遭遇






みんなを気遣い、ゆっくりとしたペースで池から続く小川沿いを川下へ歩く。
地盤が緩いこともあり、それぞれ手には杖代わりの古木を持っている。
それを地面に突きながらの軽いトレッキング、といった感じだった。
「大輔ちゃん、あれ・・・何かな?」
天音が杖で指したものは行く手に張ってある白い布のようなものだった。
「糸・・・のようですね。」
「百合奈先輩。こんなジャングルで糸はないよ。」
しげしげと”それ”を眺める百合奈先輩に言った。
「でも・・・確かに糸っぽいよ?」
悠姉さんまでそんなことを言い出す。
(ジャングルで糸って・・・そんなバカな。)
木の枝でその糸らしきものに触れてみる。
すると意外なことに一瞬のベタつきを残してそれはあっさりと両断されてしまった。
「やっぱり・・・糸じゃないよなぁ・・・」
「クモ・・・の、糸のようでしたね・・・・・・」
そういった百合奈先輩の表情が強張る。
「うぅ・・・私クモ嫌いだよぉ・・・」
「おいおい。いくらなんでもあんなに幅広い糸張るクモなんて世の中に存在しないだろう。」
笑い話もいいとこだ。
とはいえ想像すると気持ちのいいものじゃない。
「あの・・・」

「うおっ!?」
巨大グモを妄想して一人でトリップしていたところに女の子の声。思わずビクッとなってしまう。
「もしかして・・・ここに張っておいた糸、切りました?」
「えっ?君があの糸を?」
「ええ。そうです。」
(ホラ。やっぱり何か理由があったんだよ。)
心持ち安堵しながら俺は言った。
「すまない。ちょっと通り道にかかってたからさ。」
「それより大輔ちゃん、折角偶然とはいえ人に会えたんだから――」
悠姉さんが言い終えるより早く。
「偶然じゃないわ。貴方たちが糸を切ったから私は来たまでよ。」
――刹那。
「ぐっ!」
右の太ももに激痛がはしった。
「う・・・そ・・・・・・!?」
悠姉さんが絶句したのも無理はない。
俺の脚に深々と突き刺さっていたのは、目の前の彼女から生まれた、クモの足の爪だったのだから・・・。

「安心なさい。用があるのはそこの小さい子だけ。あとは・・・」
クモ女は俺と百合奈先輩、悠姉さんを見てニヤリと笑った。
「”間引いていい”って言われてるのよ。すぐ楽にしてあげるわ。」
「何のことだかさっぱりだがな・・・っ!」
俺は自分の足に刺さっているクモの足を掴んで杖代わりの古木を振り上げる。
「この三人には指一本触れさせやしないっ!!」
俺の古木とクモの爪が同時に割れた。
静寂とせせらぎしかなかった世界に鈍い破砕音が響く。
「くうっ!生意気なっ!!」
数本の足が俺を目がけて振り下ろされた。
「うわっ!!」
慌ててとびずさったが、ガードした腕に赤い線が滲む。
「大輔ちゃんっ!!」
天音の悲鳴が俺の耳に入ってきたが、それに答える余裕はなかった。
爪をカチカチ鳴らしながらクモ女は冷たく笑う。
「今度は・・・殺るわ・・・。」
「お前は一体、何がしたい!ここはどこなんだ!?」
俺の問いかけにクモ女は苦笑する。
「またそんな問いかけなのね・・・。ここは・・・そうね、貴方たちに解りやすく言えば”異世界”。」
「異世界だって?」
「そう。召喚されてしまったのよ。何かの偶然でね。」
「召喚?何で俺たちを――」
「これから死ぬ者に話す必要はないわ。」
(時間稼ぎも限界か・・・。)
おそらく動けなくなっているであろう三人を含め、どうするか思案した。
(どうする・・・?ここで横に逃げれば後ろの三人が・・・っ!)

後ろに注意が逸れた一瞬を相手は見逃してはくれなかった。
「死になさいっ!」
(しまっ――)
全てを覚悟した・・・その時だった。

「きゃあっ!」
「あら・・・」
よく聞き慣れた声が二人分。
「くっ!?」
いきなり頭上から落下してきた二人組をクモ女はバックステップで回避する。
その姿が一瞬にして普通の女の子に戻っていた。
「いったぁ〜・・・。」
「恋ちゃんが身を挺して庇って下さらなかったら、危ないところでしたわ・・・。」
「藍ぃ〜・・・またうまいこと私の上に落ちるのね・・・。」
「恋!藍ちゃん!!」
「あ、お兄様!」
「アンタ、こんなとこでなにやってんのよ!?」
「助かった!そんな話はいいから逃げるぞ!」
「はあっ?」
有無を言わさず俺は痛む足を押さえながら全速力で駆け出した。
今の状態を知っている三人はいつもの様に、俺の足が速いなどと文句を言うこともなくついてくる。
「ちょっ・・・ちょっと待ちなさいよ!!」
慌てて俺たちの後を追ってくる恋と藍ちゃん。


消えていく人影を初音はゆっくりと見ていた。
その視線は藍と天音に注がれている。
「”招かれし者”・・・ふふふっ。いつ覚醒するのかしら。それとも・・・?」
クモの四肢が生まれ、先ほど大輔に壊された爪がみるみるうちに再生していく。
「いい感触だったわ・・・。もっと恐怖に怯える顔を見せて頂戴・・・・・・。」

再び静寂が訪れた森の中に初音の冷たく、妖艶な笑い声がこだました・・・。
「ちょっと!どういうことか説明してよね!」
クモ女との一戦から10数分経った。
何も知らない恋はいつもの様に俺に噛み付いてくる。
仕方なく俺は悠姉さんに処置されている足の痛みと戦いながらさっき天音にしてやったのと同じような説明をしてやった。
・・・クモ女との戦闘も含めて。
「じゃあ・・・ここって本当に”異世界”とかいう場所なワケ?」
「俺も信じたくはないが・・・あんなバケモノがいる事実がある。どうやら本当らしいな。痛っ!」
「あ、ごめんね。痛かった?」
心配そうに悠姉さんが俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、一瞬だったから・・・」
「さっきの・・・爪が刺さったままだったから抜いたの。」
俺の血で赤く染まっているそれを見て、改めてここにいる現実を知る。
「どうすれば・・・戻れるのでしょう・・・。」
百合奈先輩の一言に周りの空気が重くなる。
「まだ分からない。でも、生きてさえいればきっと戻れるさ・・・。」
そう、きっと。
あの幸せな毎日に戻ることが出来るはずだ・・・。

【桜塚 恋・鷺ノ宮 藍@Canvas〜セピア色のモチーフ〜(カクテルソフト)状態:良 装備:学生カバン】
【麻生 大輔 状態:不調 橘 天音 装備品:クモの爪】



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