 その言葉で美希は我に返った。
 そうだ。もう後戻りは効かない。騙せ、演じろ。群青の仲間達をずっとずっと騙し続けてきたように。
 ――ここは怯えるように、戸惑うように。
「そ、そうです。無理矢理、連れてこられて…」
 その言葉に、あゆとリップは破顔した。
 残った二人のことがあるだけに複雑な心境ではあったが、目の前の少女を救出できることは素直に嬉しかった。
「ちょうどよかったさ! アタシ達はここから脱出するとこさ」
「もう大丈夫よ。外には他にも私達の仲間がいるの。一緒に行きましょう」
 ――呆けるように。
「…へ?」
「おい、ねーちゃん展開速過ぎてついてきてねーぞ。いいか、悪ぃが説明してる時間は無ぇ。
ここから出たいか出たくないか、それだけ今答えな」
 ――気圧されたように。
「で…出たい、です」
 答えの直後に、ぬっと手が伸びてきた。
 あゆが、掴まれというかのように手を差し出している。
 おずおずと、その手を掴む。
 ぐいと引っ張られて立たせられる。
「そりゃそうさ。よろしく、アタシは大空寺あゆっていうさ」
「私はスイート…」
「自己紹介も後にしろ。行くぞ!」
 言うなり、悪司はライセンを背負い直し、走り出しかける。
 ここだ。
 ここが成功するかどうかの、分岐点。
 ――我に返ったかのように。
「ま、待ってください!」
 美希は大声で叫んでいた。

「なんだ!?」
 皆が美希を見る。
 美希は、悲痛な表情で、必死に訴えかけるように言葉を発した。
「妹が、部屋にいるんです! お願いします、霧も助けてください!!」
 思わず――その名前が出た。
「妹さんが…いるの!?」
 リップが焦燥を浮かべて問い返してくる。
 美希は、悲痛な表情のまま頷いた。


 美希は自分が好きだ。自分が可愛い。
 だけど、思わずその名前を…その名前の少女を助けてくださいと言った瞬間の自分は――
 一瞬だけ、大嫌いだった。

【山辺美希@CROSS†CHANNEL(フライングシャイン) 招 状態○(覚醒?) 所持品:スタンガン】
【山本悪司 @大悪司 (アリスソフト) 招 ○ 行動目的:ランス(名前、顔は知らない)を追う・中央から脱出】
【大空寺あゆ@君が望む永遠(age) 招 状態:○ 装備:スチール製盆  行動目的:中央から脱出】
【ライセン@ママトト(アリスソフト) 狩 状態△(媚薬により発情中) 所持品:なし】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り)所持品:グレイブ 行動目的:中央から脱出】

【『Escape Battle』直後】



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