Dark Roads
「調子はどうかね?」
戸を叩く音が聞こえると、男がゆっくりと部屋に入ってくる。
「体調の方は整いました……」
ベッドの上に置かれていた……横になっていたハタヤマが起き上がる。
「とすると後は、ヴィルヘルムの呪いか……」
ケルヴァンは、手を顎に当て、ふむ、と考えると思いついたように指を鳴らした。
彼の後ろから入ってきたメイドが、ケルヴァンに用を尋ねる。
「倉庫に一つだけアレがあったはずだ……。
持ってきてくれないか?」
「かしこまりました」
ケルヴァンの意図を汲み取ったメイドが後ろに下がる。
「さて、今来たのは他でもない頼み事があるからだ」
ハタヤマの座るベッドの横にあった椅子にケルヴァンも腰掛ける。
「頼み事ですか?」
「私は、この後少々中央から離れなくてはいけない。
その私の留守の間、非常時には君も中央、いや要塞の防衛に参加してもらいたいのだよ。
できるなら戦闘で力をつけ、心を鍛えて欲しいという私の願いでもある。
……君に覚悟があるならね」
力を得るための覚悟。
この先の道で起こることは、ハタヤマにも想像できた。
(……引く訳には行かない。
その方が、彼女を侮辱する事になる)
「解りました、やります」
多少悩みながらも頷くハタヤマ。
「ありがとう。 君は、私にとって大切な客だ。
危険と感じたら、引いてよいし、万が一の為の補佐の兵を幾人かはつけよう」
そう話してる内にメイドが水の入った瓶を持ってくる。
「さぁ、その水を浴びたまえ。 解呪の泉の水だ。
君にかけられた呪いを解き放ってくれる」
ハタヤマは、彼に言われるまま、瓶を受け取ると恐る恐る蓋を開け、水を体にかける。
部屋に光が溢れる。
水がかかると同時に、ハタヤマの身体がぱぁっと光り輝いたのだ。
「どうやら成功したようだな……」
光が消え、落ち着いたのを見計らってケルヴァンが口を開いた。
ハタヤマにかけられていた呪いが完全に消去されたのだ。
「さて、先程言ったように私は少々出かけねばならない。
もし何かあれば、また連絡しよう。
それまでは休んでいてくれたまえ、君に働いてもらうのはそれからだ」
ハタヤマの様子が落ち着いたのを確認するとケルヴァンは、部屋から出て行った。
廊下を歩きながらケルヴァンは考えていた。
(今の所、候補は三人か……。まぁまぁと言うべきか)
武達の所へ向かいながら、彼が目をつけた主な三人を思い浮かべる。
(まずは、山辺美希。
彼女の性格は、大いに期待できる。
後は、時間をかけて見合った力をつけさせるべきだな)
そして現在向かっている者の事。
(次は、白銀武。
カリスマと言う点では、彼は素晴らしい。
だが、このままではリウィと何ら変わりない。
どう彼を染めていくかだな。
リウイで失敗したノウハウを活かせるといいのだが……。
最後にハタヤマ。
潜在能力としては、彼が一番力があるだろう。
武よろしく、どう人格を改造していくかだな……)
コツコツと廊下にケルヴァンの足音が響いていった。
それから数時間後……。
「失礼します」
ハタヤマの部屋にケルヴァンからの指令を携えた兵がやってくる。
「ケルヴァン様からの伝言です。
出撃できる準備をして置いて貰いたいと……」
来た。
ハタヤマは思った。
「準備するので、待っていて貰えますか?」
ハタヤマの返答を聞くと兵が部屋から退出する。
ドアの向こうで待っているのがハタヤマには解った。
(とうとう始まる……)
彼の選んだ道を進み始める時が来た。
(戦い続ける内に、何時か僕と同じ境遇に当たる人、
彼女の知り合いともやがては戦う事になる。
けど、僕は引く訳には行かない。
僕が存在すると言う事が、僕が選んだ償いだからだ)
遇えば、彼らはきっとこう言うだろう。
『彼女がどう思うか?』
部屋へ案内された時、ケルヴァンは言った。
『死者がどう思うかなど、我々には解らない事だ。
重要なのは、本人の気持ちだよ。
中途半端に曲げるようであるなら、それこそ曖昧な気持ちと言うものだ。
ハタヤマ君、君は、どちらの道を選ぶ?
一生、他者の罪と言う言葉に振り回され続けるかね?
それとも……』
ハタヤマが許しをこいても、完全に許しては貰えないだろう。
また、自分達に味方するように等と都合よく言ってくるかもしれない。
最悪、哀れな奴だ、と見捨てられるだけに終わる。
だから、彼は、ケルヴァンの言う事を正しいと思った。
彼がこれから歩む道は、証明の為の戦い。
例え、その結果、修羅の道を歩む事になっても。
いや、既に歩いてる、だが引き返す気はなかった。
目を瞑り、意識を集中する。
(あの時の感覚を思い出すんだ……。
メタモル魔法であって、メタモル魔法でない、その先にあったモノを……)
ゆっくりと、ゆっくりとハタヤマの身体が光に包まれ、人の形へと移り変わる。
彼が目を開いた時は、成功していた。
彼がイメージした通りのアーヴィの姿だ。
彼が辿り着いた先、完全なる変身魔法。
その結果が、今ここにある。
ただ本物とは違い、冷酷なイメージの漂う姿。
服は、メイド達がご丁寧に綺麗に洗濯してくれてあった。
アーヴィとなった身体にそれを通す。
「準備できたよ」
ハタヤマの声を聞き、部屋に入ってきた兵は、驚いた。
ケルヴァンからハタヤマの身に起こった現象は聞いていたが、
やはり、実際目の当たりにすると驚愕である。
「失礼、これはケルヴァン様からあなた様へ渡すようにと……」
兵の手から、ハタヤマの手に見覚えのある杖と水の入った瓶が手渡される。
「この水は?」
当然のようにハタヤマが尋ねる。
「ハッ!! 治癒の水といい、飲めばその名の通り、治癒の魔法と同じ効果があります。
あなた様が、回復魔法を使える事は知っていますが、ケルヴァン様が万が一のためにと……」
そこまで自分の事を把握している事に驚きつつも、アーヴィの顔は、真剣な表情である。
(絶対に死ぬわけにはいかないな……)
ポケットに瓶を入れると、ハタヤマは、部屋を出るのだった。
【ハタヤマ・ヨシノリ:所持品:魔力増幅の杖 治癒の水(一回分)状態○(アーヴィに変身中) 招→鬼 行動目的 要塞の防衛、絶対に生き抜く】
【亡霊が機神に送る歌後】
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