目覚め、出会い






 ドサッと、何かが床に下ろされる音がして、春日せりなは目を覚ました。
 ここは森の中にある丸太小屋。
 目の前には、未だ眠り続ける高嶺悠人。
 その呼吸は規則正しく、顔色も随分と良くなってきていた。
(…寝ちゃってたんだ)
 悠人の身体を拭いてから、飯島克己に呼ばれてトラップを延々作らされた。
 その後、疲労困憊して小屋に戻り、悠人を看ているうちにそのまま寝入ってしまったらしい。
(どのくらい寝てたんだろ)
 そう考えつつ窓を見ると、外はまだ明るい。そんなに長い間寝ていたわけではないようだ。
 そして、また悠人の容態を看ようと室内に視線を戻し、
「あれ?」
 見知らぬ人物が増えていることに気付いた。
「誰? その人」
「知らん。川上から流れてきた」
 飯島は悠人のときと同様、手際よくその青年――ナナスの服を脱がせていく。
「ほぅ…何やらごわごわすると思えば、なかなか頑丈なものを着込んでいるな」
 強化皮膚装甲を脱がし、置いておいた改造エアガンの脇へ放る。
 意外と武装してるんだなぁと、せりなは感嘆した。
 悠人や飯島に比べると線が細く、随分頼りなく見えるが、それだけに装備には気を使ったのだろうか。
 と、せりなはその青年の異常に気が付いた。
「飯島さん、その人の腕…」
「ああ、銃で撃たれていやがる」
 ………
「え、えぇええ!?」
 一拍間をおいて、せりなの驚愕の声が響く。
「やかましいぞ、春日。自分で気が付いといて驚くな」
「だ、だってだって! 大丈夫なの、その人!?」
「弾は貫通している。拾った時に止血もしたがな。如何せん、消毒はできんから化膿はするかもしれん」
 言われてみれば、上腕部と傷口にきつく布が巻いてある。これが止血なのだろう。
 布の出所は…彼の服らしい。
「いいの? 勝手に服破っちゃって」
「俺の服じゃないからOKだ。どのみち、手当てはしなけりゃならんだろう?
今の俺達には情報が決定的に不足している。ひょっとしたら、貴重な情報源かもしれんからな。
まだくたばってもらっちゃ困る」
 と、脱がした服をせりなに向けて放る。
「わぷっ!」
「木の枝にでも干して来い。この天気だ、すぐ乾くだろ」
「それはいいけど、投げないでよ…」
 ぶつくさ言いながらも、せりなは言われた通りに外に出る。
「…それにしても、男の身体見慣れちゃってるのは問題よね。乙女として」
 言いながら、小屋の側にある木の枝に服を引っ掛けていく。
 濡れた布地が、ひんやりとむき出しの腕を撫でていくのが心地よかった。
 せりなが着ている鹿島学園の制服は、片方の袖がない。
 胸元を隠す為に、飯島に切り取ってもらってサラシのように撒いているのだ。
「けど、見たことない服だよね。これ」
 あの髪の色からして、外人なのは間違いないと思うが。
(言葉通じるのかなぁ?)
 などと考えていたせりなの耳に、それが聞こえてきたのはその時だった。
 ずっと目覚めを待っていた、男の声。


 感じる。この力。
 この世界に召還される少し前に、ファンタズマゴリアで感じた加護のオーラ。
 この力を使える人物に、一人だけ心当たりがある。
 永遠神剣『因果』の主。俺の、親友。
「――光陰!」
 無意識に、悠人は傍らにあった『求め』を掴み起き上がりかけ、
「…いててててて!」
 腹部に激痛を感じて、そのままうずくまった。
「何をやっている。阿呆か貴様」
 飯島が呆れたように声をかけるのと、
「悠人!!」
 せりなが叫びつつ小屋に飛び込んでくるのがほぼ同時。
 そのまま、せりなは悠人のところまで駆け寄った。
「ちょっと、ねえ! もう大丈夫なの!? 痛くない? 痛くない?」
 がっちりと悠人の肩を掴んでガクガク揺さぶりながら言う。
「いて、いたた痛いって! とにかく、落ち着け! 揺さぶんな!!」
「…殺す気か」
 二人の対照的なツッコミに、せりなはハッと我に返った。
「ご、ごめん!」
 あわてて手を離す。
 悠人は力尽きたかのように、ポテッと後ろに倒れた。寝ていたときの状態に戻る。
「えと、…大丈夫?」
 今度は恐る恐るといった感じで尋ねるせりなに、悠人は苦笑いを見せる。
「今のは効いたけどな。ま、なんとか」
「…ごめんね」
 謝りつつも、せりなの表情は嬉し泣きのそれだ。
 心配されていたことを嬉しく思いつつ、悠人は仲間達の顔を見回した。
 せりな、飯島、そして――
「――長崎さん…は?」

 その言葉に、せりなは長崎という人物があの兵隊のことだと悟った。
 最後まで戦い抜き、悠人を護り、そして殺された男。
 はたして、その事実はそのまま伝えてしまっていいものなのだろうか。
「…えっと…あのね」
「長崎は死んだ。あの戦闘でな」
 飯島が、歯に衣着せず事実を叩きつける。
 その直後、悠人の顔が強張ったのをせりなは見た。
「すぐそばで戦っていたんだ。貴様も覚えているはずだな、高嶺」
 言葉が心の奥底まで突き刺さる。
 飯島の言う通り、悠人は確かに見ていた。
 自分の窮地を救い、そしてあの男にめった刺しにされる旗男の姿を。
 朦朧とした意識の中で、それでもそれは、はっきりと悠人の記憶に刻み込まれていた。
「ちょ、ちょっと!」
 容赦のない言葉にせりなが見かねて口を出すが、飯島はせりなを手で制し、さらに続ける。
「まあ、奴が死んだのは自業自得でもあるがな。貴様に賛同して余計なことに首を突っ込んで…」
「やめてくれ!!」
 たまらず悠人は叫ぶ。
 飯島は一瞬口をつぐみ、フンと鼻を鳴らした。
「長崎の死をどう受け止めてどう感じるかは貴様次第だがな。
勝手な行動は、周りの連中をも危険に晒すというのは分かったろう。
そのことは覚えておけ」
 言い返す言葉がなかった。
 悲鳴を聞いてすぐに駆けつけたからこそ、せりなは今こうしてここにいる。
 助けに行ったこと自体は、間違いではなかったはずだ。
 だが、その代わりというかのように、旗男の命はその戦闘で尽きた。
 一体、何が正しくて、何が間違っていたのだろう。
 今分かるのは、長崎の死の理由の一端が、自分にあるという事実。
(長崎さん…)
 自責の念が悠人を包む。
 冷静に考えることなど、出来そうになかった。

「…悠人」
 せりなはどうなぐさめてよいのか分からなかった。
 大体、せりなも当事者なのだ。悠人と旗男に助けられた身である。
 当事者故に、うかつな発言はできなかった。
 とその時、せりなはあの青年が身じろぎするのを視界に捕らえた。
「あ! この人、目を覚ましそうだよ!」
 半ば強引に話題を変える。
 あまりに露骨過ぎて呆れたのか、飯島が肩をすくめた。
「…この人は?」
 思考が限りなくマイナスに流れていた悠人は、強引にでも話題を変えてくれたことに内心で礼を言いつつ尋ねる。
 今の言葉で、初めてその青年の存在に気付いたのだ。
「うん、飯島さんが連れてきたんだけど…」
「俺も拾っただけだからな。ま、それは今からこいつ自身が語ってくれるだろうさ」
 飯島の言葉に呼応するかのように、青年――ナナスが瞼を開ける。
「お目覚めか。気分はどうだ?」
 口の端を歪めた笑みでナナスを見下ろし、飯島はナナスに語りかけた。



【飯島克己@モエかん(ケロQ) 狩 状態○ 所持品:ワイヤー】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態○ 所持品:保存食の壷×2】
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態×(腹部に深い刺し傷 永遠神剣の力により安静状態なら数時間で△まで回復(歩ける程度)) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【ナナス@ママトト(アリスソフト) 招 状態△(右手右肘に銃痕) 所持品:なし】

【備考:改造エアガン、強化皮膚装甲は飯島の脇に置いてあります】

【時間:『刻まれし十字架』『分かれ道』後、『ただ一人の女のために』と同時刻】



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